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明日も喋ろう……詩『それはなんのへんてつもない名刺』1988年ケイコ作

24年前に朝日新聞社阪神支局襲撃事件の犠牲となった小尻記者。
あの事件からも、すでに来年で四半世紀がたとうとしている。

うちは、朝日新聞をとっているので、
…ちなみに、福井県人はほとんどの人が福井新聞購読者…
大阪支局発の『明日も喋ろう2011』欄の五回の連載のうちの三回を読むことになった。

中でも、
辛淑玉(しんすご)さんの欄のインパクトが、いよいよ彼女らしい直截さを増して、
私に迫ってきた。あれ、顔も違ってきたな。なんかすごく人間らしいっていうと失礼だけど、
今までのぎらぎらの顔とは違って、苦節数十年という五十代を越えた彼女の顔、
今までと違って好感が持てるのだ。
だって、こわかったもの。彼女、何言っても、ぼおんと、すごい言葉で返されそうて゛、
世の酸いも甘いも知り尽くして、差別についての言説を言いきっている人だし、
それが、今回の顔写真、なんだか違って見えて、そうしたら、
書かれている言葉も、今までと基本変わりはないのだけれど、
やっぱり何かが違う。少しずつ、というときのニュアンスが違う。

マイノリティとして生きること。
少しでも前に出て、たたかうこと。
少しでも言えることを言っていくこと。
ほんのちょっとでいいから、ペンを持ち、五ミリ先にでも進む、というそのニュアンスが、
ものすごく丁寧に映る。今までとはなんだか、少し違って映る。
なぜだろう。

この『明日も喋ろう』の欄は、小尻記者追悼の欄である。
それなりの物言いを社会にしている人々が、それなりのことを書いている。

福井版に出ていたので、福井支社に電話すると、大阪支社版ということで、
私はそれならそれで、このブログに、
あの詩を再度掲載しようと、心に決めた。

私たちは、『ベロ亭やきものキャラバン』の折、
そうあの尼崎の『がらくた茶房どるめん』で小尻記者の取材を受けているのだ。
襲撃の報を受け、ついに彼が倒れたと知った時、
そうして、その新聞記事を見たとき、
はっとそのことに気付いていくプロセスを、
その時私は詩にした。

翌年だったか、彼の追悼もかねた、表現の自由、言論統制への危惧、などをこめた、
ある催しが、その『どるめん』の主を中心に持たれたように思う。
その時に朗読した詩でもある。

以下全文。


それはなんのへんてつもない名刺 
     
                    米谷恵子      1988年作


それはなんのへんてつもない名刺
ただ記者の名前と支局の住所が書かれた
なんのへんてつもない名刺

キャラバン先で
そそくさと忙しさにまぎれ
交換し合った一枚の名刺
次のキャラバンが来ると
また来年同じ頃に取り出すため
机の引き出しにしまわれる一枚の名刺

その時わたしは展示のまっさいちゅう
その記者の顔を見る余裕もなく
ただやきものを
しかるべき位置に並べおえようと
本棚の配置を変えコンテナを連ね
かげのマネージャーよろしく
動きまわっていた

かすかに覚えているのは
その時のそのひとの
控え目で空気のように静かな気配

地方にも都会にも
あらゆるたぐいの記者がいて
あらゆるたぐいの質問や了解があった
わたしたちのいのちの根っこにわずかにふれ
目を見ひらいたまま
丁寧にうなずく者もまれにいた
ついにわたしたちをとらえかね
けげんそうに立ち去る者もいた
時には善意の思い込みもあり
時には底のしれた理解不足にうんざりさせられた

キャラバンという世界にひらかれた場所で
交わった記者たちの目に見える痕跡
それはいつでも一枚の名刺と
新聞のかたすみの記事である

文字のかたまりとなり
写真そえられ
新聞のかたすみから届くわたしたちの夢
わたしたちのたたかい
霧のこまかいつぶつぶみたいに散らばる
かたすみの女たちの目に見えぬ夢とたたかいに交わり
キャラバンは
新聞のかたすみの痕跡のあとに
ふかい驚きに満たされた

それは一枚の名刺
それはなんのへんてつもない一枚の名刺
まっしろな紙のちいさなひろがりに
ただ記者の名前と支局の住所が書かれた
なんのへんてつもない名刺

一年ののち
同じ地方を巡ろうと
一枚もう一枚と数枚まとめて
トランプのカードのように
めくりはじめた手のうちで
突然もたげる悪寒が
指先をつつと走る

ねぇ、もしかしたら
会ってるんじゃあない…
七日前
相棒は新聞の写真を見るやそう告げた
ひとに会えばおのずとその顔を
脳裏にあざやかに刻みつける
人形作りの相棒の記憶だった
でもね、記者ってタイプが似ているからねぇ…
そう返したわたしのもどかしいばかりの記憶

一枚もう一枚
トランプのカードを
占いのようにめくりはじめた手のうちで
突然もたげる悪寒とともに
ほどけてゆくのはもどかしいばかりのその記憶

その人の名前が
その人が倒れた支局の住所が目の前にあらわれ
指先から電流のように悪寒全身を駆け抜け
一本のかたく尖った針になって
机に向かう椅子にとどまる形がある
焼け焦げた地球の上を
悲鳴上げながら
爪先立ちに文字の形を描きながら
踊って行く黒いかたまりがある

その時わたしは展示のまっさいちゅう
そのひとの顔を見る余裕もなく
ただやきものを
しかるべき位置に並べおえようと
その店の本棚の配置を変え
コンテナを連ね
かげのマネージャーよろしく動きまわっては
おそらく二、三の質問にも答えた

わたしが覚えているのは
その時のそのひとの
ほんの数歩下がっていただけなのに
まるで退くだけ退いて
凪いだ風のように気配を消した静けさだ
わたしはその気配のかたわらで
あたふたと展示をし
あくせくとキャラバンの準備に走った

それは一枚の名刺
なんのへんてつもない一枚の名刺
そのひとの名前が
そのひとの倒れた支局の住所が
まっしろな紙のちいさなひろがりに
書かれた一枚の名刺

それ以来
藍色に白の唐草模様あざやかな名刺入れの中
現役の記者たちが次々と手渡す名刺のあいだに
そのひとの名刺ははさまれつづける

名刺入れの中にたたまれた無言の祈り

それが
わたしの小尻記者追悼
生きつづける者の
表現の自由へのあざやかないざない
のように

焼け焦げた地球の上を
悲鳴上げ
爪先立ちに文字の形描きながら
倒れてゆく黒いかたまりがある

黒いかたまりとともに
銃口喉元に突き付けられ
一本の針のようにかたく尖った文字となり
最後の鋭くやわらかなことば
書き急ぐ無数のペン先がある

キャラバンという世界にひらいた場所で
交わった記者たちの目の見える痕跡
それはいつでも一枚の名刺と
新聞のかたすみの記事である
(了)


時は変わり、この詩を書いてからも23年。

現在、福島第一原発について、
否、日本にあるすべての原発について、
本当にしかるべき議論は尽くされているのか。
否、本当の事実は実際に報道されていると言えるのか。

安全基準が少しずつ上がっていく放射能の値。
これは、一体なにを意味するのか。
人間は徐々に放射能に抵抗できる免疫でもつけられるとでも言うのか。

月よ。
太陽よ。
星よ。
緑よ、
空よ。

あなたたちは何もかも知っていて、黙って今も輝いている。

あるがままに、
汚染されても、されていなくても、
あるがままにそこにいて、私たちが自然の一部であることを知らせる。

そんなことすら、もしも言えない時代がやってきたとしたら。
そんなことすら、こうやって詩にすらできない時代がきたとしたら。

私もまた、戦争中の金子光晴と森三千代とその息子のように、
息をひそめて、ひそかに詩でもなんでも、本来の輝きを閉じ込めて、
ひっそりと、誰にも見えないところで書かなければならなくなるのではないのか。

そんな時代にしてはならない。
そんな時代は二度と来てはならない。
そう祈りながら、私の5ミリ先をここに記す。

2011年5月5日夕がた


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| 詩の世界から | 18:08 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

放映される日に、録画しようとしてし忘れてしまいました。あっ、あるある、と思っていたんですが。でも、のえが自分の本から、私の誕生日にくれた本が「三人」でしたっけ。その当時のことを書いたもの。大切にベッドの横に置いてありますよ。今も。ああ、でもテレビも観たいな。

| ケイコ | 2011/05/06 11:23 | URL |

そういえば、金子光晴・森美千代・息子の戦中の物語、テレビで前に放映されたの観ましたか? よかったです。

| けろたん | 2011/05/06 11:05 | URL |

朗読のために?書かれた詩は、心のなかで音読しても鮮やかにこだまするものですね。ことだま、ですね。この詩が今日読めて嬉しい。

| けろたん | 2011/05/06 00:18 | URL |















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