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詩「今度は神様を許すことになるとしても」ケイコ

今日のこの日記のカテゴリーは、「のえと共に」とした。
本当は、「自閉圏のつらさと豊かさと」と「副作用ラプソディ」が入り混じった、
そんな内容になるような予感。もしかしたら、また詩の誕生となりそうでもある。
最初に浮かんできた言葉は、「許せるとき、許せないとき」という言葉だつたのだけれど。

さて、この数行は、カテゴリー欄がひとつしか選べないから、
どちらかと言うと、新聞だったらリード、
詩かエッセイだったら、プロローグ的な感じで読み流してほしい。以下、本文。




「今度は神様を許すことになるとしても」       米谷恵子


ここ数日、言い知れぬ悲しみにとらえられていることがある。
悲しみと言ってしまっていいのかすら、本当は判らない。
一方で、着々とやるべきことをしているかのような感のある日々であるにもかかわらず。

私が大切にしたいものは何なのだ。
一体何なのだ。と再び、みたび、わが胸に訊いてもいる。
ファミレスの窓辺で、鍼灸院の待合室で、
早朝のふとした目覚めに。

人と出会う。温まる。分かり合う。嬉しい。

人とすれ違う。冷える。身も心も。分かり合えない。さびしい。

時には怒る。憤る。

世の中、こんなうすっぺらだったのか。
人の心は、こんなに表層をなめるようにだけ、するりと行きかうだけなのか。

様々なことごとの事象の実質的な相とは別に、
私の魂を食い入るように、食い破るように、おそろしい問いかけがやってくる。

この世はいまや生きるに値するようなものなのか。

この社会は、いまや変わるに耐えうるものなのか。

今日の朝日新聞の記事に、「許して前を向く日本人」という記事。
漫画家いがらしみきお氏の副題
「大震災で見た「神様のない宗教」」というエッセイ

ここのところ、私の思考がさまよっていた、そんな辺りと、
妙にかみあうような、きわどくかみあわないようなそんな筆致

私がこのブログの中でも、神様、いるとしたら許して、とか、
神様、いるとしたらどうして、といった記述に、
ヒデコは違和感こそ覚えはしないけれど、
自分はそうは書かないだろうと言う。

そういう意味では、私も「神様のない宗教」におすがりして、
というより、津波や地震で親や子を殺された人々が、
それでも前向きにやさしく生きて行こうとしている、
そんなふうなおびただしい人々とも、どこかで連なっているのだろうか。

最近は、よく笑いもする。
ヒデコのツイッターねたが多い。
特に被災地のある人との、他愛なくもかけがえがない、
その人としかありえない、笑えるやりとりを、
私もおすそわけしてもらうように大声で笑ってもいる。

私にも震災はあった。と言っても許してくれるのだろうか。
許してくれようとなかろうと、
それは私にとって震災に匹敵する出来事であった。

娘の突然の自死
部屋には248錠の処方薬の抜け殻が残されていた。
それに、500CCの缶ビール2本。

今も、たった今も、
精神科の処方薬で、
十人に一人が救急搬送されているという
処方薬大量摂取すなわちオーバードォーズで
忽然と娘はこの世の人でなくなった。

忘れない。
自死がへなければならない道筋ゆえに、
私がとおに冷たくなったのえと対面したのは、
吹きっさらしの警察署のコンクリートの床の上の台に横たえられたのえ。
遺体としてではなく、死体として検視を待つため、
グレーのレザーのような袋の中に入れられたその姿を
私はけっして忘れない。
忘れることはない。

自死遺族なら誰もが経験している、
そんなひとつの例に過ぎない、その程度の震災。
私が一筋の涙すら流したかすら、記憶のないその数分。

あるとき、のえのCDブックを出そうとしている出版社の編集者は
何の他意もなくさらりともらした。
当日から書き起こして……

それなら当日とはなにか。
当日とは何を意味するのか。
こんなふうにさらりと書けるということは、
これぞ編集者魂ということなのか。
あるいは、編集者魂とはこういうことなのか。

これだって、その人にとってはそれ以上でも以下でもない、
ただの事務的な記述上のこと。
それはそれで終息する記述。

ここのところ、人生の大きな節目になるプラスといっていい、
出来事にひっぱられるように、
良い事々も、いやあな事の幾つかも、絶え間なく、
神様いるなら、なぜここまでと問いたくなるほど続いている。
出た出たやっぱり出た。神様、の記述。
ほらほら。

ヒデコは言う。
この節目に、良いもの、宝物と思えるものを探し出すのは、
砂金を探すようなものと。
すなわち、とても見つけにくい物の中から、
こまかいこまい砂粒をかきわけて、
もっともっと小さな金の粒を見つけるようなものだと、そう言う。

本当に、そうだね、と私。
そんなんだよね、とヒデコ。

人生が限りなく続いていくと思えていた若いときとは違ってしまった私達は、
やるべきこと、優先すべきこと、
やりたいこと、やっておいたほうがいいことごとの前で、
体と心の痛みに耐えながら立ち尽くしている。

宝物はそんなには簡単に見つからないよ。

「神様のいない宗教」にかじりつく私にはそんな神様の声が聞こえてくる。

いいや、目の前にあるではないか、
その人のその目の光の中にこそあるではないか。

向こう側からはそんな声も聞こえてきてもいる。

許せないことがある。
ほんの小さなことであるのに、その向こうにそれがそのまま放置されたとき、
映し出される大きなずれを感じて、怒りを記述したりもする。
怒りを記述する私は傷ついた小鳥のようであるにもかかわらず、
果敢な闘士のようでもあり、そのはてにやさしいナイチンゲールのようでもある。

許せることがある。
相手の声が、エキサイトした余裕のない声から、
静かに我に返って、ついに泣き出してしまったとき、
そうじゃないよそうじゃないよとつぶやきながら、許せることがある。

許せないことがある。
一刻一刻をいつくしむように集めた私達の人生の節目となった光と影を映し出す映像を、
ののしりながら、見る人を邪魔する姿そのものがそこに存在することを。

だが、私はそこに存在する人が許せないのではない。
その人が許せない、そんなことは一回だって私の人生であったことはない。
自分を許せなかった私には、そんなことは遠い遠いありえないことだったから。

昔々の話。
余りにも古い男女観のままの、ある女たちの会に、
福井ではじめて顔を出した末に、そこからはじけるように飛び出して、
私を攻め立てた当のその人自身の行く末を、私が心底案じていることを、
ヒデコがあきれて見ていたことがある。

私はその人に怒るのではない。
私はその人に憤るのではない。

その人に小さな、些細な、もしくは甚大な震災を起こさせた元凶となるものに向かって、
ののしり、叫び、開き直り、火花を散らし、そしてついに疲れ果てて倒れる。

私は逝ってしまったのえをも許している。
そのときも、今も、これからも。
許すも許さないもないもの。

たとえ、その事態のはてに、私が甚大な震災に遭遇するような、
そんな人生の異変がもたらされたとしても。

私はとおに、のえを許している。
いつからかなんて、もう忘れた。
許していなかったことなんて、あったかすら判らない。
許している自分を許しているかどうかもあえて問わない。

あの日から、私の魂の重心は、
あの冷たくなったのえの静謐な顔と、
そのあまりにも穏やかで崇高な表情の放つ底知れぬ尊厳によって、
脈々と刻まれていることを、私のからだは知っている。

そこに発して、そこに戻る。

どんなテーマであろうと、
そのテーマそのものが、
なまなかなもので終わらないものであろうと、
私はそこを重心にして、物事を考えたり感じたりしている自分を知り始めている。

明日は、六月八日。
私が服用していた軽いはずの僅かな抗うつ薬の
倍の増量でもたらされた、
重篤な副作用「薬剤パーキンソン」を医者が認めたその日から、
ちょうど一年目のその日。

乱暴な断薬と、それ以降どんなケアもなかったことで、
私の心身は一変し、
体はみるみる衰弱し、体力はたった二割となり、足腰は弱りはて、
眠る力すら奪われた私のために、
ヒデコはヒデコ自身が居眠りしてしまうまで、
一時間余り、私の足裏の「失眠」というつぼにお灸し続けたことすらあった。
その、のめりこむような、ヒデコ自身を失いかねない献身すら、
まざまざと昨日のことのように蘇る今。

あの日々とて、
あの地獄を二人で乗り切ろうとした日々とて、
私達にとって震災だったと言って、誰がなにか言えたものか。

だから、私はここから今も一歩も動けない。
私達の「震災」を抱えたまま。
今も、それをたずさえて、また歩きにくくなった足腰をいたわりながら。

許せないやつ。
許せるやつ。
許してやってもいいやつ。
許してしまったやつ。

やつらになんて、これつぽっちも怒ってもいなければ憤ってもいない私。

そのことが伝わらないことに、むしろ放心する私。
沈む私。

それは、あのとき、のえの冷たくなった穏やかな顔に触れたとき、
伝わったおおいなる存在の、余りにもあっけない残酷すぎる終幕のせいだったのか。

それは、息子が重い精神の病を発症したとき、
それすらもまた、人生だとどおんと胸に落としたとき、
すでに始まっていた、存在することそのものへの限りない、
どこに向かうとも知れない祈りの旅の兆しゆえだったのか。

私はひたすら、怒ったり、憤ったりに忙しくも見られてもいる。
私はひたすら、笑ったり、書くことに夢中になったりするとも見られてもいる。

許してくれない。許してもらえない。
そう、ぐるぐるまわりの勘違いで、とぐろを巻いている人もいる。

許せるとき、許せないとき、
そんなときを超えていこうとしている、このずうっと向こうの道。

それは、私がいまだ、生きていることを許されているから、
それは、私がいまだ、怒ることも笑うことも、許されていることを知っているだけだから、
超えていこうとしている、まだ見たことのないあの道。

あの花の群れ咲く岡の上のずうっとずうっと向こうの道。

存在と無、を天国の棚にすら、さらりと上げて、
私は今日も、突然笑いにすら巻き込まれる。
突然、悲しみにもとらわれる。

だが、けっして拘泥してはならない。
肩を押されたら、ばたっと倒れてしまいそう、と言った、
同じく娘を病気で海外で亡くしたという、南に住まう友人ともどこかが違う道筋。

許せない。
許せない。
そう言いながら、すでに私は結局百歩も千歩も引いたところに立っている。

そうして、余すことなく全てを許すしかないことを、
全てを許すしか、私に生きる道がないことを知ってやっぱり立っている。

この痛む股関節で。
このうずく背中で。
このゆらぐ膝で。

膝頭が笑い出したら、いいよ。いいよ。
思いっきり一緒に笑い出そうよ。

のえの最後の美しすぎるあの顔が教えてくれたところから、
どんな一歩もはずさないところから、
私が歩き出していることを。

そのことをもって大声で笑い出そうよ。
のえにも、はっきりと聞こえるように。

「今度は神様を許すことになるとしても。」
神様がそれを笑って見るとしても。        2011 6 7 20:25
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| のえと共に | 19:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

カイちゃん。今日は実は、編集長と話したのでした。
「当日」の件の編集者とは距離を取っているので。

もう一度、卵を孵すように、始められるかもしれない。
何をしていても、ここに戻りつづける人生なのだから、しっかりとそこを見る。そんな作業を。

| ケイコ | 2011/06/08 01:01 | URL |

ケイコちゃんのあるいは、人生の「本当」を知ることは「幸せ」なことなのに、それを知らずに過ぎる人がいっぱいなのが不思議だった。でも、知られるかもね。伝わる。伝わったから…。で、考えることは、またじっくりと今度。伝えたいです。

| kai | 2011/06/07 23:52 | URL |















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