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自死遺族として、薬剤の副作用を見きわめる、余りに大きな必要性

「番組を見て、ほっとしたわ。ケイコさんが元気になって…。」
こう言われたことが、何回かあった。
おそらく、私が「薬剤パーキンソン」で、去年6月から、
とんでもない衰弱やら何やらに見舞われたことを、
とにもかくにも伝え聞いていた人たちのうちの何人かから。

おおい、違うだろう。番組はね。去年の5月までのものが99パーセントを占めている映像なんだよ。
それこそ、5月8日、ディレクターが昨年、ベロ亭を訪ねた去年では最後の日となった、
その時の映像までで。
例外は、私のクラスの映像とカラのインタビュー。
これは、もろもろの事情で今年になってから撮った。

それとは、反対に、私が薬剤パーキンソンで、
衰弱やら歩行困難やら、睡眠障害やらに苦しんでいたまさにその時、
助けに通ってきてくれた人たちの、多くはないが何人かが、
番組の感想やら、何もかもがノータッチという事にもなっていて、
不思議な感慨を抱いてもいる。
あんなに、親身になって遠方から通ってきてくれて、具体的に力になってくれた、
それも同じ性的少数者でもある人から、一切、連絡がなくなってしまった事実。

あんなに世話になったのに、ちゃんとに感謝を表明しきれていないからかなあ。
それとも、あんなに大変だったはずの私たち二人が、あんなふうに映像になったことに、
全くついてこれない、とか、そういうことなのかなあ。
本当のところは、本人に率直なところを訊かなければ判らないけれど。

あるいは。一昨日の日曜日、東京で行われた、ペルー関連の濃厚な内容のイベントに、
かつて『プエンテの会』を応援してくれた人たちを誘うために、何本も電話をかけた折のこと。

去年の秋、ベロ亭を訪ねてきてくれた、サナエと、サナエの友人たちともコンタクトのある、
鍼灸の心得もある、初老の男性は、私の久々の電話に反応して言う。
「精神的に調子が悪かったって聞いていますが、もういいんですか。」

ありゃりゃっと思う。

「そうか、そう聞いているのかもしれませんけど、
あれはね。薬害だったんですよ。
重とくな薬害である『薬剤パーキンソン』に見舞われた、
そういうことなんですよ。
それで、去年の九月十月は、睡眠障害とでもいうべきものが、
ひどくなって、かなり不安定になったことがあるんです。
そりゃあ、十分眠れなければ、人間、具合が悪くなるのは当然です。
でもね。それは、もともとは抗ウツ剤を増量されて、
ぴったり2カ月半後に発現した、副作用。
そしてそれによる二次被害、つまり、
その薬剤の中断によって生じた睡眠障害という点で、
まさに薬害だったんです。」

その男性は、鍼灸のプロだから、当然ながら、眠りに効くツボとか、
あれこれと教えてくれようとして話が続く。
どれも、もうよく知っているツボだから、
そして泣きたくなるほど、数限りなく、お灸をしたり、温灸をしたりしたツボだから、
もう聞きたくないくらいなのだけれど、黙って私は聞き続けついでに、
私の知っている別のツボも加えて言う。
あれれ、そのツボは知らなかったみたいだな。
私のほうが詳しくなっちゃったのかな。

これらのことが、語る真実とは。

これらのことが、何を語っているのか、とよくよく考えてみると。

誰もが、私が実の娘を亡くした事実のおもみと、
薬剤によって起きる副作用や、
副作用によって起きる薬剤の中断によって起きる
副作用の二次被害とでも言うべきものとを、
明らかに混同している、という事実が浮かび上がってくる。

無理もないよね。誰もが、私を身近に見ていた訳ではないんだし。

否、身近に、最も身近に診ていた女性鍼灸師の先生ですら、
あの魔の九月十月に関しては、どこか冷静な判断を欠いていて、
否、こういう言い方が不適切だとしたら、
私のダメージの大きさがあんまりだったことに、
そして、その治療ができたらもう二度と繰り返したくはない、
と思わせるほどのものになってしまっているから、
どこか記憶の軸が「狂う」んだよね。
まなざしの冷静さ、とでもいうべきものが、混線し、揺るぎ、ぐらつく。

そんなの、誰だって当たり前だ。
私はあの時、自閉症スペクトラム圏の人間の持つ、本来の特性が、
悪い意味でむきだしになっていたから、感覚過敏が大きかった。
聴覚も気温にも、とても敏感だった。

その範囲では、まあ、「不安障害」から来る、
受け入れがたいものに対する「パニック」も起きたし、
爆発させる力ももう亡くしていたから、
体ごと力が抜けるような事態になる、という、
まあそんな具合だった。
ただ、不安は不安を呼び、ちょっと強迫的になっていた側面は、今は否定しない。

あったりまえだろう。

頼っていたはずの薬剤が、私の体を歩けなくしたり、眠れなくしたり、とことん衰弱させたり、
その上で、頼るべきパートナーが大切な仕事で、手を離せなくなったり、
そういう事態に対して、不安が不安を呼ぶことになるなんて、あったりまえだろう。

こんな田舎に住んでいて、自分で車を運転することすら、
できなくなっていたんだから。


私はあの時、そう「バイバイのえルーム週間」の三月最後の週以来、
レスリンを増やされなかったら、どんな日々を送っていたか、もはや考えられもしない。
仮定は仮定でしかないからだ。
でも、少なくとも、薬剤パーキンソンは発症しなかったのだけは確かだ。
あんなに、耐えられない眠気を催す増量は、
絶対に受け入れてはならなかったのだと、今ははっきり判る増量ではあるのだが。

皆が皆、混同している。
私が娘を失った失意と、薬害で起きたことを。

あの時、増量されなければ、私は、「のえルーム」で得た活力をもとに、
戻ってきた、のえの荷物に、どこかで心痛ませながらも、
淡々と、のえについての原稿を書き、
その原稿は本とCDになって、とおに出版されていたのだろうか。

私は、のえが亡くなって、1年とちょっとの月日で、出版社と話をつけ、
のえのCDブックを出す話になっていたということを、
今、どんなふうに、これを読んでいる人は、考えているのだろうか。

なあんだ。ケイコさんの頭の中だけの話だと思っていた。そう思うのだろうか。


ひるがえって。

自死が身近な肉親に、あるいは、大切な親友に及ぼす、はかりしれないダメージは、
いつわりない事実として厳然としてあるのも事実だ。

あの、のえの急逝に、あの時、私がレスリンに頼っていなかったとしたら、
果たして乗り切れたかどうかは、本当のところは誰にも判らない。
ただ、あの時、レスリンで、どんな時でも、
確かな深く長い睡眠を確保できていたのだけは事実だ。
薬を持っていきそこねた、あの10月5日以外は。

ある自死遺族の会の事務局を担当しているという、
若い人の体験談として読んだことがある事実。

彼女は、実の母の自死によって、2年間、
床に伏せったまま立ち上がれなくなってしまったというのである。

もうひとつ。あれはテレビの放送だったなあ。

大切な、大切な、親友を自死で亡くした友である、その女性は、
以来、原因不明の体の痛みに悩まされるようになったという。
どこの神経も、飛び上がるほど痛むといった、絶え間ない症状に。

それらは、私にとって、人間に起こりうることとして、
十分に想像しうることでもあった。

そう、私の親愛なる行きつけの女性鍼灸師の先生は、言ったものだった。

「本当は、ケイコさんの体に何が起きていたのか、
私には想像を超えるものがあるのは確かです。
大切な肉親を亡くす、ということは、
人間が生まれながらに持っている『先天の気』というものを、
かなりの大きさで損なうという体験だからです。
その上で、薬害に見舞われた、ということは、
そのダメージが想像もつかないものとなる可能性は否定できないと思います。」

床から起き上がれなくなった女性も、
体中の神経的な痛みから逃れられなくなった女性も、
きっとそんなふうに『先天の気』を、
底なしに奪われるような体験をしてしまったと言えるのだろう。

だけど。だけどね。
ここのところは、踏み外してほしくはないのだ。

だから、だからこそ。

そういった、底なしの壮絶な体験をしてしまった人ほど、
薬害に見舞われやすくなっている、という事実を、
けっして忘れてはいけないということ。

そのことが、夜の闇の中に浮かび上がる、絶対的な真実のように、
燦然と浮かび上がってくるのを、私は絶対見逃してほしくないと、
とことん思うのだ。

医者も医療者も、看護師も、精神保健福祉士も、社会福祉士も、
カウンセラーもセラピストも、薬剤師も薬品会社の関係者も。

ましてや、その当人が、自閉症スペクトラム圏に属しているなら。
言いかえれば、発達障害に近い特性を持つ人なら、
その薬剤過敏性は、いやおうなく高まるのは目に見えている。

そう、現在日本中で問題になっている放射能への過敏性が、
一人一人違うのと同じように。
小さな子どもほど、過敏であるように、
小さな子どものような魂を持つ、自閉圏の人間は、とりわけ過敏な存在であるってことを。

このあいだの、日曜日。
信頼する、リベラルな異性愛者のカップルが、ベロ亭を訪ねてきて、しばしの時間を共にした。

女性のほうは、お腹が大きくて、そう妊娠八カ月で、私もヒデコも、
自身の、はるか昔の、妊娠体験やら、出産体験やらを話すことになった。
私は、当然ながら、18歳の時の、のえを出産した体験も、
26歳の時の、カラを出産した時の体験も、
まるで何事もなかったかのように、
しかし、どこか深いところでは「大盤ぶるまい」するような気持ちで、
話に話していた。

「生まれる」とか「産む」という話題に関しては、表向き、何事も支障はなかった。

ただ。
ただ、のえの音楽を聞いてもらおうとしたり、
のえが亡くなってからの、
微妙な、元子どもたちへの思いの変化に多少関わる話になったとき、
相手が一切コメントしないことに、やがて私は気づいていた。

日本人のリベラルさなんて、この程度なのか。えっ?
生きて、生きて、生き切って逝った者に対する、
哀悼の意なり、ささやかな、ほんのささやかな、
いつくしみの気持ちでも伝わってきたなら、
それはどんな小さなものでも、
私自身の、ヒデコの、はかりしれない慰めと癒しになるというのに。


なぜ、日本人は、死に対して、思考停止になるのか。
なぜ、日本人は、自死に対して、思考停止になるだけではなく、
まるで聞こえなかったことであるかのように、沈黙を守るのか。

少なくとも信頼を寄せ、友情を育みかけていた、その人との距離が、
急に大きく開いた感は否めなかった。
一言で言えば、その事実は、一挙に私を「白け」させたのである。

そう、彼女は、お腹の中の子どもの事で頭も心もいっぱい。
それで、おそらくいいのだろう。
ほとんどの人は、それで、おそらくいいのだろう。

その人の人生に、そう、何事も起こらなければ。


一方で。
自身も、ODの経験がある、アナーキーな思想を持ち、
今は薬物依存回復施設に関わる、ある人からの手紙には、
ごくごく自然と、あの番組を見た上での、のえへの思いが記されていた。

そして、のえのCDの棚に並んでいた、
シド・パレットのアルバムに、精一杯思いを寄せる文面が続いた。

なんなのだろう。
レアな生と死が、見えなくなっている日本。
本当は、次々とODで、薬物依存で、人々が救急搬送され続けている日本。

その一方で、特に心療内科で出される薬剤による薬渦は、
限りなく広がり続けている。

そこをちゃあんとに見据えて、解決していけば、
ODで亡くなる人だって、もっともっと減るはずさ。
命取りになるだけの、無駄な大量処方だってできなくなるはずさ。
私みたいに、人知れず、薬害に悩まされながら、
こころを尽くしてくれるパートーや信頼する鍼灸師すらおらず、
ついに死を選ぶしかないかもしれない人だって、きっと救われるはずさ。

そして。
そして、漢方や、鍼灸治療がどおんと見直され、
私たちの本来持てる動物としての力、エネルギーも、
きっと、もっともっと甦っていくはずなのにね。

バイバイ思考停止。
バイバイ薬害。

そして、できることなら、少しずつでも、
自死する人がいなくなることを祈りつつ、
今日の二つ目のブログをそろそろ終えようか。

聞こえている? 私が何を言いたいか。
えっ?!

ケイコ
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