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最期の夜に届け……3年目のその日に

今は10月4日23時40分。あと20分ほどで、5日。
3年前、2008年の10月5日から丁度3年目になる。

今日は、秋晴れのすがすがしい日差しの下を、
隣りの集落までウォーキングをした。
その前に、今日か明日、赤い花を持って来たいと言っていた、
エミさんに電話して、しばらく話した。
なんだか、とても疲れた。
彼女のせいではない。ただ、今日も明日も、人と話すには向いていないんだな、
そう思いながら、ひたすら歩いていた。

エミさんの前には、息子のカラとも話した。
カラは、やはり弟としての、のえの命日を前にしたつらさを、私に訴えたかったのだと思う。

田園風景の中を歩いていると、白昼夢ならぬ、白昼詩のように、
私を悩ませた事ごとが、軽々と私に笑って語りかけるように、
私の歩みを弾ませた。

「保守層狙いなんてねえ。軽はずみに言っちゃって、ばかだったなあ」
声が聞こえてきたような気がした。
「本当はよく判ってないんです。自死遺族と自殺予防の、なかなかあいいれない中で、
ケイコさんが、あんな申し出をしてくれた事が、どんなに大きなことか、
本当はよく判っていないのに、判ったようなこと言っちゃって……」

田園風景の中の山々や刈り取りの終わった田んぼは、ひときわ秋を告げている。

目の前に、ふと花の山が見えた。赤い花だ。のえが大好きな赤。その赤の花々の花束だ。
赤いリボンがついている。
「ベロ亭に思いを寄せるレズビアンマザー、及びレズビアンマザー候補有志より」なんて、そのリボンにつけたカードには書いてある。
よく見ると、「宝物のような、のえさんの思い出に寄せて」とも書かれている。

ウォーキングの道は、隣りの集落の中で、大きくカーブした。刈り取りの終わった田んぼに佇む農婦が、ふとこちらを見ている。軽く会釈して挨拶する。

秋の空は大きく広がっていて、爽快だった。歩く。最近は有酸素運動になってきている。随分と回腹した証拠だ。一軒一軒の家並みを今日は少し覗いてみる。夕刻なのに、もう稲刈りが終わった季節だから、人影もない。

空を見ながら、ルネ・シャールの詩の一節が思い出された。

最後の結論をくだすものは、大空であるように思える。
しかし、それは、きわめてひくい声で発せられるので、
だれもけっして聞きとることはできない。


のえが亡くなって間もないブログでも書いたこの詩の一節。だけど、なぜか、あのブログは壊れて、途中から消えていて、この一節も消えていたのを最近思い出して詩集を開いた。

自分でもおどろくほどに落ち着いている。
心配する電話の声を聞いたりすると、かえって困ってしまうような感覚にすら陥る。
私がどこまで歩いてきたか、その峰や谷がどんなだったかを語るのは容易なことではない。ただ、私はここまで歩いてくることができた。
そのことを誇りに思ってもいる。ただそれ以上でもなくそれ以下でもなく。

私達の、私の人生は、容易に解けない方程式のように、様々なことが詰まっている。

数日前、カラは言った。
「そのすごさを俺は知っているからね。知っているってこと忘れないでよ。」
少し声が詰まったような気がした。
「知っているってことを知っているよ。」
私は言った。それからこう付け加えた。
「へんな親子だ…」

お互いの言外には、解けないまま置いておくことがあっても、
じりじりと、結局は、
どんなことをしても、こたえを見出していくよね、ということも含まれていた。

そんなカラが今日は、少し調子が悪かった。一人で部屋にいて、のえの事を思ってつらくなったようだった。今までにない調子で最初は話していたが、だんだんと落ち着いてきて私も心安らかになった。
肉親というなら、いつもはこだわらない血のつながりということは、やはりある。生と死に関して、その事が大きくなることを、私は今さらとやかく言う人を信じない。
私は産んだ二人の子のうち一人を亡くし、カラは姉を亡くして一人になった。その事実はどうにも動かしようがない。
あら5人きょうだいだったんじゃない、なんて言うなかれ。これは一つの紛れもない事実なんだ。あるがままに受け入れるしかない事実なんだ。意思で乗り越えられることと、あるがままに受け入れる事とは、全く違うおもさがある。

ウォーキングの道を引き返す地点に来た。道路沿いをひたすら歩く。あっという間に家に着く。早いな。早くなったな。

のえにまつわる人々に、今日はひととき思いを至らせた。どんなふうににせよ、のえのあの日々に関わった人々のことを。
ちゃんと生きてられてるかな。ぐるぐるまわりをしていないかな。

夜、月は昨日に続いてハーフムーンだった。満月好きだった、のえには不満足かな。でも、のえはもう月の住人だから、問題ないか。

おととい、きのう、今日と、続々とメールの返事が届いている。今日は少しそのことから離れてみる。大事なメールには返事を書く。

22歳の若いレズビアンの女性からの返信がしみた。
「明日3時、私も、のえさんのことを思います」

今、5日、午前零時18分。のえが最期のときを過ごした夜。

私はその夜の、のえをたたき起こし、話を聞き、暴れまくろうと、訳が分らなかろうと、
とことん向き合う自分をそこにおいてみる。
そんなことは、けっしてかなわなかったのに。
そんなことは、のえも望まなかったかもしれないのに。

それでも、私はその最期の夜に向けて語りかける。
のえ、あんたは何を望んで、そして、望まなかったの。

最期の夜に届け。最期の夜に届け。

すでに最期だと判ってしまっているその夜にさえ、私は声を投げる。
これからも、声を投げる。

ケイコ
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| のえと共に | 00:32 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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コメントの欄を一段間違えたようです。すみません。

| けろたん | 2011/10/05 11:09 | URL |















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