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ブログのカテゴリー分けでひと悶着、そして変わった最近と

8月7日にブログをアップしたっきり、ストップしたまま。
何やら、壮大なテーマを書くような風格?を帯びてきたケイコのブログ。
ある人が言っていたっけ。
…ケイコさんのに至っては、小説読んでいるみたいだよ。
はたまた、
…ベロ亭のブログを読むと、むしょうに本を読みたくなるの。

なかなかの反響だって思ってもいいのかしらね。
本を読みたくなる現象は、私のブログの影響マチガイなしだからね。

ヒデコはヒデコで手抜きしないで、取り組んでる。
そう、隣の芝生も自分ちの芝生も青く見えるまでって。

実は、8月8日には、このブログのカテゴリー分けを巡って、
私ケイコとヒデコでひと悶着起こしながらも、大笑いの長い夜もあったんです。

だいたい、私のほうは、分類にきちんとこだわって、
ええと、これは、あのカテゴリーにも、このカテゴリーにも属す内容になりそうだけど、まあええわ、あれでもこれでもない、このカテゴリー分けを優先させよう、
なんて、カテゴリー遊びをしているぐらいなものなんだけど、
ヒデコに至っては、カテゴリーなんて、どうということなく忘れてるってことが、
8日の夜に判明したのであります。

最近のブログでも、ヒデコのやつは、カテゴリー分けがないのが多いこと、多いこと。
…ひでこちゃん。人はねえ。「虹色カミングアウト」だけ見たかったり、
「自閉圏のつらさと豊かさと」だけ興味があったり、
特に、のえの友人なんかだと、「のえと共に」が気になったり、
そういうのってあるんだから、無所属ってのは、
そういう検索をしたときに、あがってこなくなっちゃうんだよ。

あった。あった。「虹色カミングアウト」に入れなきゃいけない、
ある国の凄まじい同性愛者弾圧について書いたブログまで、あらあら無所属じゃないの。
…だめだよお。せっかく、こんなことまで視野を広げて活動しているってことが、
性的少数者の人たちに伝わらないってのは、やっぱり残念だからね。

面白いことに、「ベロ亭」と「ベロ亭から」から、受けるニュアンスが、
二人とも全く違うのにも驚く始末。

ヒデコは「から」がつくとお知らせのニュアンスだとか。
私は、すべてにおいて「ベロ亭から」しかありえない、って感じだったり。
でも、実はこの点は、まだ未整理。許されてね。


そのうち、ヒデコはさかのぼりだす。

実は、このブログ、のえの亡くなった2008年10月の翌年の2月、
それ以前使っていたブログの会社の、もとじめのどでかい
…この表現当っているかわからん。私にはこういうイメージしかない証拠…
コンピューターがぶっ壊れて、1カ月余り休止、のみならず、
それまでのブログが返ってくるかどうかすら危ぶまれる事態となったんだっけ。

もう、連絡しつづけたよね。こちとら、命がけで書いているブログなんだから
絶対もどしてくれなくては、訴訟ものだよって勢いでね。

帰ってきたのは、三か月分くらい、行替えが無効になった、
まるで文字だらけのブログ。
それから、写真が貼りついていたのに、写真が離れてしまって、
そこが空白になったブログ。
写真は写真でかたまりになって戻っては来たけれどね。

完全に戻ってこなかったのは、もとじめのコンピューターがぶっ壊れた、
まさにその日のヒデコのブログと、
なぜか、私が、のえの生と死を思う延長で引用した、
フランスの抵抗詩人のルネ・シャールの詩を幾つか紹介した、
のえが亡くなってから書いたものとしては、
三つか四つ目の貴重なブログ。

これはブログの会社のせいで、途中までで、突然ぶちぎれている。
ルネ・シャールの謎が、余計な謎を深めちまった感じだ。
でも、私としては残ってほしかった。
そんな貴重な日の、ある思索を巡る大切な一文なんだもの。


つまり、2008年夏以前のは、行替えは問題ないけれど、
当時ものすごく使っていた挿入写真が入っていないままの体裁のブログになったわけ。

それを、急にヒデコったらコツコツ、写真を入れだしたわけ。
10日程前の8日の夜にね。
だから、少しはさかのぼりがいがあるブログに戻っているのは、
ある程度は確かな事実なんだけどね。

そもそもが、私は最後にペルーのクスコ市で過ごした日のことを読みたくなって、
カテゴリーを「プエンテの会」にしても見つからなくて、
さかのぼってもまた見つからなくて、真っ青になってさがしまわって、
そうか無所属ブログだったんだってわかったのが始まりとなったこの作業。

そうそう、そのクスコ最後の夜のブログのタイトルは、
「極限の空しさのなかで」とか何とか。
10年の長きに渡って、彼らのためにと思ってしてきた「日本語学習支援」の活動が、
考えられないような、否、最も彼ららしい、凄まじい裏切りによって、
私に、ものすごくクールな、残酷なくらいクールな選択を余儀なくさせた、
その夜のあるひとときの記述なのだけれど。

それにしても、このブログも変わりましたわい。
もう、なーんも、隠すことないわいってな感じで最近は展開していますから、
ほとんど「全快」した私に「ケイコさんのことが非常に心配」なんて、
時期外れのお見舞い? の言葉も来たりもするんですからね。
そりゃあ、驚きますわ。

それもなにも、要するに、皆さま、ブログなんてものに、
本当のこととか、大切なことで丁寧に展開するべきこととかを、
書き記すなんてことはほとんどなさってないんですね。
だから、あることを掘り下げて書いただけで、
「ケイコさんのことが非常に心配」なんて、
非常にありがたくも失礼な、読み違いをされてしまう訳です。ははは。

これって、なかなか「研究」のしがいのあることでもありますよね。
ベロ亭日記の閲覧者の読解力テストとか、してみよっか。
そんなのいやって人と、面白いって人と、どのくらいの比率かなあ。
わははは。

よっしゃあ、私はとことんやりますでえ。
どう見えても、どう思われても、どうカン違いされても、
これって決めて、書きたいことは書きます。はい、それだけ。

ところで、ヒデコの再々度に渡る、カテゴリー再編で、
多少はこのブログのカテゴリー、信ぴょう性をあげたと思います。
かくいう私も、以前は、カテゴリーなんてあんまし考えないで、
ただ書かなきゃあ、書きたいって一心で書いていたりもあったんですよね。

まあ、二人の特性の違いを笑ってやってください。
あれれ、笑ってられるのは、私達二人だけかしらねえ。

それにしても、2007年とかのブログ、それなり掘り下げていても、
ここはあからさまに書けないみたいなところで抑えているから、
読んでいても、やたらもどかしいところが目につく私。
えっと、えーと、その心は…??? って具合に、さまようんです。思考が。感覚が。

もしかしたら、皆さまにとっては、
この程度の書き方のほうが事なきを得たりなんでしょうかねえ。

いいんです。
めきめきと書き方が変わっていったのは、やはり番組以後です。
虹色でカミングアウトした以降です。

この点を自ら打ち出しちまったら、他の事も何もこわくはない。
というか、隠していることそのものが、あるいは隠しているなんて意識はなくとも、
言わないでいることそのものが、ほんとばかばかしいのよね。
それ以外のありとあらゆるテーマですらもね。

よって、書きますでえ。
腹決めて、覚悟決めて、
あるいは無防備のままに、
このスリリングにして、この世の、この人々の作る社会の、
本質をずばりと突く、このブログをこれからも、どうかどうか、お楽しみにってことで。

今日は、ブログについての、ははは、ブログでした。

ケイコ

(実はこれは8月19日に書きました。)
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