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本当に少数派か、さざ波のようなうごめきの中から、ついに語る「自閉症スペクトラム」

久々に隣の集落までの散歩から帰ってきた。これだと、ちょうど四千歩。

つつじ祭りの沖縄フェスタに参加してから、
次々と大切な人たちに新しく会い続け、めちゃくちゃ疲れが出てしまっていた。
とてもそんなには歩けない。うちの集落一周は、たった千歩。
それでもいい。千歩はゼロ歩とは違う、と肝に銘じて歩く。歩く。
腰が痛い。背中がだるい。
そんな感じで、この数日はつらかった。
早く眠りたいのに、夜はどうしても一時は過ぎる。
気付けば二時にもなる。

おーい、まだまだ病気上がりなんだからね。

ああ、これはつつじ祭りで物を運んだり、張り切りすぎて踊ったりの後遺症?
そうそう、東京の「被災とLGBT」という催しに向けて、
結局徹夜してコメントを送信した、あの日の無理もたたっているかなあ。


それだけではない。襟を正して会う人続きのうれしい日々だが、
それはそれでたっぷりエネルギーを使う。
今週は、私達のあの『ハートをつなごう』の番組の多重性というか、
マルチマイノリティ性が功を奏したような出会いが相次ぐ。

その一方で、ヒデコは、
福井で急きょ決まった反ホモフォビアの日のアクションに向けて、
あちこちと連絡を取ったりと忙しい。
ものすごく若い人、二人との出会いが立て続けに始まったり、
それはそれでヒデコは、
こういうアクションでこそ若返ると張り切るが、
陶芸祭りの追い込みとも重なっているというのに、
どれも手が抜けない。なんてこった。まあ。

私は私で、『キッズ・オールライト』への、とうとう出てきた、
関東在住のレズビアンマザー当事者からの、
憤懣やるかたない思いに寄り添うようにメールしたり、
それはそれで、虹色テーマは健在。顕在。

しかし、私は今日こそ語りだす。
新しいカテゴリー。一週間ほど前に書ききったのに、
忽然と魔法のように消えたこのテーマの最初の文をもう一度。

その新しいカテゴリーは「自閉圏のつらさと豊かさと」。

自閉症というと、まだまだ多くの人は、
知的障害も伴う上に自閉度もきわめて高い、
いわゆるカナー症候群の人たちや子どもたちを思い浮かべることが多いのだろうか。
映画『学校Ⅲ』だったかな。
大竹しのぶが母親役をやったのも、そういう一人が青年の子ども役。

もう、今となってはかなりの人が知る人ぞ知るの、
知的障害を伴わない「自閉症スペクトラム」の人は、
実際、かなりな数の人がいるのではないか、と思われ始めている。

そう、亡くなったのえも。そして、私も。

のえは、知的障害がなかったのだから、
あの番組では高機能自閉症と言ってもよかったのかもしれないが、
診断名はあくまでも自閉症。そう先生が言っていたって、のえ言ってたっけ。

いつだか、このテーマで講座を受けた時、
この道に詳しいある大先生が、
自閉症である以上、高機能なんてありえない、
高機能、中機能、低機能、と三段階に分けられること事態が、
おかしなことじゃあないか、と本気で怒っていたことがあった。

そうだよ。そうだよ。全くもってそうだよ。

のえが亡くなって、まだ二週間ほどしかたっていなかったその時の講座で、
私はそうだ、そうだ、そうだ、と三回くらい頷いた覚えがある。

でも、それはそれとして、
やはり私は知的障害を伴わない、自閉症圏内にいる人たちのことを、
これからは本気で語り始めることにしたい。

知的障害を伴う重度の自閉症のお子さんを持つ親御さんたちには、
どうかそのことは勘弁してほしい。
のえはのえで、知的障害を伴わないからこそ、
発見が遅れた「隠れ発達障害者」として、
その二次障害でもある様々な苦しみをもへて、逝ってしまった。

だから、私はいわゆる重度のお子さんたちを持ち、
この子より先には死ねないと思っているような方とは違うかもしれない。
でも、それでも、だからこそ、それぞれに特有の生き難さがあること、
それを明らかにしなければならない、というのが私の役目と心得る。

実は、昨日、この町で、というより、
この地域で、つまりこの町のこの田園風景の広がる地区で、
知的障害も伴う自閉症の息子さんと共に、
閉鎖的なこの地で、
このテーマでは先駆者的な存在ともなっているある母親の立場の方にお会いした。

小学校も中学校も、ベロ亭の子どもたちと同じ。
のえと早苗より一つ下のお子さんだから、現在四十間近な年齢という息子さん。

その方には、のえの診断に向けるプロセスで相談にのっていただいてから、
そのまま一切連絡できないでいた。
住んでいる地域がつながっている。しかも同じテーマを程度の差を抱えながら持っている。
それらは、あるいはものすごく微妙に作用し、もしくは深い共感と共にも伝わる。

昨日、話し始めて間もなく、そうと確かに告げる前に、
なんと彼女は、のえが亡くなった事実を察知してくださったのだった。
そして、観てもらった番組を通して、
「のえちゃんには、唄があった。こんなに素敵な唄を遺して、生き切って、
これは本当にすごいこと。すごいことなんやからね。」と。

そして、彼女は、彼女の息子さんより一日でも多く生きていたい思いをも告げたのだった。
それは、私にはかなり複雑な思いをもたらすものではあった。
確かに、のえは、いつもいつも心配しなければならない存在であるかわりに、
いつもいつも大きな悲しみの対象である存在へと変貌したのも事実だったから。

ただ、ことは単純ではない。

知的障害のあるなしだけでも、時にとてもかみあっていた話が、ふと落差を生む。

まして。

自閉症、というか、発達障害について、
なんということもなくピンとくる人と、全くピンとこない人との差は、
これまた、私には人生最大の難問のような謎でもある。

二週間前、ツワモノと言っていい、フェミニストの友人二人が、
ベロ亭を訪ねてきてくれた。
二人とも、飲む、飲む。
飲んで、飲んで一人が倒れこんだ後、
もう一人残った、昔キャラバンで何度も世話になったけれど、
そして何回も顔を見ることがその後あったけれど、
意外にも距離が縮まらなかったもう一人の人と、
思わぬ感じで向き合うこととなった。

それまでの様子。
先に酔いつぶれた私達の親友とのやりとり、
そんな時の、もう一人のその人の在り方を見ながら、
私の中では 、じわじわと確信が増してきていた。
もしや、この人、自閉圏??
だとしたら、今回の訪問の意味は?
だとしたら、この人が抱える傷だらけの問題は、
別の角度からも検証されなければならない?

なんだろう。このとりつくしまない存在感。
傷ついているから、余計むきだしになったままの寂寥とした冷涼感。

「ちょっと質問させてね」と私。
「カウンセラーは質問はしないの」とそっけなく彼女。
彼女は、カウンセラーもできるほどの優秀な能力の持ち主でもある。
「私のはね。ちょっとした確認なの」と私。

他人への興味のあるなし。
感覚過敏のあるなし。などなど、思いつくままに質問する。

おっと、失礼。
私、これでも「日本自閉症スペクトラム学会」の「自閉症スペクトラム支援士スタンダード」の
試験に受かっているんです。
彼女もしかしたら、いやがるかな。と、ちょっと様子を見たけれど、意外にもすんなり、
「自閉症スペクトラム度テスト」も受けてくれた。
出た。31。やっぱり30以上かあ。

なんのことやら皆さん、おわかりにならないでしょ。
これ、自閉症度を割に手軽に測れるテストなんです。
50問あって、この50問の背景がひとつひとつ、
あの2008年の、のえの診断に向ける日々に勉強し尽くした私には、
それなり根拠がわかるので、それなり信憑性も持っているかなあ、という程度には、
目安にすることがある、そんな感じの、けつして占いなんかではなく、間違いのない、
しかしごくごく簡単にできるテストです。

これをやってみて、人それぞれの点数が出るんですが、
最近では、だいたい予想がついてしまって、困るなあ、
また当たってしまったって感じの私ではあるのですが。

ただねえ。このテストをする時、自己認識があいまいな設問の場合は、
少し違う結果が出る場合もあるので、それは要注意かも。

で、人によって言うことが面白いんですよ。
「ねえねえ、これって、一桁の人なんているんですかあ。まさか、いませんよね。」とか、
「ねえ、これ、四十台とか、五十点満点の人とかいるわけ」とか。

いますよ。そう、います。どちらも。

さて、話を戻します。

二週間前の訪問客。私達の親友が寝てしまったあと、彼女の出した点数31。
まあ、33から気をつけないといけない、自閉圏の数値だから、
まあまあ、その直前という感じだけど、
もしかしたら、彼女、自分で自覚していない、意外な面があるかも、
と、このテストに出てこない面もいろいろ訊いてみました。

うーむ。
もしかしたら、人間関係、私より大変かも。
うーむ。もかしたら。もしかしたら。

この人、とてつもなく優秀なところがある人なんです。
そして、自閉圏の人間って、思い込んだら百年目みたいなところがあるから、
思想信条にそって、自分の人生をけれんなくやってしまう、
なんてことも、おおいにありうるのです。

だから。

だから、どうなんて私は言えた立場ではありません。


ただ、昔、二回か三回、私の詩の朗読会を持ってくださったこの人、
実は、書き言葉を耳から聞くのが大の苦手、と知ったのも、
おおいなるショックでした。
だって、彼女、ある意味、私達を迎え入れ、歓迎してくれ、
キャラバンや詩の朗読をする場をつくってくれた、ほかでもないその人なんですから。

耳からより、目で読むほうがよほど得意。
耳からは苦手というよりすごく苦痛。

これもまた、とても自閉的な側面でもあること。
それもまた、ショックなことでした。
それでも、運動という場を持つことが彼女の大義名分である以上、
彼女は仲間を集め、人を集め、温かく迎えてくれていたのです。

自閉、という特性から、この世界を覗き見ると、
これはこれは様々な発見が、新たに、驚くべき深さと洞察力で、
明るみに出るのではないか。

これはフェミニストに限らず、
セクマイに限らず、
市井に生きる人、すべてが、
自閉圏という連続体のどこに位置し、
あるいは全く位置しないか、
そんなことでもあるのです。

私達の大の親友が寝てしまって、
その酔い方や、いつもと違った勢いに、つい私は、
「もう、なんだか彼女のこと、わからなくなっちゃった」とつい愚痴りました。
そうしたら、そのもう一人の人、
「人間、そんなに簡単に分かるものではないし」とさらりと言うのです。
だって、私は私で、この先に寝ちゃった友人と、
いろんなふうにつながっている上で、言っているのだし、
そんなふうにただ、冷静極まりない声で普遍的なことを言われてもってな感じで、
ああ、これまた、と思ってしまいました。

後日、この人をよく知る、私の旧友に電話しました。
この旧友は、どこからとっても自閉圏ではありませんから、
きっと分からないだろうな、と思いつつ、
でも、共通の大切な友人だし、自閉圏のことは分からなくとも、
人との一体感とか、ものすごく大切な人だからと、
詳しくかなり話しました。

ところで、
ある日、そう、うちに例のその自閉が心配なその人が来る前に、
実はそれはかなり前のことなんですが、
ヒデコがふと、彼女に
「たまにはベロ亭に遊びに来ない?」と声をかけてみたことがあるといいます。
すると彼女。「どうして私がベロ亭に行かなければならないの」と即座に。
それ以上でもなく、以下でもなく、ヒデコはそういう人なんだなあ、と
ただ思うにとどめたようです。

このエピソードをこの共通の旧友に話すと、
「なんちゅうやっちゃあ、愛想のない」と返ってきました。
そこで、すかさず私は答えました。
「それって愛想とか、そういう次元の話じゃないのよ。彼女には、
まさにその通りのことだから、そう答えただけで。」
「えっ、どういうこと??」と旧友。

まあ、今日のところは、この辺にしておきます。
ここまで読んでくださって、すぐにピンとくる人は、かなり自閉度の高い人。
なんとかわかるかなあ、という人は、自閉フレンドリー。
まったくなんのことやらわからない人は、まあ自閉の心配いらない人です。
別のことを心配してくださいって、感じかなあ。

ちなみに、自閉症スペクトラム、という考え方は、
自閉症度が最高に高い人から最低に低い人、それから全くない人まで、
自閉症度を連続体として、あるがままに見てみる考え方を言います。

LGBTの場合なら、このT のトランスに相当します。

で、診断の時は、あるがままではすまなくて、
枠を設けて、この条件を満たせば、はい、
「高機能自閉症」とか「アスベルガー症候群」とか
「特定不能の広汎性発達障害」とか診断するというわけです。

発達障害ではなく、LGBTの場合は、T がそれに相当して、
女であること、男であることを境いめなく見る見方がトランス、
その中で、どうしても生まれながらの障害として名づける必要がある場合に、
「性同一性障害」という障害名でくくることになるわけです。

一応おことわりしておきますが、
LGB、つまりレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、は、
疾病ではありません。
1993年5月17日に、WHO 世界保健機構が、疾病分類からはずしたのです。
で、5年前から5月17日が反ホモフォビアの日。
フォビアとは、いわれのない嫌悪、憎悪などを意味します。
とはいえ、同じセクマイ、5月17日はトランスフォビアの日でもあります。

発達障害話題が、セクマイ話題にあちこちした感じですが、
ひとつだけ、ここにおさえておきたいことがあります。

発達障害者の中に、トランスジェンダーの人が多いこと。
これって、当事者にも意外と知られていないようです。
NHK のディレクターも把握していて、私と頷きあった覚えがあります。

そう、発達障害者、つまり自閉圏の人間が持つ、存在の不安定さ、もろさ
人とのつながりのあいまいさ、所在なさのようなものが、
性自認の不安定さとつながるという事態は、
どこから見ても、今やおばあちゃん、少し前なら、おばさん、
そして、ずっと前には、お姉さん、お譲ちゃん、女の子、だった私とて、
無縁のことではない気がしています。

重大発言しちゃいますよ。
私、子どもの頃から、私の頭の中は男の子。
そうずっと思っていましたから。
私はどうしても女の子のようには考えられない。
女の子集団の中に入れない。
これはなかなか深刻な問題でもありました。
いずれにしても、集団は超苦手でしたが。

そして、
どちらかというと理屈優先というか、
よく言えば論理的思考、これもまたそうかな、と。

でも、これって、女性差別なことにも思え、
女性の感覚的なところも、よくよく学んできたつもりはあります。

で、私独特の感覚と論理性を統合したような、
考え方というか、物事の道筋の立て方が生じるわけですが。

ああ、長くなっちゃった。
ここまで読んできた人は間違いなく、自閉圏でしょうねえ。

いずれは、もう少し広げて、ADHDとか、LDとかについても
書く機会を作りたいと思います。

ただ、ひとつだけ断っておきます。
名づけて、ただそうか、とよしとするのではないのです。
名づけて、そしてどう始めるのか、
それが大きな問題なのです。
中途診断された人たちが行き詰まるところ、
それがまさにそこのところであることを告げて、
今日のこの長い、講義? を終えたいと思います。

ご静聴、ありがとうございました。

ケイコ
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| 自閉圏のつらさと豊かさと | 16:45 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

思いがけず?このテーマでのKooさんのコメント、なんか嬉しく沁みました。14納得ですね。50人集まるオフ会なんて私にはできないことだし、あのブログの作りにもそんな感じを覚えていました。と言ったら失礼かなあ。お会いもしていないのに。
でも、あの放映直後のチャット大会の時、すかさず自閉話題で質問してきたこと、妙に心に残っていましたよ。
このテーマは、私にとって、本当はセクマイ話題よりもより深いアイデンティティではないか、と思うところもあります。そこから私の全てが始まっているような。
カナータイプも、アスペルガーも、それぞれ体感されていたんですね。そう、体感し判ろうとする力が、乗り越えることもあることを私達は、二人のパートナーシップの中でもくぐりぬけてきました。
塾ですかあ。ちょっと縁がない訳ではない業界なんですよ。実は。それはそれは忙しいこともおありでしょうねえ。
それにしても、いつも果敢にいろいろ挑戦されていますね。
これからも、よろしく。キッズ・オールライトについては、Kooさんが書かれるのを待ってからまた考えます。
新カテゴリーが思いのほか、皆さんが興味深く迎えてくださっている様子に、感慨深いものがあります。

| ケイコ | 2011/05/14 02:40 | URL |

自閉症スペクトラムのお話、とても興味深く読みました。
私が初めて自閉症の子供と出会ったのは、大学生のときでした。障害のある子供と遊ぶ、という学生ボランティアサークルに入っていて、そのとき出会いました。カナータイプというのでしょうか、言葉を全く話せない5歳くらいの男の子で、いつもちょっとした物音や何かに怯えて泣いていました。

その後、ドナ・ウィリアムズの「自閉症だったわたしへ」を読んだのが、今調べたら93年なので33歳のときです。私の知っている自閉症は、学生時代に出会った男の子だけだったので、その豊かな世界、表現力に驚きました。本当に夢中になって読んだ記憶があります。その続編も読みました。

それから、何年か前に仕事でアスペルガーの子供と出会いました。その男の子とは、小学校1年の終わりから卒業までの丸5年間、関わりました。子供の母親から、「障害名ではなく、この子自身を見てほしい」と言われ、アスペルガーについて一切の知識を入れることなく手探りでやっていきました。アスペルガーについてネット等で調べ始めたのは、その子が卒業してからです。

自閉症スペクトラムテストをネットで見つけたのでやってみました。私は14でした。
自閉症度は低いのかもしれませんが、自閉圏の人に非常に共感したり惹かれたりすることが多いです。
新カテゴリーの続編、とても楽しみにしています。

| koo | 2011/05/13 23:31 | URL | ≫ EDIT

ありがとうございます。ところで、金子光晴親子のドキュメントは、録画して送れます。

| けろたん | 2011/05/09 17:03 | URL |

自閉という言葉、は、かなり奥が深いと思われます。また、無料講義?ということで、待っていてください。外国語も判っていますが、実は意味が明白にはつかめていません。ホント、人類の謎的な課題ではないか、とつくづく思います。
謎として生まれてきたことを、やっぱり誇りに思うしかないなあ、と思える私は幸せなのでしょうね。

| ケイコ | 2011/05/09 01:06 | URL |

こんな大切なこと、無料講義じゃもったいなく思えます。発達障害とトランスジェンダーの密接な関係、そうでしょう。私の亡くなったあの友人もこの友人も・・・。みなこのうえなくユニークで、それゆえ生きづらさを抱え、早く逝ってしまいました。私の自閉症度はどうでしょう。トランス度は幼少からありますがね。ずっと気になっているのですが、「自閉」って言葉はどこからきてるんですか、適切と言えるのでしょうか? 外国ではどう表現するのでしょうか。

| けろたん | 2011/05/09 00:03 | URL |















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