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そして、底なしの絶望は変わらず、でも小さな希望が残った

そして、底なしの絶望は変わらず、でも小さな希望が残った。

大阪での、というか、関西での9月16日の北陸本線の、最終特急での到着から、24日のやはり最終特急での、正味8日間の、凝縮した滞在と、不思議な心の旅から、今日ようやく生還した。ホント、生還したって感じ。特急は、今回だけ特別。
本当は、25日の地元の、ある心のフォーラムと銘打った催しも続きみたいな感じだったから、ほぼ10日間の旅だったと言ってよい。これは余計だったかな。いや、やっぱり避けられなかったのかな。

よくぞ、やったよね。と、自分を早く誉めてやりたかった。でなければ、死んでしまいそうな気がした。すぐにでも、この世界から消えてしまいたい。それをなんとか、言葉にとどめて、私はこの世界とつながっている。それを読んでくれる人ともつながることで、世界につなぎとめられている。それでいいと思って、息をしている。

のえを3年前に失ってから、その心持ちにどんな変化も起きることはない。
間違わないでほしい。自殺企図などこれつぽっちもない。ただ、生きるために書く。嘘偽りないところを書く。それだけが、私の生きる拠りどころであることが、つよくある。それを言っているにすぎない。

おいしいものをおいしいと思ったり、気持ちの良い人を良い人と思ったりすることで、時と時がつながり、次の生がほのみえたりもする。秋の風を受けて、ウォーキングをしているときに、澄みきった空の向こうに宇宙を感じて、生きているというただそれだけのことが、どんなに大きな仕事か、深い呼吸と共に、腹におさめていることもある。

昨晩、姉に電話した。すさまじい疲労。深夜近い時間のうたたね。姉が夢に出てきて、ふと目覚めて、そんなことは今までなかったので、ふと不安になって、相方に口に出したら、電話してみなよ、と言われて電話した。電話口に出た姉は、何事もなく元気そうで、でも、電話した理由を言うと、まんざらでもなさそうで、しばし遠く離れて暮らしていて、価値観は少なくともものすごく違うだろうけれど、人生観の根源のところはひどく似ているかもしれない、その唯一人の姉とのひとときの会話が少しいとしかった。

生きているという確認。生きているんだよ、という伝えあい。

秋風がまだそれなり強い日差しと共に、セットになってやってくると、つらい思い出が心を揺らす。随分と違ってきている自分も感じている。でも、この季節はやはりつらい。

あと、一週間で、のえの命日。あれから3年。嘘だ。あれからもう3年だなんて。のえはね、まだね、あちこちのライブハウスで唄いまくっているのさ。あそこの公園でも、あの街角でも唄いまくっているのさ。今でも、そうとしか思えない自分がいる。あの魂の波動のような声が、消えてしまうわけなんてないじゃないか。

長いこと、私はのえの夢を見なかった。私の中に、のえがいつもいるから見ないんだよ、とヒデコにも言い、自分でも言っていた。それが、のえのCDブックの原稿を書き始めてから変化を見せた。ある日…。

ここまでが深い眠り、という以降のおそらくやや浅めの眠りの中で、私は夢を見た。
のえを探して、探して、探している。どこにいっちまったのだろう。おーいどこだあ。探して、探して、探している。手あたり次第に、見えないものの全てをかきわけ、私は探しに探している。

すると、ふっと、のえが現れた。確かに40歳の大人っぽさを少しは身に付けたような、のえが、前より少し背が高くなっているかのように、ほっそりして、でも何気なく、そしてやや面倒臭そうな様子で、しょうがないなあ、そんなに探しているなら、顔だすよ。てな、感じで現れた。
その存在は言っていた。
…いるんだからね。そんなに探さなくてもいるんだからね。ほらほら、いるんだからね…

目を覚ましてから、少し私は笑ったような記憶がある。はは、のえらしい。

ところで、この一週間余りの収穫だって?
底なしの絶望は何も変わりません。どこのジャンルに顔を出しても同じ。
日本は絶望的な状況です。
気遣いとデリカシーの違いを、耳を澄まして聴き分けられる人が、
どうしてこんなに少なくなってしまったんだろう。

自死遺族関連のイベントも講演会も「分かち合い」の会も、
何にも分かち合っちゃあいません。断言できます。
派閥があって、皆、その中で、自らの悲嘆を消費しているだけです。

今となっては、名古屋の昨年初春の講座でお会いした、
名古屋の会の方々の手ごたえは、
なかなか筋の通ったものだったし、ふところの深さを感じさせられたこと、
それは、とりわけ得難いことに思われます。

自死遺族の「分かち合い」の各会の弱点や盲点をこえて、
常にどこにでも、悲しみの上にすくっと立って、
凛前と輝いている存在があることは否定しません。
少なくとも、別々の所で、そういうお二人にお会いしたことだけは、
ここに明記しておきたいと思います。


LGBTは? ですって。そんなの、もういろいろ言いましたから、
つけ加える必要はほとんどないかもしれません。
18日、確かに会は持ちましたよ。なかなか密度も濃かったし、
集まった13人の方々にとっても、私にとっても、相方にとっても、
良い会だったに違いありません。
たとえようのない感謝を抱いた瞬間もあります。
でも、変わりません。私のこの界隈への絶望は、余りにも度し難い。

発達障害を持つ大人の会。
ここでだけ、私は芯から自由でした。
なぜだろう。私が私のままでいても、それがそのまま放たれていられる。
一週間とちょっとの滞在中、この会関連の場所に、
結局私は三回出向き、大切な電話を二回入れさせてもらいました。
その中で深まっていったものは、せめて信じて大切にしたい。
そう真摯に思えることから出発したい。

私の最も基盤になるアイデンティティは、
やはりここにあるのでしょう。

18日の会に来てくださった、のえにつながる方々。
本当にありがとう。
私はあなたたちの存在なくしては、この一週間をまっとうすることは、
おそらくできなかったでしょう。
この会に参加してくださった、Lの方々。
あなたたちは、数少ない、私達の番組半年後の証人となりました。
痛切で、命をこめた、凝縮したメッセージのどれだけが、
誰にどんなふうに届いたかはともかく、
そこにいてくださったことに私は感謝しています。

『生と死を思う辺境の森』構想に、私の簡潔明瞭な説明のあと、
代表をはじめとして、瞬く間に6人もの人たちが賛同してくださった、
発達障害を持つ大人の会、の方々、
その賛同の意思は、私の目を覚ますようで、
目からうろこのようで、
私の座標軸にこれからなるかのようです。

何時間も何時間も、今までほとんど誰にも話せなかった気持ちまで、
溢れるようにかわしあった、
お母さんを自死で亡くされた、ある方との出会いにも、頭をたれます。
この時期、彼女との出会いがなかったら、
私はあの18日を乗り切ることはできなかったでしょう。
彼女は、少なくとも「生と死」というものを見つめるまなざしにおいて、
一点の狂いもないことは、私には大きな救いでした。

一日、一日の思い出は、また、書くべき時に書きましょう。

またもや、つらい思い出のほうが多いような気もするけれど、
でも、変わらぬ底なしの絶望の中に、
一点、二点の光のように、
過不足ない出会いと共に、
小さな希望が何点か、輝き返してくれていることも忘れたくないからです。

それにしても、この世界は、生きている意味などあるのでしょうか。
生きている価値などあるのでしょうか。

意味や価値をこえたところで、
息することができている自分をしかと支えつつ、
支えられている自分をしかと許しつつ、
いつも、のえと共に、
自分の生が息づいていることを、
ひたすらかみしめつづける日々。

あと一週間で3年だなんて。
信じたくありません。
信じられません。

ああ、でもなあ、のえの友人やファンの何人かに、
とりわけ、あの大切なお一人と短時間でも会えて話せたこと、
今のこの時期、はかりしれないことだよなあ。

みんな、2年たてば2年後の顔をしていて、
時間を感じることもまた、嬉しいし、そして悲しい。

息子のカラ一家と過ごせた、
映画『人生ここにあり』との一幕もまた良かった。
元気がなくなっていたカラが、
なんとかまた、よく眠って、良い時間に戻っていったことも良かった。

孫のイオンから、
「敬老の日」のプレゼントなんかもらっちゃったなんて、
うーむ、やっぱり、そろそろ還暦って認めなくちゃ駄目だってことかなあ。

そうだ。ウォーキングの時は、あのタオルまいていかなきゃなあ。

まだまだ、生きていかなくちゃ。
まだまだ、書いていかなくちゃ。

どんなにこの世界が底が浅かろうと、
どんなにこの世界が生きている価値も意味もなさそうであろうと。

まだまだ、やることをやんなくちゃ。

その中で見出す意味と価値こそ見つめられるようにと。
信じられるようにと。

それにしても、
病気や障害を「晒す」ことを売り物にして、
アーティストだとのたまいながらも、
人間としての現実のやりとりの中では、
全くそういった表現の内実と違っている、
というか、ギャップがありすぎ、
というスタンスそのものが、
「意気地なし」なんだよなあ。
そんなものの嘘は、すぐ底がつくって判ってるのかなあ。

ガーベラの花、2本にこめた私とのえの精一杯の誠実が、
プリンセスさんから、そんなふうに返ってきたことは、
けっして悲しいことではない。
あわれむべきことではあるだろうけれど。
おお、とことんあわれむべきことであろうけれど。

ケイコ
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| のえと共に | 17:39 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

お・か・え・り・な・さ・い。歩いて、食べて、書いて、眠って、しゃべって、(繰り返す)。私はしのぶ会に向けてひとりキャラバン。展示物の準備、荷作り。ラストスパートです。

| けろたん | 2011/09/27 20:09 | URL |















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