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<詩>   敬意を巡る断章(翌日推敲)

昨日から、また新たなカテゴリーを作った。
「詩の世界から」。
私の表現は、詩的であったり、批評的であったり、
詩そのものでもあり、批評そのものであることを、
うっかり、そうと知らずに読んで、読み違えている人がいるらしいと、
最近になって気づいた。

詩、や、批評が、かつて輝きを帯びていた時代とは違って、
現代は現代のまた違った表現方法が闊歩している時代なのかもしれない。
それでも、私は今もこうして生きているし、
詩的、批評的、あるいは単に文学的とは言いがたい、
ブログへの挑戦を試みていることは事実としてたしかにある。

だから、これは詩、なんですよ、
とか、
これは、批評なんですよ、
とか言わなければすまないというのは、
書き言葉なり、日本語の衰退として悲しむべき事態だと、
日本語教師でもある私の第七感は警報を鳴らす。

鳴らしていても、私が私であることをやめられないように、
私の詩や批評は、それそのものであることをやめられはしない。
人生そのものがアートであるように。
アートそのものが、時に人生を丸ごとは語れない、証しのように。

詩は限りなく数学に近いと言った人がいた。
文法もまたしかり。

精神医学の本来の意味での権威、右にも左にも出る者のいらっしゃらない
中井久夫先生が、難解なフランス詩の翻訳者であることは、
すでに多くの人にとって周知のことである。

文科系的、とか、理科系的、とかと、
一刀両断にできない頭脳や思想、思考方法やその筋道がたどる闇と光、
それについては、もはや誰も異論がないことと私は思う。

ただ、人間が人間であること、それを追及するからこそ、
さまざまな思考が、その軌跡があるのだ。
もはや、あの人は理科系だから、どうのこうのとか、
という安易な物事のたてかたこそ、
あの人は、血液型が何型だから、どうのこうの、という
軽いお遊び程度のもの。
お遊びはお遊びのときに、徹底的にしようじゃないか。
それもまた、私はやぶさかではない。

そうして、このカテゴリー「詩の世界から」は、私の独断で生まれた。
私の詩を、やや惜しい気持ちでここに掲載することもある。
私の敬愛する詩人や批評家への思いを披露することもあろう。
さて今日の詩は。



敬意を巡る断章      米谷恵子



スペイン語だったら、レスペト、、英語だったらレスペクト?
そう、日本語では敬意を意味する、難しくも素朴で、やさしくも、奥の深い事柄。

時は、さかのぼること、11年前。
アペホタクスコなる、ペルーの古都、
クスコのとある、名誉ばかりで中身のない組織とも言えないヤクザもどきの組織で、
ジャンヌ・ダルクのようにたたかっていたとき、
私はしじゅう、
コン・レスペト、コン・レスペト言われたものだった。

でも、あの時はたたかっていた。
給料も遅配、私達の住まい兼アペホタの日本語教室の、
おちぶれ貴族の奥方のような大家から、
彼らが最初から家賃を一銭もはらっていない、
しかも、その借金は、
私が日本語を教えることで全て返せると彼らが算段していたと知らされ、
やむにやまれぬ、たたかいの日々に巻き込まれていったときのことだった。

私達がつたないスペイン語で訴えるたびに、
彼らは外国人の私たちに、千歩譲って言うなら
「敬意を持って、敬意を持って」と促した。
それは実のところ、スペイン語をようやく話していた私達には
拷問のような脅迫でもあった。

ふり返れば切りがない、異文化体験が凝縮したようなこの壮絶な物語。
あの当時日本で呼びかけた「プエンテの会」を応援してくれていた人たちには
遠い昔の周知の事実。

それでも、私は、そんな彼らにとうとうある日、
「恥知らず」と怒鳴りつけたのだった。
然るべき瞬間に使われたそのスペイン語はすさまじい効果をあげもした。
そうして、私のスペイン語はめきめきと上達もした。

ところで、ここは日本。

日本で言う、敬意とは、それでは一体なんだろう。

「ハートをつなごう・ゲイ・レズビアン編」を観る会で払われたり、
払われなかったりする敬意。
あれはただのテレビ番組だし、
観る会なんて、お気軽なもので、
その番組にどれほどの心血が注がれているかなんてことは、
時に敬意の対象にもならないしろものだったり。

震災の起きたかの地では、
いつかゆっくりできる時間がなんとか来たら、
親と一緒に観ようと、
そして、その時こそ、自分のセクシュアルアイデンティティを語ろうと、
敬意すべきドキュメント作品として大切に胸の奥深くで思われていたりもしたり。

しかしながら、たとえばあの番組をそういった観る会で、
ひととおり、
私達の人生もあの番組でかなりの密度でお見せもし、
その上で、番組を補足するような語りを縦横に精一杯、精魂込めて語りつくし、
それでも、やっぱりゲイ・レズビアンがテーマだったためなのか、
逃げ帰るように帰った人を追いかけて、
「どうか、ここまで私達の人生をお見せしたのですから、
どうか一言でも言っていってください」と言うことは、
せめてあなたのひとかけらの、
この場と、
この場のテーマの中心になった私達への、
最低限の敬意を表してください、というサインに過ぎないのだが。

ほんのひとかけらの敬意を人として表してほしい、
それだけの切なる願いに過ぎないのだが。

だが。

この会では、ひとり残らず発言するということにはしていませんから、
発言を強要することはできません、と恰幅としたリーダーに言われるとき、
私は、立ち去ろうとしたひとへの敬意に欠ける人間として映っているのか。
強引な不届き者と見えているのか。

こうやって書いていても震える手。

その瞬間、私は精一杯その人をやさしく包み、
「お願いですから、どうか一言でも…」と言っただけだというのに。

私のそういった「勇断」はどうも、
この地では特に誤解されやすい事柄のような気がする。

それをほめてくれる人もいるにはいるが、
いつもその場で臨機応変に誰かが力になってくれたことは一度もない、という揺るぎない記憶。

ただ、ただ、私はささやかなたたかいの場で、譲れない一線をけなげにも、
必死にも、守っているというだけなのにだ。

体が震えてくる。
フラッシュパックが起きる。

それに、おとといの身内のパートナーとのやりとりが追い討ちをかけて、
体の震えが止まらない。
あのすさまじい怒鳴り声に、私は私の敬意を尽くして、
私の誠意をどぶにまで捨てて、
対応しつくしたというのに。
結局ほとんど何も解決はしなかったという、
その事実に身震いする。

私という人間の誤解されやすさに、
私はもうすぐ還暦を迎える年になろうとしているにもかかわらず、
存在の奥底からやってくる、めまいのような吐き気のような、
息苦しさから逃れることができない。

きっと、レズビアンで堂々とカミングアウトした人たちが、
あるいは、男社会でひとりだけ女として後に引けずに頑張りぬいて、
それでも、村八分的にパージされた者達たけが
味わってきたものとも重なると思えるそんな震えるような息苦しさ、めまい。

私は息子があそこまでの障害を持つまで、
障害を持つ人に対して、本当に敬意を持つことができていたろうか。
私は娘があんなふうに亡くなるまで、
本当に、
死者や、
死者を取り巻く悲しみの渦中にあるはずの人に、
本当に敬意…この場合は哀悼の意という意味あるけれど…
を持って接していたろうか。

そして、そんなことを経験してしまった後ですら、
本当に、自分以外の人間に敬意をもって接していると言えるのだろうか。

あの番組を観て、唯ひとり、
「のえさんのご逝去を心からお悔やみ申し上げます」
と書いてきてくれた人がいた。
それは、たとえ整った形をもった言葉だったとしても、
目の醒めるような思いで、ああ、誰も言わなかったことを、
この方だけが言ってくれたということを、
闇に輝く一点の星の光のように浮き彫りにした。

まだ、のえが亡くなって間もない頃、
淡々とした日常を送ることこそ今は大事と思える本能とも言うべきもので、
私は随分と早く日本語教室を復活していたが、
日本語教室に向かう私にたまたま行き会った知り合いが、
いつものようには近づいてはこず、
どうしていいかわからないまま所在なく立ち尽くしていたので、
思わず近づいて私のほうが抱きしめたことがあった。
あなたは、この私が悲しんでいると思って、どうそれを表現したらいいかわからないのね、
そんなに私に会ってしまったことがつらいのね、それで困っているのね、
そういう気持ちを私からのさりげない抱擁にこめた。

後日、その人が、「ケイコさんが随分弱っているようだ」と
他の人に言っていると聞いて、なんだかひどく肩透かしを食らったような気がした。
違うだろう。戸惑っていたのは、あなたではないか。
立ち尽くしていたのは、あなたではないか。
私はそのばかばかしさに、
「自死遺族」の人々がおかれる現実に連なる奇奇怪怪を見た気がした。

敬意。

観る会で逃げ帰ろうとした人に、それなら、どんなふうに敬意を表したらよいのだろう。

私達を、私達の住む集落で、
ずっとずっと私達のことをはき捨てるように、
呼び捨てにしていたジイチャンたちに、それなら、私はどうやって敬意を表したら良いのだろう。
今は、ウォーキングの時に、ひたすらニコニコと笑いかける私に、困り顔で応じる彼らではあるけれど。

俺らの土地で起きたことだ、ヨネタニが死のうとどうなろうと、
こちらに何の落ち度もないワイ、とかつて言った「加害者側」であるはずのおばちゃんに、
これからも、どうやって敬意を示したらいいと言うのか。

私はガンジーのように、マザー・テレサのように、
たたかれても、ふみにじられても、抵抗を繰り返し、抱きしめ、
そして、それでも、
敬意が足りないと言われてしまいがちなこの地で、
どうやって自分へも、他者へも敬意を失わずに生きていくことができるのだろうか。

今でも、張り裂けるように響いてくる、あの一昨日の怒鳴り声の人に、
胸にずきんと震えがくるようなあの声の告げつづけた「明白な空虚」に、
どうやって敬意を表したら、よいのだろうか。
それは、明らかに空しさきわまる家族幻想、
仮面なる家族、
とありとあらゆる言葉でも尽くして言うのが私らしい敬意とでも言うのか。

それでも、これでも、どうであっても、
表さなければならない、敬意というものが、
いつでも、どこまでもつきまとうのが、
この日本という国なのか。
このフクイと言う田舎町の礼節なのか。

私は素足のままに、立ち尽くしている。
迷子になった子どものように、暗闇の中で泣くことさえ忘れて、
棒立ちになって、やっとのことで自分への敬意を保っている。

うるさい。
うるさい。
あなたの怒鳴り声がうるさい。

私の葛藤は、時に思わぬままに大きな声になってとどろく。
それに、聞き飽きた家族は、それに対してそれ相応のとどろきを返す。

私はいまだ、
敬意の表し方すら知らないただの「子ども」なのか。

「子ども」こそ、自分への敬意も、
他者への敬意も、
おのずと無意識のうちに身につけ、
まきちらし、
けなげに、
わがままに、
あるがままに、、
そこここで、
敬意のかるわざをやって見せる。

小さいから、
かわいいから、
愛らしいから、
ということを免罪符に。

それでいいのだ。

それでいいのだろう。

しかしながら、
還暦を迎える、
小さな弱い、
震えるような子どもが、
自分をかろうじて抱きしめながら携える
危うさと確かさを拠りどころに、
探すしかないもの。

それはどこまでも不可思議な
他者への、然るべき敬意。
然るべき、と言う時、然るべき、とこだまするはずの
然るべき敬意。

他者への、やり場のない怒りも
自分の身を粉々にしかねない憤りをもしのぐ
叙事詩のような
小さな鼻歌の一節でもあるような、
膨大な物語の断片、
切なくも、
人とつながるための
偉大なる子どもの冒険としての敬意。

ケイコ         2011 4 19 4:00pm
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| 詩の世界から | 23:24 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

オノさん
ソウなんだ、なんだかげいの人と
出会うことが多いのでビックリです。
みんな会ってみたいナー。
しゃべりたいナー。

| ヒデコ | 2011/04/25 01:44 | URL |

今日は東京の、大好きなカフェで
知り合ったゲイカップル(日本人&外国人)と
話していて、おふたりの話になりましたよ。
彼らゲイカップルも、ハートをつなごうを見ていたのだそうで、素晴らしいドキュメンタリーだと言っていましたよ。

| オノ | 2011/04/25 00:40 | URL | ≫ EDIT

「まいあがれふしぎ」の詩がはらんでいるものをまた思い出しました。田んぼがひろがる景色のなかに溶け込まず、歩きつづける姿が見ました。

| けろたん | 2011/04/19 23:38 | URL |

震える存在を振りきって、時々突き抜けていくことは、ケイコちゃんの妙ではなくて、素晴らしき妙技だと気付いたのは、いつだっただろう。突き抜けて踏み越えてずっとずっと先まで行って欲しい。この国の因習のその先のもっと先の追いつかないほどずっと先へ、駆け抜ける爽快を私も感じるでしょう。

| kai | 2011/04/19 23:00 | URL |















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