PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

雨の中をカラコロ、関西レインボーパレード、で、おどってた

このタイトルでは、やっぱりカテゴリーは「虹色カミングアウト」しかないのです。
しかし、ありゃりゃ、これ、のえさんの唄の歌詞じゃん。
という人にとっては、やっぱり「のえと共に」も入っちゃうんですよ。

あのパレードからきっかり1週間と一日がたって、
私の中で、のえの「雨のなか」の歌詞がくっきり立ち上がってきました。

雨のなかで、カラコロおどる。
気がついたら、ひとりで、向こう側で、みんな、おどってる…。

なぜなんだろう。

この感じ。

私の今年の「関西レインボーパレード」は、後から、それこそ「気がついたら」、
「雨の中」だったし、のえの「雨のなか」の歌詞のような、
そんな感じでした。

ひたすら、500枚近いチラシを撒きました。
そう、あの「子を持つ・持ちたいLGBTの思いに寄りそい、生と死を思う辺境の森」構想。
それを、番組の底力のような、様々な反響をさざなみのようにうねらせて、
構想の骨子を書き、
私達二人が何をしたいかを明確に書き、
どんなふうな相談や講演や執筆ができるか呼びかけたチラシ。

それを、なんとLGBT当事者ではなく、
11月24日にエル大阪で講演をさせてくれる「発達障害を持つ大人の会」の若者二人と、
撒きに撒いたのです。
いや、待てよ。若者のうちの一人はひたすらおしゃべりに忙しくて、
「恋愛がわかんない」なんて言いながらも、
パレードのスタッフとも話し込んだりに忙しく、
荷物持ちという、私達にとってはとてもありがたい役割は担ってくれましたけれど、
そんなに、いや、一枚も、チラシ撒いてなかったかも。

撒いたのは、やっぱり私達二人と、もう一人、ハッタツの会のヒデ君という若者。
それから、途中沿道に立っていて、ぎゃあって言って抱き合ったレズビアンマザーのトモさんともです。
子どもさんが退院の日で参加は無理だと言っていたのに来てくれていたのです。
あれが最高に嬉しかったなあ。

それにしても、雨、雨、雨。

私のプラカードは、
「LGBTも子どもを家族を持てる希望を!」と「LGBTも 死ぬな 生きて うたえ」。
のえの唄のファンならご存知の、そうあの壮絶な唄いっぷりでみなの心を揺るがしていた、
のえの自作曲「無題」からの一節が後者です。LGBTも、は私が加えました。
その横には、のえの写真をカラーコピーしたものを貼りました。

あの番組で、のえの自死を、のえルームでの活動を、
あえて映像にすることを避けなかった私達の心意気のおもみを、
こういう形で伝えることは、今年のパレードではひときわ私には必要なことでした。

おおい、なぜ、あなたたちは、あの番組の、のえの部分をスルーするの。
なにがどうステキな家族なのか、ということをきちんと語らないの。

きしくも、パレードは雨。
雨のなかをカラコロおどる、パレード。
気がついたら、たった一人ではなかったけれど、沢山の仲間がいる訳ではない。
仲間だったような人達が、確かに向こう側で笑ってもいる。
限りなく遠い、向こう側で。

でも、私は近づく。
「ねえねえ、前にあんなこと言っていたけれど、どういうことだったの」。
でも、私は語りかける。

番組を見ていた人は、二割くらいだったかなあ。手ごたえとしては。
そういうふうに反応してくれた人には、裏面ののえの写真と歌詞が入ったプラカードの面を見せます。
ふーん。というふうに見る人。すごくマジになる人。
しんしんとした沈黙の中にも、私はその時々のその人の中に何が立ち現れるかを、
つくづく見届けていた気がします。

その日、どんどんと強くなる雨の中では、沿道のフレンドリーな感じの人達にも、
随分とチラシを配りました。
講演かなにかでいずれよびたいと言ってくれる人にも会いました。
賛同したいという子どものいる人にも会いました。

ヒデコのプラカードはまさにこの構想の賛同求む、という内容でしたしね。
それに、彼女のはもう一つ。
「LGBTは若いモンだけじゃない。64歳、レズビアンマザー」。
これに反応してくれたのは、ほとんど外国人の参加者だったとのことです。
いのちリスペクトは、
いのちを重ねた者へのリスペクトでもあるはずだと、
私は思うのです。

到着地点の公園はどろどろの地面。
でも、まだまだめげずに、私はチラシを撒きました。
撒く、というと語弊があるなあ。丁寧に丁寧に語りかけて、説明して、
そして、渡すのです。いつでも、なんどきでも。
まあ、語りたそうでない人には、黙って渡すこともまれにはありますけれど。

涙ひとつ流した訳ではないのに、
服までびしょびしょになったあのパレード参加。
あの雨は、のえの涙のようでもあり、私達の涙のようでもあり、
LGBTで、生きて生きて、それでも生をまっとうできなかった人たちの涙のようでもあり、
私は今回は、風船の一つも飛ばさないままに、
空に上がっていく数々の風船を見ながらも、
どこか放心したような充実感の中にいました。

ちゃんとにやれたことがあるから。
トモさんが来てくれたから。
ハッタツの会の人達が、即助けてくれたから。
ヒデコとは、なんの打ち合わせもなく、当然のようにやるべきことをやったから。

そうして、番組の余韻も含めて、空に流したから。
流れ流れて、空の向こうの、のえの声に届いたような気がしたから。

雨のながて、カラコロおどる。
気がついたら、ひとりで、
向こう側で、みんな、おどってる。

のえ、ありがとう。やったよ。
天国で一つでも、風船つかんでみたかな。

ケイコ

ヒデコから追加。
当日、私は、LGBTの子どもの当事者性について説明し、これから生まれてくる子供達も含め
守っていく、「森」構想への賛同を求めて歩いた。

スポンサーサイト

| 虹色カミングアウト | 18:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/915-311cc827

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。