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もうひとつ先の大人の世界で、語り合いたい(部分加筆2/12)

この頃、よくツイッターなんかで、
自分のことを大人、大学生を子どもと呼んだり
大学生自身が自分のことを子どもと呼んでいたりする。
そういうのを聞いていると、なにをもって、
大人とか、子どもとか言っているのだろうと思う。

一方で、『大人買い』という言葉やなんかを聞いていると…。

ふと、自分は子どもなのか大人のわからなくなります。
私は、やっぱり大人になれない。永久の子どもと思ってしまったり。
そんな買い物できないもんね。

かと思うと、この人が大人なら、自分はもっと大人で老人なのか。
いや、それもそうなんですが、そもそも、そのラインを、
みんなはどこで引いてるのか考えてみたい。

子どもを生むと、親になり、大人?
成人式なんかを真剣にやる集団に会い
もしかしたら、成人式って大人になる式?

いやまず、私自身が生きてきた歴史と共に、
『大人』と『子ども』を見てみよう。

私が高校生の頃、1964年頃かな。
生徒会の役員が生徒会室や市立図書館でタバコを吸った、
という事件があって、その子が停学処分になりそうなときだった。
私は、全校集会を開いて、『高校生は大人か』という演説をした。

論旨は、
「もう、15歳以上は大人で、自己判断で、
タバコを吸うか吸わないか決められる意識を持っているので
学校が、その子が吸ってはいけないかなどを判断すべきではない。」
という内容だった。

実は、その男子を好きな女子をを私が好きだったなどという
ことは、抜きにしても、
けっこう真剣に壇上で語った。
卒業式の日にこのことが見込まれてか
屋上に男子生徒に誘われて、タバコを吸わされた覚えがある。

タバコ論議は別としても、
私は、中学を出たら、もう「大人」と認識し
わが子が、中学を出たときも、
もう大人なのだから、一人で暮らしていけば良いと考えていた。

ベロ亭で育った、私達の子どもは皆、
15歳でこの福井県の山間部のこの家を出て働き始めた。
定時制高校に4年間通い、
子どもによっては、さらに夜間の大学も4年間通った。

19歳までは家賃を援助し、
そのあと、次の暮らしの支度金、
いや「手切れ金」と呼んでいたが、
を渡し、それぞれの自立を促した。
私は、そのことについて、
早すぎるという疑問を全く持っていなかった。

私自身が、その年齢で、大人の価値基準を持ち、
社会的にも思想的にも、自分の世界観を持ちえた成長から
当然ながら自分の子どにもできると思ったのだ。

世界的に考えても、15、6で働いているのはフツウだとも。

そして、ベロ亭の子供たちは巣立って行った。
たっぷりと、体中で、世界を吸い込んで、生ききった。
泣きながらだったか、
酔っ払いながらだったか、
歯を食いしばりながらだったか、
時には大笑いしながらだったか、
年上の大学生の生活力のなさにあきれながらだったか、
それぞれのその後の
生き様を見ていただくのは、別の話としよう。

LGBTの東京の仲間達が「大人」だということにして、
大学生に対して、未来を語る機会を作る姿を見て
不思議でたまらなかった。

この場合、大学生が、子どもということなのか。

語る「大人」が大人ということなのか。

どの物差しも私には、あわない。

大学生は、私のイメージでは大人。
語っている人の話はどうもまだまだ頼りない面を感じ、
大人なのかどうかわからない。

私はへそ曲がりなのか。

というのは、昨年のテレビ出演依頼、
地方で、20代から、40代までのLGBTとの出会いが多いのだが、
私は、全て、この人達を大人と思ってつき合ってきた。
つまり、対等に考えて大切にしてきた。

ところが、向こう側から、60歳を過ぎた私の姿は
実は、なかなか見えてはいなかったのだ。
こちらが譲歩して、譲歩して、
対等ということにしていただけだった。

ある異性愛者の50歳の友人に、
この辺りの地元であった出来事をを話してみて、
「そりゃ、まだ経験していないことを判るはずはない」と言われた。

私は、分かり合えないその違いを、年の差とは絶対思いたくなかった。
16歳でも、22歳でも、31歳でも、40歳でも、
話していることの意味は必ず伝わるはずだと思って、
顔を見る機会も含めて
つき合ってきたのだが、実はとんでもなく伝わっていなかった。

向こう側からは、ほとんど想像できない、
こちらの思いがあることを初めて知った。

ところで、それは『大人』と『子ども』の違いではない。

老いていくという中で、積み上げ深まる感性や思索のことで、
『生』と『死』を理解する上での、新たな課題だった。

勿論、3歳で親の死を経験した私の父や、
17歳で親の死を経験した、友達の娘の理恵ちゃんや
人によっては、早くから飛び越して、大人から、一気に老いに進むものもいる。

私にとっての、大人、子ども、老い、
のラインを、感じ取ってほしいものだ。

ところで、雅楽のタレント、東儀秀樹がある雑誌で
「今日の日本は、趣味的なものも含めて、あらゆるものが子どもっぽくなっています。
大人が子どもの世界に迎合しようとばかりしているんですね。
それがなんだか気持ちが悪いなどと前から思っていました。
ヨーロッパやアメリカには、
『君たちにはまだ早いよ』と、「子ども」がつき返される世界があります。
(略)
そして子どもが、ようやくその世界にいけても、さらにその先の大人の世界がある・・・。」
と、インタビューで話しているのは、
上流階級のソサエティの話かもしれない。

それとは対象的とも言えるかもしれないけれど、
貧困と共に、人生哲学をぎりぎりに生きてきた、
60歳をこえた私たち女二人が歩いている世界に対して、
たとえ対等にはできなくとも、
せめてレスペクトを持って語り合える関係というのは生まれないのか。

もう一つ先の大人の世界が、ここにあるのだ。
「生と死」とまともに向き合おうとする、大人の世界があるのだ。

私は、子どもの世界に「余りにも誠実に」迎合しすぎたのかな。

ヒデコ


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