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朗読する詩人ケイコの1988年の「原発を問う」二部作より その2                  だからやっぱり行く〈3日連続アップです。前のも読んでね)

dakara
岩国英子作 泥人形『やっぱり行くかあ』 写真 赤沢ヒロ子


今日は選挙の日。

昨年の夏の選挙には、投票所の小学校の体育館の入口においてあった
車椅子を使用しなければならないほど弱っていた。
足腰がどうのというより、その時は体全体が衰弱、動悸息切れで、
広い所を長いこと歩くことは不可能だった。
小学校の体育館も広い所。スーパーも広い所だった当時の私。
選挙の係の中には、車椅子の私に驚きを隠せない人もいるようだった。

今日は、打って変わって、しっかり歩いて投票所入り。
誰が番組見てたっていいわい、と頭の片隅が作動する。

ああ、あの日使った車椅子が入口にある。ある。
投票所にあるか、あの夏の日にはヒデコが確認してくれて、それで使えた車椅子。

今日は、県知事と県議会議員の選挙だから、
当然、原発銀座の福井県では焦点となるべき「原発政策」が、
必ずしも、明確に言えないのか、言わないのか、
ただただ、その焦点が潜在しているとしか思えない、
そんな候補者も多い。
まあ、みんな原発に支えられて生きている感あり、なんだろうから。
そのことを、まだこのままにしておいていい、と思っているのだろうか。
この期に及んでさえ。

投票所に一歩入ると、大音響が耳をついた。
投票券を渡しながら、その音のほうを振り向く。
「どうしてそんな大きな音で音楽を流しているんですか」と私。
「時間がわからなくなるので」と係。
時間を知ることと、大音響のポピュラー音楽との関連は、単なるラジオの役目か。

「私、ちょっと聴覚過敏があるので、音を落としていただけませんか」
落とすどころか、ただちに、その大音響は消された。

投票をすます。

「消してくださってありがとうございます。」と私。
「申し訳ございません」と向こう。
「私に謝っていただきたいということではなくて、いろいろな方がいらっしゃるわけだし、
音に敏感だったりする方は多いと思いますよ。それに、選挙の場所というものは、
厳粛な場所のはずではありませんか。」と私。

三人くらいの人が「申し訳ございません」。五、六人の全ての係が全員、私に頭を下げる。

なんてこった。
大切な候補者の名前を書こうとして、頭が混乱するほどの大音響を
平気で流している投票所なんて、今までで初めてだよね。

後でヒデコいわく。
「あの人ね。あの音がなければ本格的に眠ってしまうくらい疲れてたんだよ。
眠っていたの、知ってる? あの後はすっかり目が覚めたろうけど、
きっと昨日徹夜でもしてたんだろうね。」
「大音響がしたら、もう何も見えないよ。私なんて」と私。

前おきらしからぬ長さになってしまったね。

さてさて、今日は東京のあちこちで、一万人単位の「反原発」のデモが繰り広げられている、
とネット上で何度も何度も繰り返し届いてくる知らせ。
できることなら混じりたい。
いや、違う。できることなら、福井県内でそんなふうに意思表示したい。
この福井県でこそ。

そんな思いが、23年前の私の詩にも記されている。
そう、その時は実際に行って、その詩の朗読もひとつの意思表示としてしたのだったっけ。
ただし、それは石川県でのことだったけれど。

以下全文。

だからやっぱり行く     
            詩  米谷恵子(朗読のためのノート2『 最初の朝 最後の夕方』所収)

北陸電力があらわれた学校に
校長命令で呼び出された彼女のことも
歩道橋にステッカー貼って
凄腕の私服どもに
恐怖のうちに逮捕された彼女のことも
もしかしたらわたしのことかもしれない
あなたのことかもしれない

全国をかけまわるうちに
ステッカー事件のA子には
貼ったステッカーの数だけ
仲間からかえってくる声がある
それが皮膚の上にいくつものことばを描いて
詩のように
すてきな刺青(いれずみ)のように貼り付いている
そうA子は言った

表現手段があるって強い
あたしには
あたしにはなにがあるだろう
あの夜朗読をきいた後
校長と北陸電力にやりこめられたばかりの
B子はそうつぶやいた
あたしには……
と言ったあとほんの少しの沈黙があり
もう一度B子は
あたしには……と言って
一気に…なにがあるだろうと告げたのである

北陸電力があらわれるなんてもってのほか
だけど
総会のときにPTA会長がまいたたよりだってことは
向こうに問題にされてしまう余地があったんだ
そう気付いた彼女の深い深い自分への問いかけである

あるいは
思い出すのは
…じいちゃんもいまにきっとわかるはず…
とつぶいたC子のくちゃくちゃの顔である
ストップ原発のうねりにとけ
生きるよろこびいっぱいにして帰ったその日
どこから出してきたかわからぬ家宝のような刀
昔話のひとこまから躍り出てきたような刀
目の前で畳につきたてられ
うちの嫁にふさわしくない
国の言うことは正しいのだ
としゅうとにすごまれ
ひとり車のなかで
あおむけになってねた夜のことを語るC子のくちゃくちゃの顔である

はちきれそうな疑問符かかえた彼女たちの姿が
ゆっくりとよみがえってゆく

そして
敦賀原発から十七キロの住み家では
遠い昔ほつれたままの疑問符が
巨大な原発の黒い影に似た
ありとあらゆる相似形の影となって
押し寄せてくる

放射能検知器はガンマー線に反応して
空気中の放射能の数値を知らせはするけれど
ありとあらゆる検知器がそこではたったいま必要とされている
放射能だけではすまないのである
原発だけではすまないのである

においも影もかたちもなく
霧のようにこの地をおおいつくすものを
冷静に客観的に科学的に
思い知る検知器がほしい

裁判所で学校で
教室で校長室で
家で座敷で
道ばたで歩道橋で

女たちをおおいつくすぶあつい霧にふくまれる
素朴という名のあきらめの深さ
やさしさと忍耐という名の自己放棄
それらを測る検知器がほしい

すいませんと頭下げる首筋の地すべり
あかるい顔して死んでる右へならえの沈黙
それらを聞きとる検知器がほしい

感情的に主観的に
第六巻を総動員し
それらのねっこをつきとめるこころの測りがほしい

だから
やっぱり行く
ゲンパツ
ゲンパツというかけ声のなかに
産声のように聞こえる女たちの
やみくもな自由への手さぐり
陣痛のようにぽっかりひびわれる
女たちのでこぼこだらけの疑問符
しっかりこころにおさめるために

だから
やっぱりの行く
能登原発ストップの盛り上がりのただなかに
敦賀原発から十七キロのほどけない疑問符
巨大な原発と相似形のありとあらゆる
黒い影みなとみきわめるために

だから
やっぱり行く
ふるえるこころのアンテナたかくたかくして
霧ふりはらい
男社会の終着駅
裏日本の北陸の落ちこぼれの里から
原発現地から
だから
やっぱり行く
(了)


若干の補足説明。
これは、石川県の能登原発ストップの動きの中で行われた
反原発集会に行くか行くまいか、迷っていた前夜に作った詩。

私の詩の朗読が企画されていた中、
頭をかかえて原稿に向かっていたところ、トイレにたって、
実はトイレがヒデコの陶房にあるため、
彼女が作ったばかりの「やっぱりいくかあ」という泥人形にばったり会い?
その後、瞬く間に作ってしまった詩である。

23年たっても、何にも変わっていない、
男女共同参画センターができようと、
根っこの根っこのところでは何も変わってはいない、
男社会のみならず、家制度ばっちしの、バッチイこの北陸の現実に愕然とする。

でも、
でも、
今なら、皆に届くかもしれない。
少なくとも立ち上がらねばともう一度、
あるいは初めてでも思っている女たちになら届くかもしれない。

否、以前よりは、良心最優先のホンモノのフェミニストになりたいけれど、
まだなれない、なれないとあがいている、
北陸の福井の、石川の、富山の、新潟の男たちもいるかもしれない。
とっくにちゃあんとフェミニストしている男たちの数人はいるかもしれない。
レディファースト的旧フェミニストじゃなくってよ。

さて、ここは福井県。
若狭に15基ある原発、そして高速増殖炉もんじゅ。

これらのコワーイ、福島原発と同じ正体をいつなんどき露わにするかもしれない
多くの人にとって「一ヶ月前までは、美しい電気の元」だったものたち。
それらが、実は関西周辺の電気をまかなっているのも事実。

阪神大震災が起きた時、何人もの阪神地域在住の地震に遭遇した人から、
若狭の原発で何かとんでもないことでも起きたのか、
その瞬間、そう思ったと、聞いたことが忘れられない。

そして、琵琶湖もまた、若狭から30キロ圏内にすっぽり入ってしまう現実に、
私達はどう、今、考え、行動していったらいいのか。
この不安に満ちた明日を、どう希望に変えていったらいいのか。

自分の書いた23年前の詩に触発されて、
ああ、本格的にまた、詩を書きたくもなっている。

詩。
本当のことを伝えるために、言葉を尽くす詩。

夢や理想をメタファーや修辞で語ろうと、
幻想は幻想であることを突き止められる言葉を駆使したい。

そんな言葉の力を胸にもう一度刻みつつ、今日のブログを結ぶ。

そうそう、このブログの日記のカテゴリー、
「原発を許した国で」じゃなくって「原発も男社会もなにもかも許した国で」って
なおしたいくらいだよね。もう、本当に、まったくもって。

あっ、また「男社会」度を測る測定器が鳴っているよ。
止まらない。
止まらない。

だから、止めようよ。


ケイコ
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| 原発を許した国で | 17:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

聞こえるんだね、けろたん。
わたしも、聞きながら、ケロタンの姿も
見えた。

| ヒデコ | 2011/04/14 15:41 | URL |

朗読の声が記憶の中から聞こえてきます。声のうねり、いきおいとともに刻みたい言葉です。この詩は、いまもリアルに新鮮です。

| けろたん | 2011/04/10 22:55 | URL |















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