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涙のカンパ・迫真のメッセージ・思いがけない参加・そして

昨日は、ベロ亭への「芽吹き」ツアーの概要が、
まとまったので心得のその3にアップ。
昼間に撮った写真も添えて、ツアー参加者からは「楽しみ!」と言う声も。

昨日は、実は私が19歳の時からの畏友から、
2万円のカンパが届いた。
昔は大阪に住んでいたが、もう長いこと東京に住んでいる。
もともとは沖縄出身で、極貧の暮らしが原点になっている友。

彼女が2万円を送ってくれる意味がずしりとくる。涙が溢れる。
振込用紙の記入欄には「福井に行けば使う旅費分をカンパ」とある。

2007年の新宿でのクローズの、私達の「レズビアンマザー」としての軌跡を追う、
そんな集まりにも、とるものもとりあえず駆けつけてくれた。
そして、ベロ亭の子どもたちが子どもだった頃、
「あそこは上水道がなくて、水がなくなると、五右衛門風呂に、
水をもらいに隣りの家に走ったり…。
沖縄での暮らしを思い出したものだったな」
と語り、私達の草創期の今の時代には想像外かもしれない、
貧しさの中でも、笑いがはじけ、楽しんでいた暮らしを思い出させてくれた。

彼女からの2万円は、おかしな言い方かもしれないけれど、
他の人の20万円くらいのおもみがある。
溢れる涙が止まらない。

彼女と初めて会ったのは、のえが生後8ヶ月の時、
彼女の娘が生後1年と2ヶ月だったかなあ。
女たちの動きの最先端の動きの中でだった。

他にも、ぽつりぽつり一万円とか五千円とか、三千円とか、
カンパが届いてきている。うーむ、あの映像を見てカンパをするような、
殊勝な性的少数派はきわめて少ない。
イベントに協力の意味合いを持つ、カンパという行為は、
きわめて社会的で人間的な行為だ。
社会性も人間性も、きわめて低い性的少数派の実態を、
ここから読み取りたいとは思ってもいないのだけれど。

夜は夜で、私の切羽詰った、MLへの書き込みに答えて、
ある自死遺族の女性から、シンプルだけど迫真のメッセージが届いた。
これは5日に読ませてもらうことにした。
死にたいほどの思いを抱えながら生きている彼女の声から、
自死遺族のおかれた位置が少しでも伝わるなら…彼女はうれしいと言う。

シンプルで、強烈な痛みと罪悪感に満ちているのに、
彼女のメッセージの基調には、こんなふうに自分を追い込んだ、
なにか世間のどうにもならないあり方への怒りを私は読み取った。
そして、伝えたいと思った。

5日のイベントの参加者も、ツアーの参加者も出揃ってきている。
丁度いい具合かも。うーむ、やれそうだなあ、と思い始めてもみる。
6日の船盛の値引き交渉も楽しかったけれど、
5日の夜の二次会の値引き交渉もしてしまった。
皆、どうかしている。お金の感覚が私達と全然違う。
一度言った値段は、やはりそこまで交渉して落とすべきだと思う。
高い値段で平気で、そのまま受け入れたり…なんて信じがたい。
そんなふうに生きていられることが信じがたい。

今日は、いよいよ部屋を片付けようとぼちぼち動き出した。

食事時、ヒデコが語りだした。
あの番組に出た、彼女にとってのホントのホントの思いを、私に。
つらかった。じわじわと胸に迫った。
ここでは、わざわざ語る気はないけれど、本当に、
あの2008年の春から始まった事はなんだったのか、
私の胸に芯に迫る、ヒデコの述懐はせつなかった。

5日。何を私達は語れるのだろうか。
私達なんか何も知らない人たちに。
私達なんか、何も知らない「種まき人」と共に。

6日。それはそれで楽しければいいのかなあ。
何とか、種まきから芽が出て、
つながりが本当に生まれたら、それでいいのだろうか。
そんなこと、本当にこれからあるのだろうか。
だって、あの番組を通して、そんなことはありえなかったのだから。

私達の人生も、のえの生と死も、怪物のように「感動」という名のもとに「消費」する、
そんな残酷さを残酷とも気づかない人々が、
もはや人間とは思えないような、そんなところまで私達二人は来ているのかもれない。
映像という魔物は、私達とはもはや関わりない一人歩きだけをしているのか。
私達の片鱗を、モザイクにして、ほんの紛らわせの「夢と希望」を売り物にしたのはなにものか。

そんな折、
東京でパレードがあることを知った。もともと知ってはいたけれど。
そのバレードが、東京では二つに分裂した一つであることを、
その内実と共に、しかと認識させられた。、
最近のいろいろな余波が、その結果であるということも読めた。

遠い遠い国、トーキョー。

そこでの、パレードの分裂。
一つは若い世代がやりはじめている。
簡単に言えば、楽しくて面白いのがいい人たちなのかなって気がする。
それは自分が楽しければいい、そんな発想であるようにも映る。

もう一つ。そちらは、生き方として、人生として、
なんとか性的少数派のことを考えたいと、かろうじて伝わってくるような気がする。
まあ、こちらが私達は近そうなのは、自然な感じがするけれど。

しかしながら、私はもうそんな二つの流派も分裂も、かかわりなく、
突然1988年のある出来事を思っていた。
そして、そんな分裂と関わりたくない、とつくづく願った。

私達は、もう十分にフェミニストの活動を通して、
いやなこと、エゴのかたまりみたいな事々を見てきたなあ、と思い至った。
これ以上、そんなことにかかずらわっていてはいけないのではないか。

あの1988年の夏の夜、金沢の公共施設で、
ある東京から来た女性グループは、
私達が北陸と関西の女たちで必死で作った詩の朗読劇を、
その女たちの合宿の食事時に披露しようとして、
「さっさと終わらせてよお。早く、飲みたいんだからさあ」という声にさえぎられた。

あの声の主を私は信じない。
あの声の主をゆるしている背景を私は信じない。
あの声が発せられた、もとにある、人は「自由に」「気ままに」、
弱さも生きがたさもかかわりなく、やりたいようにやれるんだという、
そんな女たちの声を、私は今も、これからも、死ぬまで信じない。

そして、そんな同じ臭いや雰囲気を、
性的少数派の若者達の一連の動きに感じる時、
それはかつての女たちよりも、よりいつそう稚拙で、幼稚で、
底が知れているという点で、
その危うさを心配する面も少しはあるけれど、
それでも、私達とつながる接点を持てそうもないという点で、
信じようとしても信じることは、かなり困難であることを胸に落とさざるをえない。
なにしろ、十分に残酷で、無神経な若者達が無残にも、
生息してしまっていて、自分たちがいちばん正しいと思い込んでいて驚くばかりだ。

誰と、どちらを向いて、何を、どのようにして、
私達二人は、これからの残された人生を生きていくことができるのか。
こんなにも大盤振る舞いをしてしまった後に、
そんなことを一度は忘れ去って、本当に生きなおすことができるのか。

ヒデコのずしんと響いた、私への問いかけゆえに、
私は、ずしんと我に返りながら、
5日のイベントを、6日のツアーを思う。

ヒデコは言う。
「私は協力するからね」。

ぽつんと、低い声の響きに、
彼女の人生が誰にも届いていくはずもない、
深さとあつみとおもさをもって、問いかけてくる大きさに、
私は黙って、少しは抗弁したりしながら、頷いたり、言い募ったり。

ヒデコは言う。
「ケイコチャン、協力するからね…」。

ケイコ

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