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6月12日のあるLGBT交流会に託した福井と高知の四人の思いを記したメッセージ

12日の午前11時に書き上げ、このイベント交流会に参加してくれる、
先日の越前陶芸祭にかけつけてくれたある女性に、
ヒデコに私が書き上げたものをチェックしてもらってすぐ、メール送信する。

このメッセージは、その二日前に話しに話した、
高知在住のカップルの思いもあらかじめ聞き、
共感を得て、メッセージに含ませたい内容もメールで送ってもらい、
それにヒデコの思いも合せて、
私ケイコが責任をもって四人の思いを合わせたものとして書き上げた。

実は、そんな様々な複雑なやりとり、
人間関係の蓄積の嬉しいけれどやっぱり疲れてしまうプロセスのはてに、
昨晩、私は疲れ果て、もうメッセージなど書けない、というところまで、
心身ともに追いつめられてしまった。
どうして、こんなにまでしなければならないのか。

響かない鐘を鳴らしているような、そんな思いがふくれあがる。

高知では打てば響くように共感してくれる若い仲間。
東京では、会に参加して、私のメッセージを読み上げてくれるという役を、
快諾、かなり筋をきちんと通しながら、
道を付けてくれているもっと若い仲間も待っているというのに。

しかしながら、昨夜は限界だった。
なぜか、急に涙が止まらなくなった。
なぜ、私達の立っているところを知らせるのに、
こんなにもエネルギーを使わなければならないのか、
そう思うといたたまれないような思いがつのってきた。

倒れるこむように寝た。
多分、朝書ける。朝書くしかない。
こういうときとは、そう、土壇場になって蘇る私を信じよう。

そうして、書き上げた、
このイベント交流会へのメッセージが以下のものである。





このメッセージは連名です。
福井と高知の四人の考えを聞き、まとめたのがベロ亭の私ケイコ。
後の三人は、私の相方のヒデコ。高知の二人はまるさん、と、Rさん。
ちなみに、二カップルとも、レズビアンカップルです。


人生に傲然(ごうぜん)と立ち向かえる、人間としての力をこそ

 このイベトントの、やっくんの告知を突然見たとき、正直言って奇妙な感慨を覚えました。私達に何も知らされぬまま、私達の「ハートをつなごう」とあのハリウッド映画「キッズ・オールライト」がLGBTの生き方の選択肢が広がったモデルとして、並べられていたので。「キッズオールライト」はアメリカ社会でのこのテーマの映画の成功をめざすために計算された幾つかの妥協をしながら、制作された作品。
 一方、私達は、覚悟と決意のもと、あの番組作りに2年半、カメラが回り出してからは一年半の歳月を費やして、考えられないほどの試行錯誤をへて、悩みつつも、とうとうあの宝物のような番組に行き着きました。少しでも、私達が生きてきた道を一人でも多くのLGBTのみならず、いろいろな人に知って貰うことで、それも子育てやら、仕事やら、キャラバンやら、かけがえがない一人の娘の死を巡る周辺さえ心に決めて描くなど、生々しい生き方を余すことなく伝えることで起きるかもれない、思いがけない新しいつながりができることに、わずかでも、願わくば大いなる希望を託せるものならばという思いでした。
 だから、なんでこのイベントをせめて事前に伝えてくれなかったのは、どうしてえ? と知らない仲ではないオノさんたちに率直に伝えさせてもらうイキサツとなりました。

 さて、早稲田大学というところは、私にとって無縁でなかったことを数日前に思い出しました。何回かは校門をくぐって授業を受けたところ。なんと一度は入学したことがあるんです。でも、ほんの僅かな時期。それ以降、私の生き方は一変。全く別の生き方を選ぶことが、現在の私の人生も含めて、あれから40年の長い長い延長線上にあるといってもいいと思います

 私達はどんなアクションも、イベントも、一人一人の思いから出発するものと考えています。それというのも、私達が抱えている問題は、もっともっと心の奥深くに耳を傾けて真摯に人と繋がること、理解しあうことで解決していくのではないか、という当然ながらの実感が、長い体験を通しても思われるからです。

 そして、どんなテーマのイベントであれ、どこかがいつも絶対的な中心ということではない、そう思います。それは、福井にも35年余り、レズビアンマザーとして生きてきた女二人、…私達のことですが、…が田園風景の広がる山里で今も生活していること。あるいは、高知の田舎で、レズビアンのカップルが、ゲイの友人の協力を得て、子作りに挑戦しようとしている現実もあること。そんな事々が、今日のテーマと分かち合えるものであるからです。言い換えれば、東京も一地方、各地方が、少しずつでも人間関係やイベントなどを通してテーマを共有して丁寧につながっていくきっかけが生まれるなら、とても素晴らしいことです。

 当たり前でない子どもを含めた家族作り、に取り組むという高知のレズビアンのまるさんは、香川でワークショップを開いたとき、「当たり前でないことへの非難」ではなく、仲間から「ポジティブで支持的な雰囲気がもらえたことが嬉しかった」と感想をもらったとき、子どもが生まれること、新しく家族ができていくことを、まずは無条件に祝いたいなと思ったと言っています。そんな取り組みは、まさに人と人の生きたつながりの中でこそ発揮されるのだとも。

 その折、私達がこのイベントに送ったLGBTにとっての子育て訓??みたいなのがあるのですが、今でも少しは有効かなというものを挙げてみますね。
★ 子どもは育てなければならないが、勝手に育ちもすることを絶対に信じて。
★ 育てることで、親の価値観がたとえ通じないと思っても案外通じてしまうものなのだ。
★ 子どもは重大な病気や障害も、もって生まれたり、あとからなったりすることもある。
そして、親の人生も人生観も大きく変わる。それは大いなる冒険ともなりうる。
さて、ここまでは、LGBTでなくとも通用する辺り。
以下は、特にLGBTにおいて必要なことと思われる辺りを。
★ 血のつながりにこだわらない意志を持つと同時に、血のつながりをあるがままに認める気持ちも大切にすること。
★ どんな子産みの方法を選ぼうとも、子どもが自らの遺伝子にもとづくルーツを知る権利を奪わないこと。

 以下に、少し説明を加えますね。
 私達はステップファミリー、すなわち「連れ子再婚」的な意識をもったことはほとんどありませんでした。形態はそうとも言えるかもしれないし、そのことにひとまずこだわることがある人があっても否定はしませんが、私達の時代は、女たちの共同保育とかコンミューンとかが、誰が誰の子どもなんていうことを超えて、思想として息づいていた時代で、おのずと私達二人がそんな意識を共有していたのは確かです。実はこれは、最近気づいたんです。余りにもそれが私たちにとって当たり前だったのに、最近はどうも皆さん、もっと違うところで悩んでいるみたいで、つらい感じがしていた中でのことです。
 それは、カップル観、親子観にも反映します。すなわち、カップルがお互いを所有したがること、親が子どもを所有したがり、子どもが親に所有されたがる。これも私達の理解を超えることです。
 まるで、理想論を言っているように映るかもしれませが、こんな私達も何千回何万回と口論やら議論、議論なんてそんな格好いいものでもなし、とにかく、けんか、けんかを重ねては話しつくし、話しつくししてここまで来たのです。私達の番組を見たある異性愛者のカップルの男性のほうが、「女の人同士っていいなあ。あんなに話し合えるのって」と言ったのが印象的で新鮮でした。でも、あの番組なんか序の口ですから。私ケイコなんて切れ目なくとことん話すものですから、番組では余り取りあげられてないくらいです。(涙)

 なんだか、子どもを持つことをめざすLGBT向けメッセージつづきですが、ここいらでカミングアウトの問題。
私達は、人間として耕し成長していく中で、たとえどんなに小さな蓄積であれ、その人生のあつみの構築こそが、カミングアウトの問題を必要以上に肥大化させないのではないかと考えています。カミングアウト、カミングアウトと思う余り、そのことそのものが、言葉の壁となって、ぐるぐるまわりに本人を苦しめることになっている感があるからです。子から親であろうと、親から子であろうと、互いの丁寧な人間性のすりあわせこそが、カミングアウトそのものを難なくすりぬけ、クリアさせてしまうように思うのですが。
 実は、私達の番組を使って、カミングアウトに成功した例を幾つか聞いています。当事者の私達が皆さんの親御さん、おばあちゃん? の年齢だったりする番組だからでしょうか。それに、単に年齢だけではない説得力? その両方なのかなあ。相方のヒデコは、カミングアウト応援業でもしようかなあ、なんて最近言っているくらいです。

 ところで、単にカミングアウトと言っても、こと子どもという存在へのカミングアウトは、親や祖父母、兄弟へのカミングアウトとは、全く異質な内実を抱えていると体験的に思っています。私達の子ども五人はほとんど、どうということなく、それを受け入れました。ただ、名づけがあっただけと言っていいでしょう。そのネーミングには、やや困った感じがある子もいましたが、私達の関係の内実を見て育った五人は、瞬く間にクリアしてしまった感じです。
 ただ、「LGBTの子ども」という当事者性を共有できる場が今の日本にあるのか、というと別問題です。これからは、そういうことにも徐々に取り組む必要が生じてくるはずです。
その時には、おおいに私達の体験を生かすことができたらと願っています。
 数年前、どんな家族でもオーケーといった感じで立ち上げた「家族の会」と称する、結局親御さんたちの集まりだった会に行った息子の印象は、
「あの人たちは、長くて数年、短いとここ数ヶ月くらいの間にカミングアウトされて戸惑っている人たち。僕は、生まれたときからネーミングがあるかないか以前に、そのことが当たり前の人生を30年近くやってきた。全く違うんだよネエ!! スタンスが。」
とのことでした。
 もちろん、レズビアンなのに表向きはシングルマザーの状態で一定程度の年齢になっても子どもにカミングアウトできない人などいろいろあるでしょう。そんな時にも、カミングアウトされた子に特化した試みをする場なりグループなり個人が各地にあれば、と思います。私達の子どもたちの場合は緊急課題なのですが、皆さんはおそらくまだ先の課題。
 私としては、あの番組であれだけ全国のLGBTの人たちをリップサービスまでして励ましたあの息子。彼の大きく深い葛藤の長いプロセスそのものがあそこまで語らせた、そのことに思いをはせられる人が一体いま日本に何人いるのでしょうか。
 その息子が、いまだこのテーマにおいて深い「孤独」を抱えているのは、実のところ、私にとっていたたまれないほど切ないことであることだけは、お伝えしておきたい。たとえ同じ立場の人でなくとも、彼の立場やら思いに精一杯思いをはせて、彼に会いたい、彼と話してみたいという人が現れたなら、彼はどんなに報われることでしょう。ちなみに、息子のカラは、K市在住です。

 さて、最後に地方のこと。何回か、東京在住のLGBTのアクティビストが、「地方の問題をひろっていかなければいけないと思ってるよ」と好意的に言ってくれたことがあります。
 「ひろっていく」。ぎょっとしましたよ。私達も、こうやって東京地方のイベントを「ひろって」、そして今メッセージを送っています。全ての地方の町が村が、被災地が、そして首都圏の各地すらも、どこもがそこにおいては中心であることを、私達LGBT、また弱者や少数者は忘れてはならないと思います。「地方をひろう」ものとして見る、上から目線では、私達はつながれなくなるだけではなく、むしろ別の孤立と、気づかぬうちに新しい差別すら生み出してしまうからです。

 早稲田の学生さんの中には、すぐか、そのうちかはともかく、地方の地元に帰ることが、本人の希望いかんを問わず問題としてある方が必ずいることと思います。
でも、忘れないでください。
 地方にも、ちょっと変わった家族やカップルをオールライトとする、動きが少しずつでも始まっていて、具体的に様々な試みがなされていることを。そこには確かに希望が息づき出していることを。
それらは、私達が生きたつながりを大切にする中でこそ可能になることです。そして、LGBTの仲間と共にあることを大切にしながらも、そこに群れるだけではなく、どこにいても、時には孤立すら恐れることなく、人生に傲然(ごうぜん)と立ち向かえる、人間としての力をこそ、つちかってほしいと願っています。異性愛社会の中でさえ、おのずと自分が自分でいられるようになることこそ、本当の多様性を生きることでないか、と、長い間、カミングアウトできず、既成事実の積み上げて、自分達のことを通してきた私達は、私達のけっして手放せなかった輝きを、今いっそう大きく、番組を通してカミングアウトした広がりの中で、この年になっても育んでいける幸せと希望をかみしめているのです。
 長くなりました。たくさんのゲストのいらっしゃる会で、私達の志しを汲み取って、お時間を取らせてくださったことに感謝します。また、私達のメッセンジャーとなったマナツさんにも、心からありがとう。
このイベントが、より多様なつながりのための一歩になることを祈っています。

         福井県在住 ベロ亭 ケイコ     2011年6月12日午前11時

追伸 私達の番組をご覧になっていない方は、どうかご一報ください。
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