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物を片づける・頭を片づける・トーシツの雑誌が何冊もあった

カテゴリーを「ベロ亭から」にするつもりでしたが、
入力しようとして、例によって、半角のカタカナしか出てこない状態になって、
大騒ぎのわたしめ。ぎゃー!! 叫ぶー。
本当にパソコンは言うことをキカナイ時は大嫌いの、いやな奴。

で、私の書きかけのタイトルがようやく、「正しい」表記で書けたのを見て、
パソコンのケアに一階から二階の私ケイコの自室兼書斎に来たヒデコが、
「ベロ亭から」ではないよ「詩の世界から」だよって言うんですが、
そこまで高レベル??なことは書かないつもりなので、
まあ、「ケイコの言葉遊び」にしときました。

一つ飛んで、前々日の二日間に渡る「マルチマイノリティ宣言」が、
それなり「大作」めいているので、12日の夜行バスに乗って、
東京行き(上京って言葉を使わないと決めました)を決行?するにあたって、
のえの原稿の整理や推敲どころか、
物を片づけることから、頭の中を片づけることまで、
ありとあらゆることが押し寄せて、なんだかもうって世界。

ただ、私はいろいろ、この数ヶ月間に取りだした資料やファイルを見ていて、
これだけは記述したくなったんですよね。
すでに2007年4月17日に倒産に追い込まれた、
『全国精神障害者家族会連合会』こと全家連が出していた月刊誌『ぜんかれん』誌、
の前の号をいろいろ取りだして、
ほんの少し前にみていたことを思い出すような、
そんな物やら何やらの整理のなかで、
これだけは、ここに書きだしたくなったのです。

ちなみに、全家連の倒産日を知っているのは、
この日が、ヒデコが東京で個展をやっていたさなかで、
まさにこの日、新宿でクローズで私たちについて、
レズビアンマザー30数年とその軌跡…とかなんとかいうタイトルで、
ささやかな会を持った日と同じだからなもんで、
これって一生、忘れないやろうなあ、とその時も思ったものでした。


読みたい方、本当に読みたい方、お貸ししますよ。
タンポちゃん、持っているかも。
時期が重なってトッテいた時もあるからなあ。

バックナンバーを取りだして、そして切ない想いやら、
切実で緊迫した思いでめくりにめくった号のタイトルを上げますね。

★よい病院とは??
★精神科救急…家族と本人のたいへんなとき
★再発から学ぶ
★幻聴・妄想とつきあう
★『暴力』をともなう激しい症状への対応
★精神科病院でいやだったこと

トーシツ、というか、統合失調症というか、
少し前なら精神分裂病が当然の名称だったこの精神疾患、
それに関する私の部屋の棚に、
これらの関連冊子を戻そうとして、胸が震えました。

この胸の震え、誰か止めてくれよー。
この胸の切なさ、本気で共有してくれよー。

様々に並んだファイル、プリントアウトした紙類、
どれも多岐に渡っていて、頭を冷静に働かせないと、
その多様性に翻弄されそうになります。
翻弄される事で笑えるくらい余裕がないとダメですね。

えーと、これは『自死遺族』の分かち合い関連。
えーと、これはDDACの講演関連の資料。
えっとお、これは我らが『辺境の森』構想の資料のファイル。
あれれ、LGBT関連はこっちの棚と、
そうか私たちの番組の感想の束やらツイッターやらブログの集めたのは、
こちらとこちらとこちらと…。
のえの関連のは、えっとー、あそことあそこで。
その本の出版社とのやりとりを集めたファイルはあれでー。

まあね。のえの関連のファイルも山のようにあるんですけどね。
トーシツ関連のフィルも山のようにある。

さっと取りだすと、十年前の資料を取りだして、
必要な方に電話を入れたり、必要な情報を取りだしたり、
そんなことで役に立ちましたわ。
すでに10年近く前になる努力のたまものすら。

私のベッドの傍らには、中井久夫先生の書物も何冊も並んでます。

★家族の深淵
★精神科医がものを書くとき
★時のしずく
★こんなとき私はどうしてきたか
★精神科治療の覚書

今は二冊ほど福井の方に貸してあります。
こんなふうに貸せる方がいることがこの上なく嬉しい。

カラ。
大変だったね。
よく頑張ったね。
誰もそんなこと、気づかなくたって、
タンポちゃんと私は少なくとも、その大変さには近づいている、
そう思うよ。もちろん、ヒデコちゃんだって。

あんなに反発していたのに、
別れ際、「迎えにきてくれてありがとう」。
そう言ってくれたことの果てしないおもみ、伝わっているよ。

お疲れさま。ありがとう。
頑張ってくれてありがとう。

そして、まだまだ回復期のデリケートな時期。
大事に大事にしてね。
そして、21日のヘンリーさんのコンサートも、
ほどほどにやることにしてよね。
たとえ、のえの師匠みたいな大物の鎮魂の唄が歌える「うたうたい」。
東北に目が行って、阪神大震災の爪痕が忘れ去られそうな今、
このコンサートは、いくらささやかでも確かに大切だ。

ヘンリーさんも阪神大震災でご身内一家を亡くされているから、
それはそれは、真に迫る鎮魂の唄、唄ってくれるだろう。
のえもきっと、聴いているだろう。

カラ。
ありがとう。
届いているよ。
カラの震える思いと、魂ふるいたたせるような熱の、
その出どころと、それが向かう方向とその一歩先。

たくさんのごめんね。
たくさんのありがとう。

私、カラの再入院でここまで大きくなれました。
カラも、きっと大きくなるだろうな。

タンポちゃんも、イオンも、間違いなく大きくなった。

しっかりと置くべき場所に『ぜんかれん』誌を戻す。
また、いつでも取り出せるように。

読むほどに、また違った意味を深める、
その世界と、その病と言われる特別な世界と共に、
私がこれからも生きていく。
そのことだけは揺るぎない。

人生ここにあり、とは簡単に言えない。
『べてるの家』のように、と追随する気もない。

私とタンポちゃんと、そして時々ヒデコちゃんと、
そしてサナエとも、始まったはずのことを、
大切に大切にするだけ。
ヨシノともごんちゃんとも。

大事にね。
一日、一日を大事にね。

新しいカテゴリーを作る。
自分のために作る。
「ケイコの言葉遊び」なんかじゃあるものか。
「厳粛なる病・トウシツから学ぶ」の初登場。

物も少しは片付き、頭はそう簡単に片付かないけれど、
これで少し、のえの事に没頭できそうだ。

私、自分の産んだ子が二人、
自閉症とトーシツだってこと、
今になってやっと宝物って思えるようになった。
まだまだ、揺らぐこともあるかもしれない。
でも、宝物であることに変わりはない。

ありがとう、カラ。
少しずつ、少しずつ。

あのときの絵。
あのときの詩。
ありがとう、カラ。

あのとき見せてくれた病院の窓の向こうの空。
ありがとう。
見たよ。一緒にあの空。
見たよ。一緒にあの病院の中を行き来する人たち。

そこにある希望と落胆。失望と夢。

カラの千分の一くらいは見たつもりだ。
一緒にこれからも歩くよ。
のえも応援してるさ。

カラは生きている。
ありあまるほどの才能と、独特の持ち味と、
その世界と共に、
カラ、君の世界はたしかに生きている。

ケイコ   2012年1月9日 夜8時




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