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回復依存……言葉依存への、おもわゆいアプローチ

うーむ、くたくただ。ヒデコの看病疲れたよー。
三食作って、昨日の血液検査の副産物でコレステロールも考えなきゃーって、
食事も工夫して、
一日のうちに三食続けて作ったのは、もしかしたら1年半ぶりくらい?

でも、どうしても気になるキーワードが私の中で点滅するので、
やっぱり書いちゃうことにしました。
カテゴリーは、「ケイコの言葉遊び」にも傾いたけど、いやいや違う、
と「自閉」話題の傾向を意識することとなりました。

回復依存ってあるかしら……的なつぶやきをブログで書かれていたのは、
薬物依存の回復に取り組むダルクの関係の方でした。
私、その言葉に既視感があったんです。聞いたときに。
そして、その方のブログで、かつてそう書き込んだことを今日、確認しました。

そうそう、そうなんだ、
だから『子育て中の女性の薬物依存のセミナー』に申し込んだんだよなー。
って言っても、なんのことやら判りませんよね。

今回の2日目の講座で、17歳で子どもを産むに至った女の子の話を、
東京の杉並から来た「不良少年大好き」っていうスクールソシアルワーカーの女性が、
克明に愛に満ちた語り口で話しに話してくれました。
17歳で子どもを産むに至るまでの話はそれはそれは壮絶。
今は繰り返すエネルギーはありません。
でもね、彼女が産むかどうか少し迷ったとき、
すでに彼女の周りには応援団ができていたのです。
「みんなで育てるから、産めばいいよー」って言ってくれる近所のおばちゃんとか。

それまでが壮絶な話だっただけに、泣いちゃいました。
ハンパな涙じゃありません。私も18歳で、のえを産んでいますから。
十代の子産みの話は、それはそれはしみちゃうんです。
そして、のえが今はこの世にいないこと、
それでも、今も私を支えてくれていることに、余計泣けちゃうんです。
のえがいた頃から、十代の子産みの話には敏感だった私ですが、
とりわけ、ただものではない涙が流れちゃうようになっちゃったなー。

ここに、いきなり、回復依存って入れたら、何か読んでいる方、浮かびますか。

私、このブログでも何度も書いてきましたよね。
のえの誕生と共に、私の人生は始まった、と。
今日、病床のヒデコの横で、しみじみ話しながら、
のえの父親にあたる人に、池袋の路上!!で会ったときから、
それは始まっていたんだねえ、なんて殊勝に話していました。
だって、まれなるほどに誠実でやさしくて包容力のある苦労人でしたもの。

私、自分の回復のために「依存」すべく対象をつかむのは、
なかなか運と見る目には恵まれていたんでしょうか。
回復…。
回復って??

そう、自分の奪われた人生を取り戻すための回復です。
一見、崩壊していないように見えただろう私の生まれ育った家。
でも、父と母は尊敬しあっても、愛し合っても、信頼しあってもいなかった。
互いの弱さをおしつけあって、反目しあって、醜い聞くに絶えないいさかいを繰り返した。

父も母も、それなり必死で子どもをかわいがってもいたし、
それなり必死で働いていたし、でも、そこには二人の信頼がなかったものね。
だから、届かなかった。
とりわけ、自閉があった私には、届くわけなかったよなー。
それって、父と母にも、もどかしかったことだろうなあ。さぞや。

私、気がついたら、24日の講演で話していました。
余り、筋書きになかったかもしれないこと。
でも、私には余りになじみの記憶。なまなましすぎるくらいのもの。

それは…。
それは、十代後半の私には、感情として想起できるものは、
「憎悪」しかなかったということです。
あの当時読んでいた高橋たか子の小説、なんだったけなあ、タイトル。
そういうのが主題だったなあ。
びしばし判っていやだった。判ることがいやだった。
そうだ、「空の果てまで」だ。

でも、感情ではあったのです。
自閉の人間は感覚は強くても、感情は持ちにくい。
でも、余りに反目しあっている人間二人からは、
さすがに学びましたよねえ。
ぞ・う・お、という感情を。

あとは霧の中でした。
それから第七感か第八感か判らないけれど、
いわゆる五感ではないところで、
深く潜在的に無意識の底まで、
感じてしまうことを咀嚼しようと私は必死でした。

映画の意味が刻めなくて、でも衝撃は受けたり、
でも咀嚼はしなくてはという使命感みたいなもので、
何度も同じ映画を見たり、そんな高校生活でした。
そう1970年代の後半の新宿の街で。

さて、ケイコさん、
なんというか「言葉依存」じゃないかな、的なことを、
ここに最近よく来てくれる若者が、
笑いながら親愛に満ちて言ってくれたとか、
いやはや、私は私で笑いながら、まさかと今さらながら思いながら、
回復依存と同じように、その言いっぷりをしばらく立てて、
回復依存と並べて語れるなあ、と今日、だんだんと思えてきました。

深く潜在したもの、無意識の中に渦巻くもの、
そういったものを、私は言葉にする必要がどうしてもあったのです。
そこに意味を立たせて、それをもって自分の「今」を立たせて、
それによって、過去もつながり、未来も少しずつ遠望できるようになったような。

自閉の人たちの意味の島の少なさを書いた本を最近読みました。
私は少ない意味の島と、深い荒れ狂う海のハザマで、
そこをつなぐ言葉を探し、意味を立てて、生きることにつなげたように思います。

そうこうするうちに、意味の島は、けっこう大きな大陸になっていて、
すうっと、自身の無意識の底まで見渡せるような、
爽快な開放感に行き着いていることに気づきました。
23歳の夏のことです。
その直前にヒデコに一目会いました。
それから、12月、私とヒデコは頻繁に会い始めました。

あのときの、私の内部での「意識の解放」めいた開けた感覚がなかったら、
ヒデコみたいな人には出会わなかったろうな、
そんなことも24日には、ずけずけ言っていましたよね。
それ以前だったら、なんだこんなずうずうしいだけの奴。
そのくらいなもんで、こいつをゲットしたら、すごいことになるぞーてな予兆なんて、
私の側には、まだまだありえなかったことでしょう。
そもそもは彼女の書いたもので先に出会っていたのですが、
そのときに見えた長い長いトンネルの先の向こうの光。
それは今も変わらず、明白な光と闇のままに、私達を照らしているように思います。

今回、息子のパートナーと、ひととき、
自閉と統合失調症の比較研究っぽい時間も持ちました。
トウシツってさあ、意味の島が立ちすぎて、
地面がついていない島もぷかぷか浮いちゃって、
あるいは、島と島が重なり合ったりして、意味がこぼれて溢れて、
そして、違う意味になっちゃったり、ちょっと悪いユメみたいになっちゃったり、
うむ、けっこう妙なガスの出る海に浮かぶ島みたいになっちゃったり。

二人で話しながら、判った、判った、で笑ってましたねえ。

ただし、トーシツに関して言えば、上記の表現は、
過活動気味の調子を崩したときのものだということだけは、
言い添えておかなければと思います。

意味の島が立たなさすぎる自閉も大変。
意味の島が立ちすぎるトーシツも大変。
人となかなか、つながれない自閉もつらい。
人にどんどんアンテナ立てて、つながろうとしすぎるトーシツもつらい。

ほどほどがいいったって、それが特性なら仕方ないかー、ですよね。

ただし、自閉だって、トーシツだって、
それぞれが自覚的に自分の特性に向き合ったときに、
見出す、それぞれなりの落ち着き方、自分の落ち着かせ方、
胸の落としどころみたいなものがあることも、
言い添えておきたいと思います。

2日間の『子育て中の女性のための薬物依存の回復のためのセミナー』は、
どきんどきん、胸がちぎれそうなほどの発見と、
講師の上岡はるえさんの、
びしばし愛に満ちた、
考え抜かれているけれど、けっしてそうとは見せない、
歯に衣着せないと見えて、実にデリカシーに溢れたおっきな凄みと共に
終わってから、ただただ呆然とするような、
ある種の衝撃をもたらしてくれました。

そこには、発達障害の人も統合失調症の人も、
そうでないいろいろな人も、
その家族も、その関係者もいたかもしれない。

そうして、メインテーマは、ほかならぬ「薬物依存」と「女性の子育て」でした。

ほどなく私は気づきました。
私、まさに今「辺境の森」にいる、と。
こここそ、マルチマイノリティの集っているところではないか、と。

のえが導いてくれたこの講座。

いつも、のえはカラに実際には力になれなくとも、
カラの異変にはまっさきに気づいたものでした。
まさに今回もそんなふうに物事は展開し、ことは進み、
私は、家族もろともの、
「回復依存」へのミチを手探りで引き寄せています。

主催したダルクの回復への大切な手がかりとして、
最も重要なこととして、
自分を表出する言葉を持つこと、が挙げられていました。

凝縮した日々と時間の果てに、
神戸から発つ間際、
私は孫のイオンと息子のパートナーのタンポポさんに、
めいっぱいの気持ちをこめて手紙を書きました。

孫には、自分の意志を表現することの大切さを。
だってもう、彼は自分の言葉を持ち始めているのだもの、
ただ、出さないだけだもの。
タンポポさんには、出すときのタイミングの大切さ、機を逃さない重要さ。

あと、二ヵ月で還暦。
自ら、おばあちゃんって、言ってもいいなあ、と思えるほど、
息子も、息子のパートナーも、そして孫のイオンも、
本当にいとしく思えることが切なく、大切で、
だから、
私が自身の回復に、本当に若い若い十代の頃からこめたことを、
語らずにはいられなかったのかもしれません。

イオン君。11歳だもの。思春期の始まりだものね。
また、本読み聞かせてね。
あの意味がちゃんとに立ってくる朗読は、すごかったよ。

イーハトーブの二回の朗読は、
まさにイオン君の二つの気持ちを反映していたよね。

そのうち、いつかいつのまにかきっとできてるはずの、
イオン君の言葉そのものの、朗読も聞かせてね。

おばあちゃんの、おもわゆいアプローチ。

ダルクの大切なお知り合いと、
ここに最近足しげく通ってくれる若者とが、もたらした二つの言葉。

回復依存、と、言葉依存。
そこから始まった今晩の私の結実です。

ケイコ

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| 自閉圏のつらさと豊かさと | 00:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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