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5/5のイベント参加の心得(その1) 最重要点…生と死に向き合う

今さら、「実を言うと」なんて言うまでもなく、私達二人は、昨年2月に放映された『ハートをつなごう・ゲイレズビアン特別編』に出演してから、様々な二次被害を受けています。今、「二次」と打とうとしたら「虹」と出てきて笑っちゃいそうなんですが、勿論、被害という以上は、かなり深刻なものでもありました。

そこで、私達が「お天気雨に虹ネット」として、「手作り」で企画した5月5日のイベントに参加される方々には、一目で判るように貼り紙でもしておこうね、と最初は言っていました。避けられない二次被害が会場で起きそうになった時に対処できるようにね、って。

でも、それはそれとしても、やっぱり事前に、わざわざ福井まで来ていただく前に、一応、こちらのつもりみたいな辺りをお伝えしておいたほうがいいのでは、という事で、「参加の心得その1から3」までブログにあげる事にしました。

その1は最重要点。その2は重要点。その3は当たり前の事。

うむ、それにしても、心得って??
広辞苑を引いてみますね。
承知しておく事。また、わきまえておくべき事柄。
事情を理解して処置する事。はからい。考え方、判断。


うーむ、うなるよねえ。まさにー! って気がしますから。
なんだか前おきが長くなりましたが、そろそろ、その1の本題に入るとします。

さっき、3月に関西の、ある自死遺族の分かち合いの会で出逢った若い女性から、メールをいただきました。そのメールには、亡くなったご家族と、それから、のえさんのお陰で、力をいただいて生きていかれそう、と書かれていました。5月5日のイベントの成功を祈りつつ。
この方も、自らの生きがたさに揺れながらも、ようやく道が見えてきたのだろうか、それならいいけれど、と私はそんな時に思うのです。

ちなみに、自死遺族の自殺率は、通常の24倍と言われています。私も、実感としては余りによく判ります。
そして、いろいろな「分かち合いの会」に参加して、同じご家族に、二人、三人と自死者が続いている例も知り、ショックを受けた事が思い出されます。今では、私の中では周知の痛ましい事実であり、そこに、最初の家族の自死に「どこまで自然と向き合えるか」という、大きくて深い課題が横たわっているようにも思われます。

ついでながら、LGBTの人たちの自殺率は、男の人で通常の6倍、女の人で3倍と言われています。

妙な話はしたくはないのですが、LGBTで、かつ自死遺族だとしたら、24倍かける3倍ないしは6倍の自殺率という計算になってしまう訳です。



さて、「生と死に向き合う」そんな姿勢がきちんと備わっている人、なんて、
実は、そうどこにでもいる訳ではありません。

ただ、自分の生きがたさ、弱さ、もろさをやりすごしたり、向き合ったりしつつも、皆、なんとか探している。なんとか生き延びている。
マイノリティであろうと、精神疾患を抱えていようと、なかろうと…。そんな事に、多少なりとも、アンテナが立っている方々の参加をお願いしたいと思います。

つまり、そんな事にアンテナを立てる気が、さらさらない方の参加は、ご遠慮願いたいという事です。つまり、ここではきちんと、こちらの意志を伝える事で、お互いに気持ちの良いイベントを持つという共通理解に行き着きたいと願っているのです。


だって、副題は「生きがたさ・弱さを、あるがままの豊かさに」でしょう。
これぞ、本当のホントの前向き、ポジもネガもこえた超ポジティブな姿勢…と言ってもいいかと思ってもいます。
一見、ネガティブに見える生きがたさや弱さや脆さ、そして葛藤や迷いの中にこそ、あるがままの自分を肯定し受け入れる宝物が潜んでいるのでは…そんなひらめきと認識からです。


あの番組では、娘の死、と、その事実にどんな場を作って、どう向き合ったかを描いています。イベントでは、その事があの番組ではどこまで描かれて、また、描かれていなくて、そこで、どこまで伝わったのか、伝わらなかったのか、にも焦点を当ててみたいと思っています。

なぜなら、余りにも多くの人が、あの番組の感想なり印象を語る時に、娘の事実と、「のえルーム」の営みについては、スルーして語らなかった、という点があげられます。なんと、この一年間は、たつぷりとその沈黙にさらされ続けたと言っても過言ではありません。

もしかしたら、「沈黙」の内容は、いろいろだったかもしれません。
単に、自死や、自死を語るタブーに、岩のように固まった人々の沈黙だっただけではないかもしれません。何を言うべきか、自分の無力さをただ「沈黙」に変えただけなのかもしれません。だって、最近知りましたよ。
「のえルームに感動してたんだけど、そんな事、伝えていいかどうか判らなかった」
っていう声を。私は、本当はよく意味が判らないんですが。

「隣りの部屋に、のえの物が置いてあるけど、あそこが空いたら使えるんだ」
と、集まり始めたマイノリティの人々に言っただけで、重い重い沈黙に包まれて、なんなんだ、この人たちは…って思ったこともありました。いずれ皆のために使える部屋があるって事が言いたいだけだったにもかかわらず、です。

私が、これだけの沈黙にさらされたにもかかわらず、今回アンコール放送当日周辺に、このプログを訪ねてくる人の検索キーワードを確認したところ、特に二日目は、のえの事で埋め尽くされそうな検索キーワードで溢れていました。
もちろん、純粋な探究心や、自らの生きがたさとかさねて、行き着いた方もいたでしょう。
でも、その中には、ゲスで卑しい好奇心というべきか、興味本位な野次馬もいたと思われます。
純粋な方と、そういう卑しい方と半々だろうと見るのが、きっと妥当なところではないでしょうか。

というのも、私は最近、お母さんを20年前に自死で亡くされた40代の女性の賢明なるブログで、どれほど巷の人々が、自死に対して、卑しい好奇心を募らせているかを学んでしまったからです。以前は、そこまで思わなかった。本当に、人々を信じすぎていたなあ、と思うところ大です。


さてさて、そんなふうに沈黙にさらされつづけた私は、
そこで、去年の春頃から、
思いきって、そんな沈黙に向けて、語りかけ始めたのです。
「あの番組の60分を全部、ご覧になったんでしょうねえ」とか。
「えーとーっ、あの番組には、日本でまだまだタブーである、二つの事柄が描かれていますが、そう一つ目は、メインテーマでしょう!!  それでもう一つは?? 」 
なんて、なぞなぞみたいな事も始めていました。それが意外と判らない人が多いことに、ひそかに度肝を抜きました。

そして、もう一つの超ド級のタブー、自死、と自死を語る、について、気づく人は全て、その事に、自分を通してとか、身近な人の死を通してとか、触れている人々だったのです。

かくして、私は、数々の方々の「自死」を見つめる体験や、「自殺企図」の相談を、おのずと受けている事が増えていきました。私はカウンセラーでもなんでもないわい、って思いながら、初めてその人が他者である私に語る体験を5時間、聞き続けた事もありました。うん、その時はそれでいいんだって、けなげに向き合っていたものですねえ。

初めて偶然この町で会った、あの番組を観て感激したと言う方は、
「そう言えば、二日目はご家族の事でしたねえ」
と、まさに人事という風に言ったものでした。
「おいおい、そのご家族とやらが、どうしたか、あんたは観なかったとでも言うのかい??」と問い返す必要をはっきりと私が理解するには、その頃は、とりあえず3ヶ月くらいは必要でした。
さて、放映から間もなくのこと、二日目だけ観て、
「とても重くって、一日目も観る気がしない」
と、私達を武生駅に呼び出して会っておきながら、平気な顔で言った関西からの旅人もいました。この方は、「ヒデコさんに会うとほっとするから会いたかった」と言った方でしたが、彼女は、私達に「実害」を与えているという意識は持っていませんでした。

もっともっとありえない出来事もありましたが、あえてあげません。

また、マイノリティのための「自殺予防」に取り組む方からも、私達にとっては、全くありえないような、あの番組そのものを否定するに等しい言葉も聞きましたが、これについてもここではあげません。
ただ、「のえルーム」の営みについて少しでも意識していたら、「ありえない」言葉だったのだけは確かです。

昨年の2月が放映でした。

「『のえルーム』にカメラを入れるという決断は、自死遺族が顔を出してインタビューを受ける、という覚悟などというものとも、全く次元を異にする、ものすごいことなのよ。
それをよくされましたねえ。」

この言葉を、ある信頼する自死遺族の女性との出逢いによって、伺うに至ったのは、なんと9月半ばの事でした。(彼女は、自殺予防の番組に自死遺族として出演しています。)
つまり、「のえルーム」の営みのかけがえのなさに、そして、その映像化のおもみに、少なからず気づいている方と出逢うまでに、7ヶ月を要した、という訳です。

10月だったか、精神障害者の就労支援の先進的な福祉施設を、東京で運営している旧友に別件で電話して、彼女は、偶然二日目だけ観ていたのですが、こう言われました。
「あなたたちは、いつもすごい事を、ごくごく自然にしている人たちだったけど、やっぱり変わらずそうしているのを観て、またまた、すごいなあ、と思ったものよ…。」
もちろん、すぐに手元にある、番組のDVDを送らせてもらいました。

今年の一月、東京のリビングツギャザーのイベントにヒデコが参加して、
「よく、あそこまでハダカになってくださいましたね…。」
と、あの番組の全てのおもみを受けとめて語ってくださる生島さんにお会いしました。
再編集されたアンコール版の冒頭に出てくる、HIV陽性者の相談に当っている『ぷれいす東京』の生島さんとの出逢いでした。番組放映からほぼ一年が経とうとしている頃です。

生島さんとは、後に私もヒデコと共に、電話でお話しする機会があり、「のえルーム」を巡る、理不尽で許しがたい、様々な出来事をお伝えし、それについて、きちんと「セカンドレイプ」と位置づけてくださったのも、きわめて重要な事でした。


さて、ここいらで放映直後に戻って、これだけは、お伝えしておきますね。
ワンボイスというブログには、2月の放映3日後に、『のえルーム』の営みについて、ポイントをおさえて書かれています。沖縄在住のゲイの方です。誠に手早い貴重な発信でした。


ここまで読んで、なんの事やら、ほとんど判らない方は、参加は余りおすすめできないかもしれません。まあ、それでも誠実さと真摯さで持ちこたえられる方なら。(笑)

ここまで読んで、なるほど、今年の3月のアンコール放送で、あえて再編集が急になされた訳が少しでも察せられた方は、参加なさるといいはずです。(拍手)


ケイコ
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| 自死を語るタブーを考える | 22:51 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

これだけ多くの言葉を言い募り尽くさなければならない哀しく怖ろしい現実を感じています。生も死も全てくるみこんだいろんな人生に対する敬意を抱く(共感はさらに遠く)ことがなぜ困難で不可能な社会になっているのか、なにが必要なのか、思いを馳せながら参加したいと思います。

| けろたん | 2012/04/19 17:08 | URL |















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