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東京でのイベント『被災とセクシュアルマイノリティ』に、やむにやまれず送ったメッセージ

またまた、カテゴリーを選ぶのに困った。
ここに今挙げるテーマは、「虹色カミングアウト」にも属するからだ。
だが、あえて、「原発を許した国で」とした。

それは、読む人の幅が広くなることも、多少なりとも意識したからだ。

以下は、3月11日の東日本大震災から、2ヶ月近い5月5日に、東京で開かれた、主催レインボーアクションによる、『被災とセクシュアルマイノリティ……現地の状況をイマジン。真に必要な支援のあり方とは?』に送られ、その会場では読まれることなく終わった私のメッセージでもある。

ある被災地の友人が、これをそのイベントの事後のブログで見つけ、こんなに大切な内容がこんなところにしか生かされていない、というのは残念極まりないよね。
そう言ってくれたことで、このブログに掲載をしようと思っていた。
それからも随分と時間がたってしまった。

そのイベントでは、被災地の当事者たちの発言が過不足なくなされることが優先されるべきことと、なんの疑いもなく思っていたから、私のこのコメントが会場で紹介されることなく終わったことに、なんの抵抗感もなかった。

朝五時まで、前日というか、当日、力を尽くして書いた内容だから、ホンの少し残念な感じはもちろんあったけれど。でも、今もそのイベントのブログに掲載されていることでよしとすることができた。それは、そんなふうに公開されたままでいい、そう思える内容であったからだ。

なお、このコメントの中で、飛んで行って参加したい思い、とは、東京在住者、特に東京生まれ東京育ちの人に見られる、都会、特に東京以外の地方への想像力が余りにもないことを、痛感しつづけてきたという、私達の20年とも30年とも言える、果てしない経験と、時には絶望にとらわれそうにもなる知見があったからである。



以下、その全文。


かけがえがない地域性を生かした支援を!!


 福井から飛んでいって、参加したいところですが、体調その他の事情でどうしても行かれず、コメントを送らせていただきます。2月末に放映された『ハートをつなごう・ゲイ・レズビアン特別編』に出演したベロ亭の二人のうちのケイコです。
 関東から福井に移り住んで、三十数年余り、都会と地方のおそろしいほどの違い、ギャップを身にしみて味わって、時には深く傷つきながらもどうにか生き延びてきました。だからこそ、今回の東北での震災の被災地での、LGBTの皆さんがおかれている状況はけっして人事とは思えません。
 私達の住むベロ亭は、敦賀原発一号機から17キロ、高速増殖炉もんじゅからは20キロという現実もあります。しかも、それらは活断層の上です。だからこそ、福島原発のことも、福井県の人々には、けっして人事でない にもかかわらず、議論はむしろ深まらず、余計沈黙が支配しているような状況があると思われます。もちろん、一部の心ある人たちで、ささやかに原発の是非を問う集会も開かれていますが。
 さて、私達の息子、あの番組にも出ていた息子ですが、彼は、阪神大震災の時、定時制高校に通いながら神戸にひとりで住んでいて、六甲で被災。以来数年間、ボランティアのテント村暮らしをしました。
 私達二人が、福井から神戸の避難所に知人などを訪ねて支援に行ったとき、はたしてこういった避難所生活を、私達が住む福井県でセクシュアルマイノリティとして日々送れるものか、きわめて具体的に想像して、一体どうしたものかと思ったものでした。まわりは、皆三世代同居の地縁血縁を生きる大家族ばかりの中で、女二人の私達はどうするのだろうと。
 被災地東北では、セクマイ当事者は、よりいっそう透明人間として生きるべく、自らのアイデンティティをひたかくし、忘れようとしなければ生きられない、そんな現実に、平常でも大変なのに、ますますそう強いられていることと察しています。
 被災地の、あるセクマイの人とのやりとりで、もうセクマイであることを捨てようと言うので、表向きはそうしても、しっかり胸の内にしまっておいてね、と励ましたことがあります。現地に行った友人から、体力で支援できない人でも、話を聞いてさしあげるだけでも、随分力になるよ、と言われて、私は娘を亡くした経験から、よっぽど足を運ぼうかと何度思ったかしれません。
 ただ、まだ体調優先で、動きが取れないことが残念でなりません。とにかく、今最低限言えることは、少なくとも地方と都会の両方をよく知っているので、私達がその「通訳」になら、なれるのではないかということです。
 それぞれの地方にはその地方独特の地域性、かけがえのなさ、生きがたさ、がある。それらを尊重しながら、震災支援がなされることを願っています。
 被災地でグループを立ち上げて行動を起こしている方々に心からの敬意を表したいと思います。
 なぜなら、私達がかつて巡った「ベロ亭やきものキャラバン」の折にも、北陸以上の閉鎖性と共に、かけがえのない謙虚さを感じた覚えがあるからです。皆さんの一日一日の、心の底からの回復と再生をひたすら、同じ日本の空の下で祈っています。

2011/05/05(木) 04:48 | URL | 『ハートをつなごう』のベロ亭のケイコです

以上。
書き終わったら、5時だった記憶は、上記の時間の記述と一致するなあ。本当に、地方と都会のギャップには、私達は何か伝えていかなければならない、そういう思いにひたすらかられます。それこそが、私達の福井での、あと数年で40年近くなる、経験と重なっていくからです。

ということで、今日はこの辺で。

私が体調で、駆けつけられない思いを語っていると、相方が友人の被災者に伝えたとき、「そのお気持ちだけで精一杯うれしい」と言ってくれたことが、ありがたく、忘れられません。

ケイコ
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| 原発を許した国で | 19:18 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

都会と地方の断絶、断層の果てに、原発の問題もあるのですよね。国策で振り回され、切り捨てられるマチ・・・破綻したマチも断層の象徴です。「ふるさと」の唄が今よく歌われているようですが、あれも都市に居て置いてきた故郷を想う歌なんですね。これから、少しは故意に置き去りにされている事に光が当てられるのでしょうか・・・意識的に変えないと変化しないでしょうね。

| けろたん | 2011/06/16 12:04 | URL |

オー、待ってましたぜ、ナミヘイさん。そっちはセクマイ漬は、名産品ですかい?宅急便で送って欲しい。
地震で味が濃くなったやつをねぇ。
アレは何日だったんだろう。ナミヘイさんの
「セクマイ忘れて生きてくしかないかも」を見て泣いた。
私のできることだよ^^。って。
ネットで暖めあう友情ってあるんだね。
こっちもたくさん笑いをもらえてるからね。
書き込みありがとう。

| ヒデコ | 2011/06/16 01:25 | URL |

実は「ハートをつなごう」を見て感じた事をお二人に伝えていない。
「母」も「大切な人を亡くす」事も経験していない自分が、どんな言葉を選んだところで薄っぺらでウソくさくて・・・。
ウジウジ考えている間にあの大震災が起きてしまった。
ただ漠然と、人生終わったな。と思い込んで「セクマイ忘れて生きてくしかないかも」とtwitterでつぶやくと、その日からヒデコさんが励ましてくれるようになった。
今では忘れるどころか、どっぷりとセクマイに浸かっている気がする。
番組の感想はまだ言葉として出てこない。
お二人から宿題を渡された気分。
「考えなさい」って。
あの番組は始まりであって、ケイコさんヒデコさんは、ハートをつなごうと動き続けている。
自分に何が出来るのか・・・1年前には「セクマイ」って言葉も知らなかった自分が・・・。
ネットを通じて、ケイコさんヒデコさんとつながれた事、とっても嬉しくて感謝しています。

| namihei | 2011/06/15 17:31 | URL |

ケイコがこのブログを書いたから、「被災とセクシュアルマイノリティー」の報告のユウチューブを見ることにした。見たくない顔もあったので、気になっていたが、避けていた。でも、ブログにここまで行きたかったと書いて見ないわけに行かないと思うのはまじめなヒデコだけ。ふふ。やはり、震災直後のセクマイ支援は、見えない存在として、仮名の存在としてあるからしにくい。特にHIVの避難魔所での居方や、断薬の方法など知らせなければならないことがある、のを知った。やらないよりやる意味は感じたけど。

| ヒデコ | 2011/06/14 23:44 | URL |















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