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映像再考その1 イベントの只中から向こうへ             …再編集・ナレーションの詰め・ケイコ像のかたより

私たちの『ハートをつなごう』の番組は、昨年2011年は「ゲイ・レズビアン特別編」として、今年は「レズビアンマザー・家族の自死を見つめて」と改題されて、それに伴って、冒頭と最後が数分ずつ再構成、実は全体も微調整された。
これは例外的な事だが、「アンコール放送」を受けて立つと決心した時、そうする以外になく提案させてもらった。

驚くべき事に、たったこれだけの再編集で、これだけ反応が違ってくるのかという、感想の数々が届いている。それについては、稿を改めて記したい。ここの部分には最重要事項と言ってもいい要素が凝縮しているからだ。そういう意味では、
「もう去年観たし、ベロ亭さんの事はだいたいもう判ったから、アンコール放送少し変わったらしいけど、観る必要ないよね」
って判断された方は、すごい学びのチャンスを逃したと思ったほうがいい。

さて、先日の5日のメインイベントの折、私は、
「今話している私と、番組の中のケイコさんと、印象違うってヒトー?」
って会場に向けてふってみた。半数以上の人が手を挙げましたね。ふふふ。やはりね。
でも、この一年間の見聞で、この「印象が違う」の中身も、人それぞれで、随分その人自身の人間観、または女性観なんかも反映しているんだってこと、見てしまった私。そりゃあ、自分がどう取られちゃっているかは、出演者としては面白いポイントでしたから。

どうも、こんなによく色々言う人間だって映らない人がいたみたいだ。
「あー、こんな人と思わんかったわあ。もっと女らしい人だと思った」
と言ったのは、大阪の50代の男性。その日、私は「発達障害を持つ大人の会」に初めて出向き、ここでしか話せない類の事柄を、怒涛のように話しつづけたというエピソードを作ってしまったのでした。涙あり、笑いあり。でも、この言い方は、彼の女性観、それから、二人のパートナーシップを、やや男と女の役割分担に置き換えたきらいはありますね。
こういう反応には、何度か遭遇しています。

そこまで行かなくとも、ここまで「言う!」人とは思わなかった、という反応は多いです。
相方のヒデコの言葉に少しくらいは、言葉を挟む程度の、「やや控えめ」??な人間と取られたというのは、割りに多いようです。
でも、どうして??
「このパンおいしい!」でも、車内の会話でもヒデコとの会話をさえぎってでも、自分の言いたい事を言っているシーンもあるのにねえ。
でも、だいたい最初のメガネのシーンで、
「ケイコちゃん、そういう従順なところがあるんだから…」
なんて、ヒデコに言わせているところ、再編集でも削られず、この意味は、「決めた事には割りにこだわる」って事をヒデコが言っているのに、言葉通り取った人々がいたかという分析は可能ですね。(これはハッタツ特性のある人にある「字義通りの解釈」が濃厚な場合は、より強くなるかと思うよ。)

もう少し言うと、私は「かわいい」人だという事になったようです。
これ間違っていません。「このパンおいしい!」に関しては、実姉が、「まさにケイコ!」と証言!していますからね。二人で「平和に」いると、自然体でかわいい(自分で言うのはくすぐったいけど)私は、まあいるんです。おいしいものはおいしい、これ言わずにはいられないんです。これも自閉圏の人間の特徴でもあり、私らしくもあり。

制作したイマムラさんは、
「ケイコさんの渦を描くような語りは、切れなくて、時間的にほとんど使えなかった」
と直後に言っていましたが、結果「かわいい」ケイコさんが揃ったんですかね。

この辺りまでは、割りに一般的な反応かな。
かわいく描かれてフウヒョウヒガイという訳にはいかないけれど、前に、前述のハッタツのピアサポグループが、「きらっと生きる」で描かれた時、やっぱりキレイナ事ばかり的フウヒョウヒガイと笑い飛ばして「ぎらっと生きる」というユーストリーム放送を始めたのと重なって、思い出されたものでした。
家族や友人たちの間では、ドク抜きケイコになっちゃった、が決まり文句となりました。

さて、もう少し踏み込んで見ている人からは…。
「ケイコさんの、一言一言を考えながらしぼりだして言う印象は、番組の中と実際と全然変わりません」
と言ったのは、20代のゲイの男性。彼はとても感受性豊かな、相手の事を思いやるタイプの青年のようにも映ります。

さてさて、ここいらで、ナレーション再考。

私は絶対、自分が制作できる人間なら、ここはすぐにでも直したいところが三点ほどあります。

「のえルーム」のシーン。
「お二人は、自分たちの知らない、のえさんの事を友人たちに聞いてきました。」
に続けてすぐ、
「と同時に、友人たちの知らない、のえさんを、のえさんの特性も含めて伝えてきました。」
って入れたいのです。これはものすごく重要。
「のえルーム」が、「あくまでも親である二人」によってなされたという域を出ない解釈になりかねませんからね。「自死を語るタブー」「自死に向き合う意志」といったものがそこに確かにあった事を、前者だけでは置き去りにしているからです。のえの特性を分かり合い、そして遺された者たちが何ができなかったのか、という事に向き合わなければ、場は成り立ちはしない。
私は「隠れ発達障害」の「語り部」をあの「のえルーム」でまさに始めていたからです。

これによって、「自閉症」に詳しい人々の「誤解」「物足りなさ」も補えたはずです。

でも、これに気づいたのは、修正する余地のあるスタジオで観た時ではなく、初回の実際の放送ででした。映像がそれを補っていると思おうとしましたが、「自閉症」に部分的に詳しい方々からの幾つかの典型的な反応が出揃って、今は、映像が補えていないと確信するに至りました。
とりあえず、ここでは、「自閉症」についてはこれ以上語りません。

最後のほうのシーン。
「ベロ亭では、いつもと変わらぬ日々が続いていました」
だったかな。これは何度聞いても痛いです。ものすごく痛いです。あの日々、私は薬害に見舞われ始めていました。歩く事もつらくなっていた。思考もかなり狭まって、生きていくのもつらくなり始めていた。ぜーんぶ、薬害です。そう、「薬剤パーキンソン」と判り、断薬、死闘の日々が、ヒデコと共に始まったのは、あの最終シーンの、たった一ヶ月後なんですから。(詳細は、カテゴリー「副作用ラプソディ」を参照の事。)

ただ、これだけの個人的な事情だけではなく、「のえルーム」を終えて、悲しみや葛藤も問題なくクリアーして、日常が続いていったっていうふうに映るナレーションは、薬害があったかどうかを越えて、かなり罪深い。自死遺族の日常は、一見変わりなく見えて、変わりなく見せて、実はそんな甘いもんじゃない。なんの意図があって、そうしたのか…。なんの意図もなくて、常套手段を使っただけのことじゃないのかあ??

これは、自死に向き合って生きる現実無視だけではなく、自死に向き合って生きる視聴者にも錯覚を起こさせる。
おお、この人たちはスゴイ。スゴスギル。私にはこうはできない……なんて、コンプレックスを起こさせるからね。これは相当の罪深さだ。

あるいは、口には出さずとも、こうも考えられているかもしれないよね。
「この人、母親なんでしょ。なんで、こんなに平然と平気な顔していられるの??
信じられへんわ。娘亡くした事、本当に身にしみて感じてるのかしらん??」

秋にね。市内に、ある知人が偶然来て、この人は近県に暮らしている女性で、ベロ亭の子どもの数と同じ数の子どもを育てた人。こんな会話がヒデコとの間であった。
「のえを亡くしてから、私たちの人生は一変したのよ。」
「へえーっ、そうなのお…」
低い調子で意外そうに下がっていく音程での一言でーす。

これはずうっとなぜかなって考える課題になりました。この方、とても社会的な活動をされている方ですし、子どもを大勢育てた方ですし、なぜかなあって、課題にしました。
「考えるべくもないよ。その人が非常識なだけで…」
と言ってくれる友人もいましたが、?? はますます大きくなっていき、やがて突き当たったのです。彼女、ものすごく自分の事、一方的にいつまでもいつまでも、まくしたてる人。こちらの言い分がやっと少し判ってくると、急にものすごく殊勝になって、今度は少女のようになる人。お判りですか。
フェミニストにもきわめて多い、「アスペルガー症候群」の見立てに、私は至りました。

そして、無自覚な自閉圏の人の、「字義通りの解釈」が出ちゃったんだな、と。
だから、二重にも、三重にも、このナレーションは罪深い。
「いつもと変わらぬ日々が続いていました」とさー。

さて、今回のイベントのアンケートの回答として、余りに貴重な、とてつもなく大切な、言葉が寄せられました。関西圏から参加した女性。発達障害を持つお子さんも育てている方です。ご本人の承諾を得て、ここに一部掲載させていただきます。

まず、お手紙より。
「私は5日のイベントしか参加できず、残念でしたが、あの場に参加できて、お二人と皆さんとお会いすることができてとても良かったです。生だからこそ、起こりえる化学反応のようなものが起こったのではないかと思います。私の中ではまだバチバチと火花を放っているように思えます。きっとこれがその時いただいた種なのだろうな…と。火花が止んだらちゃんと見つめて、そして蒔いてみようと思います。
当日までの準備、そしてイベントの開催、参加者のケアに至るまで、本当にありがとうございました。」

アンケートより。ここで、最初の、「ケイコさんの印象話題!!」に戻ります。
「私は『違う』と思った方の人間です。それは、私にとってのお二人が、番組によって切り取られた、一つの角度から照らし出された姿しか見ていなかったことと、それ以上(与えられた情報や印象以上)のものを感じとろう、考えようとしていなかったことによると思います。

番組でお二人は、とても強く見え、『強く』というのは、自分の人生を自らの手で選び取ってきた、そうしながら生活してきたという筋の通った自信(と感じられるもの)や実際の穏やかな生活、また、特にケイコさんは番組で非常に冷静で理知的で、狂いなく言葉を選ぶ思考の深さ、客観性を持つ部分が前面に出ていて、「なんてすごい人だろう」と驚嘆したものです。

しかしながら、そのせいで、というのか、私の思い込みなのか、感情的な揺らぎのある部分があまり見えず、のえさんの自死についても悲しみよりは『理解や受容』をしているように思えて、(もちろん理解も受容もされていることだと思います。それと共にある、継続する感情、悲しみとか、苦しい気持ちが大きく映像には表れていなかったように思えて)5日のあの場で、ケイコさんが、のえさんについてたくさんの感情を見せて下さったことは、私を大きく揺さぶりました。私は何を見ていたんだろうと茫然としました。

この方の誠実にして、ご自身の胸に問いかけ続ける真摯な文面はまだまだ続きますが、今日のところはこの辺にしましょう。

ただ、イベントで私が言った次の一言だけで、このブログの読者には十分にヒントになるのではないかと思います。

「私はね。あのキャラバン会場で、のえの事を切り出すシーンが、30分で二回という番組構成になっているせいで、続けて一時間見ると、必ず、あのシーンが二回出てくるのが、いつもつらいんです。今日もつらかった。そういう事なんです。そういう事なんです。」

彼女のアンケート用紙の欄外には、こんな文面も記されています。これはいずれ、稿をあらためて触れていく事になる、もしかしたら最重要課題であると思われます。

「ベロ亭のたたかいの歴史……それは本来は、お二人の生活の中心にあったものではないでしょうか。それが確かに、映像には表れていませんでした。そのこともお聞きして、驚いた点でした。」

ついでにつけ加えるなら、発達障害をかかえるお子さんを持つ方がもう一人、どうしても参加できず、彼女自身の葛藤と大変さと、私たちの向き合っている事の大きさとを、メールで語りかけてくれた事。これは、私にとって、小さからぬ励みでした。

そして、もう一つ。のえと同じ特性…すなわち発達障害の診断を受けながらも、若くして自死されたお子さんを持つ母親にあたる方から、カンパもいただいています。私が信頼している、関西のある分かち合いの会で出逢い、昨年11月のハッタツの会と大阪府の事業でした、私たち二人の講演ならぬライブトークにも来てくださった方です。

彼女は、同じ者同士だけでしか判り合えない、それではいけないと思っているけれど、数々の出来事でくじかれてしまったいきさつを、私にメールで語ってくださった方でした。

こういった立場の方からも、応援のメッセージやカンパがあった事、切なさと大切さとをかみしめながら、ここに報告させていただきます。


ケイコ
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