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むしょうに、のえと話したくなって

わずかな夕闇が追いかけてくる中を私は歩いていた。
今日、二回目のウォーキングといっても、
本当は、相方とのやりきれないやり取りの後に、
たまらなくなって二階のベッドに行き、
それから、夕がたの今や歩きなれた道を、いつもの意志的な歩き方とはまた違った、
どことなくやるせなく、できたらそこにくず折れてしまいたいような気持と共に、
しかし、歩みだけはゆっくりと確かに、ただ私は歩いていた。

ある人との電話での私のやりとりがやり玉に挙がった。

ケイコちゃんは、そういう人間関係の機微で大事にしなければいけないことが、
ちっともできないことがたまにあるんだから。
と相方。

すぐ修正したし、
誰が本当は最初に聞いたことかわからなくなってしまうことってあるんだよ。
と私。
だいたい、私が「特定不能の広汎性発達障害」の診断を受けてからか、
そういう機微がわからない人間だと決めつけることが多くなったとしか思えない。

だから、言ってあげているんじゃない。
だから、今までどうしよう、言えないな、傷つけるかも、
と思っていたことを、こうやってちゃんとに注意して言えるようになったんじゃない。
と相方。

私はあまり子どもと、もともとうんと話すほうではなかったが、
この半年余りの闘病生活とその療養のための早寝早起きで、
余計、深夜型のベロ亭の元「子ども」である立派な大人たちと、
話す機会が少なくなっていた。
だいいち、闘病生活じたいが人と話す気力すら奪ってしまってもいた。

でも、話すときには話した。
息子のカラとは勿論、最近ではある映画やらのことで東京の娘の早苗とも。
それに、京都のヤエとも、ここに来て顔を見れば最近は大切な話もした。
ハナとは、入院した折、ちょっとした電話のほんの一言でも、弾みある話もした。

ああ。でも。

私は、相方と一緒にいたテーブルを離れて、突然叫んでいた。

のえが、あの番組に出て、めちゃくちゃなことをインタビューされて言って、
場合によっては間違いだらけのことをいっぱいいっぱい言ったりして、
そしたらどんなに良かっただろう。
とことん本気で、のえの、のえしか持てない深くて大きな世界でものを言って、
あの番組で、のえが私たち親のことを言っていたらどんなに良かっただろう。

自分の中にあふれ出たものにとどめがさせず、
私は間もなく二階に上がり、ベッドに横になり、それから外に散歩に出た。
すでに、夕闇が迫っていた。

もはや、あの番組では亡くなった「うたうたい」として登場していた、のえ。

違う、違う、のえがあの番組に出ていたらどんなだっただろう。
ディレクター、ものすごく困ったろうなあ。
私も間違いなくうろたえたり、はらはらしたり、
でも、やつぱり、のえはのえ、あの子の第七感で言うことを、
結局は面白がっていたのだろうか。
それとも、そんな番組なんて出るかって、
ヤエとかハナとかなんてもんでなく、全否定でかかってきたかなあ。

歩きながら、あてどもなく私は思っていた。

そして、むしょうに、のえと話したくなった。

ねえ、私ものえと一緒で、人間関係の機微がわからない、
やっぱりKYなんだろうかねえ。
相方の声が、いつも子どもの頃の私を常に追いつめた母の声に重なる。
相方は、そういう私の母が大嫌いで、私が母を嫌う気持ちも分かっていたというのにだ。

あんたって子は、もう本当どうなってるの。あんたって子は。

相方は、私自身の母なんて以上に、35年も一緒にいて、私のことを知りぬいている。
でも。
でも。

私も、かつて、のえを追いつめたように、
相方も、のえを、追いつめた。
どうして、のえは、このことが分からないの。どうして、どうして。
私も、のえを追いつめもした。

いっぱいいっぱい、愛したし、かわいがったし、でも追いつめもした。
相方もそれは同じ。彼女なりに。私とは違うけれど。

ベロ亭を出て22年。いろんな時期があつたけれど、
大人になるべき時期が来ても、一向に「身が固まらない」のえに、
特に三十代半ばを過ぎてからは、本当にどうしたものか、
一緒にこれは考えなくては、というところまで来ざるをえないくらいまで、
そう、のえの諸行動は、いつもではないけれど、時に不可解で、突拍子もなく、
時に非常識に過ぎて、殻に閉じこもってしまうこともあったり、
人間と人間の機微にすごく敏感だったり、反対に気づかなかったり、、
でも、それはこの子自身のせいではない、
何かがある、としか思えないところまで来ていた私であり、
相方でもあった。

まともなこともいくらでもあるにはあった。
山ほど、生きる知恵も身につけていた。
そりゃあ、十代から一人で生き抜いてきたのえだもの、
私達なんて出る幕もないほど、たくましくもあった。
なにしろ、新宿のストリートで歌い始めたのえだったのだから。
いろんな仕事で頑張ってもいた。

でも、そんなふうに、時には、めちゃくちゃになったり、
ふさぎこんだりしてしまう、のえと、
私は夕闇せまる道を歩きながら、むしょうに話したくなっていた。
話したくて、話したくて、話したくて、たまらなくなっていた。

どうしたらいいの。のえ。
あんたは生きていて、あの番組をある意味めちゃくちゃにして、
そして面白さ倍増にしなくてはいけなかったんだよ。
あんなふうに、伝説のストリート出身の「うたうたい のえ」なんかとして
登場するのではなく、生きた声と行動で、
あの番組を破天荒に、今の番組以上にしなくてはいけなかったんだよ。
そうして、思い切り、少なくとも私たちには折り目正しいディレクターに、
私たち母親二人、そして私、そして相方、それぞれへの思いをひらいて語り、
語りつくして、ますますのえらしくなって、そしてついに、
カオスのかなたで、自分を見つけしんから肯定しなくちゃならなかつたんだよ。

でも、待てよ。
そんなこと、あのディレクターに、のえ、託せたかなあ。
それとも、やっぱり、第三者が入ることで、
ともかく秘密が守られる仕組みを通して、
あんたは自分をある程度は語り尽くさなければならなかつたんだよ。
少なくとも、この番組においては。

その前に、私はもっともっと、のえと語りたかったことがあるなあ。

人間関係の機微のずっと手前と向こう側にある、
自閉圏の人間にしかない、普通の人々が失ってしまったある感覚のことを、
もっともっと語り、共有しなければならなかったんだ。
でも、あんたは、そんなこととおに、数々の唄にこめて、
勝手にたくさんのたくさんの人々の前に唄を通して愛をさらして、
勝手にたくさんのたくさんの人々に迷惑もかけたり、戸惑わせたり、
そうして、一人の、一人の、どうしても一人でしか抱えられない苦悩を抱えたまま、
本当に勝手に旅立ってしまったのだつた。

それは、勝手って言ってしまってはいけないことだと、
勿論、私は判って書いてもいるのだが。
ひとつの、詩としても書いてもいるのだが。

ああ、のえとむしょうに話したくなった。

相方では済まない。

あの友人でも代われない。
ああ、あのもう一人の友人でも、このことは届かない。

のえでなければ。
のえでなければ。

いつもの行きつけの散歩道は今にも日が暮れようとしていた。

夜の散歩かあ。はじめてだな。

おおといの夜の会話で、
ある人が言った。
…聞いてました。

ある私の昔の姿にかかわる情報。
個人情報というほどではないにしても、私の特性にかかわる
私を本気で理解する気のない人、
結局本気で理解しようとしても感覚が分からない人間には、
あんまり言ってほしくない類のこと。

その情報を、その場である人から聞いた、と言ったその人も、
そのある人にも怒っている訳ではないのに、私はむかついた。
だから「むかつく」と不穏にも口に出した。
その二人に怒っている訳ではないことも断っておいた。

夜道になりつつある田舎道をたどって帰路につきながら、
私はふと気づいた。

何に私が「むかつき」、何が私をいらだたせたかに。

もうたくさん。
もうたくさん。

こんなこと、もうたくさん。

ただ、私は今、のえとむしょうに話したいだけなんだ。
ただ、私は今、のえとむしょうに話したいだけなんだ。

いつも夜空に、昼間には淡い北陸の青空に、
そして、のえの部屋の横で、
自然とのえと話している私はもうそこにはいなかった。

ただ、私は今、のえとむしょうに話したいだけなんだ。

それは許してよ。
それだけは許してよ。

私の第七感覚が作動して、私は夜空と向き合った。

いつものように、のえ!、と空に向かって言うことはなかった。

だって、私は今、のえと本当にむしょうに話したいだけなんだから。

帰りついた家で、相方の作ってくれた夕食をずうずうしくも食べながら、
彼女の声がいつものようには耐えられないことが、不思議でもあつた。

ここまでのことはなかったなあ。今まで。

でも、私には今日、すべてが見えたんだ。

相方は何にも悪くはない。何の罪もない。言っていることはすべて正しい。

でも、私には今日、すべてが見えたんだ。

のえは本当に、早く早く早く、逝ってしまったんだってことが。
どんなチャンスももうものともせず、さっさとこの世なんかに、
この世にちゃんとに生きられる人なんかに、
そんな人は本当はいないんだけど、
のえの理屈ではそんなふうなもので、
のえにとって、ちゃんとに生きていると見える人なんかにさっさと別れを告げて、
本当に本当に楽なところに、静寂のある豊かな世界に逝ってしまったんだということが。

のえ、今日はあんたと、むしょうに話したい。

18歳の私がなんであんたを産んだのか。
産まなきゃならなかったのか。
あんたがいたことが、私の成長をどれだけ助けてくれたか。
もちろん、私もどれだけのえを頑張って若いみそらで育てたか。

そこから、何が始まったのか。

私は話さなければならなかったんだ。
私は話さなければならなかたんだ。

のえと。
のえと。

私はむしょうに今、話したくなった。

静かに。
でも、ばかみたいにぶつかりながら。
とげとげしくも。
はちゃめちゃでも。
はらはらものでも。
静かにでも。
淡々とでも。

そして、あの番組は、のえの不器用で有名なmcのような語りで、
もう一つの、のえ的なベロ亭の真実が語られなければならなかったんだ。
のえが望んだなら。
のえがそう望んだなら。

望まないなら望まないで、そのことが、
あの番組に強烈に反映されているべきだったんだ。
のえの生きた言葉が背景にあって。
画面に出ることはなくとも。
それとも、のえの強烈な声のライブがそのまま映し出されたりして。

私は今日、すべてが見えてしまった。

私が何がいやで、何が大切で、
どうしてこんなにも、のえと話したいのか、が。

勝手だよね。

のえが勝手に逝ってしまったように。

私も勝手だよね。

人間、みんな勝手だよね。

人と人の機微なんて、機微違いで様々にちりばめられていて、
いらつくところは人それぞれ様々だよね。

ああ、のえが逝ってしまったこの世界で、
私は今、こんなにも、のえと話したくなってしまったことを、
どうしていいか、扱いかねている。

人間、みんな勝手だよね。
私も、勝手だよね。

ああ、のえと、40歳になったのえと、今日、私はむしょうに話がしたい。
とことん、お互いの世界を突き合わせながら、話がしたい。

そして、のえと私の違い、のえと私のいやおうない共通性を、
それぞれ読み解いて、他の家族にも分かるように一緒に翻訳作業をするのだ。
そして、その翻訳作業がこの世界に、自閉圏の人々がいることを、
そして、そんな人たちでも堂々と生きられることを示すのだ。

それなのに、
それを私は一人で、あんたのカセットブック作りでしなければならないんだよ。

勿論、のえの記憶を共有してくれる人はいる。
相方は勿論、きょうだいも、友人も。

でも私は一人で、あんたのカセットブック作りをしなければならないんだよ。

自分の存在がいつの間にか誰かにかすめ取られているかのような、
そんな存在の希薄さを、分かち合うあんたがいない世界で。

私は、のえのカセットブック作りに着手しなければならないんだよ。

たまに人間関係の機微が分からないことがあるかもよ、
あまりにも人に会わなさすぎるかもよ、
そんなことを言われながらも、向き合って、向き合って、
のえの世界に向き合って、
聞こえない、のえの声と、会話しなければならなんだよ。

向き合って。
静寂の中で。

しんしんとふける夜の、向こう側へと。

夜道を歩きながら、今日、すべてが見えた。

誰が何と言おうと、
むしょうに、のえと話がしたい私が、
今、ここに生きているということ。

今こそ、日本がこんなになってしまった今、
のえさんの唄が必要とされるときよ。

そんな声を遠目に聞きながら、
私は、むしょうに、のえと話がしたい私が、
今、ここに生きていることを持て余す。

持て余す私が、
最も身近な人をも巻き込むことを、また持て余す。

ケイコ
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| のえと共に | 20:22 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

けろたんさん。本当にいつも自分に向かって書き込んでくれてるな。そう思っていますよ。『慰めたいと思って書いてないかも』まあ正直なお言葉。そりゃあそうでしょうね。でも、『書いてないかも』に潜在意識ありと見たら駄目? ふふふ。「死」は存在をきちんと見つめる作業なのだと、お二人のおかげで明確化できました。心情の作業はもうしたというか、いつも欠かせないというか。ほとんどの人が、「存在」を見つめることが苦手なこの時代に、あの震災、原発と今、私達は問われているのでしょう。「死」が描かれもした、でも、本当はその死の向こうの確かだった「生」こそ描いた、あの『のえルーム』。そして、ほとんどの親しかったはずのビアンたちから、ノーコメントの番組となったことの奇奇怪怪。まあ、日本人の思考と哲学は、どんどん裾野を狭めているとしか言えない気がします。また、辛口ですんません。
ここからは、あらためてブログにでもいつか書きます。いえ、本に書くべきでしょうね。そろそろ。

| ケイコ | 2011/04/07 11:26 | URL |

ええっと、コメントは、すみませんが書いた人を慰めたいと思って書いてないかもしれません。私はものすごくエゴイストなので、自分に向かって、じぶんのことを書いていることが多いです。

| けろたん | 2011/04/07 11:04 | URL |

『天国での再会を心待ちにする』わかりますよ。でも、わかりません。心持ちというもののあり方において、リオさんも、そして私に寄り添いたいあまりのケロタンさんが言いたい、伝えたい思いもわかります。でも、このブログの日記の内容で交わしたいことは、そんなことではありません。いえ、誰かに慰めても、励ましてももらいたいことでもない。
そう言い換えてもいいかな。それでも、共有できることってあり、ということも私は知っています。本気で発達障害者のこの年代の友人を作りたいと思い始めています。いや、もう少し若い人でも、とにかく大人の人で。
心情の問題ではないのです。存在のあり方の問題なのです。

| ケイコ | 2011/04/06 23:30 | URL |

10年ぶりに会えるはずだった、のえちゃんとの再会が、地上では永遠に叶わなかったこと。私にとって大きな痛手です。そしてまた、天国でしか会えない人が増えてしまった。天国での再会を心待ちにする時は、しょっちゅうです。

| けろたん | 2011/04/06 20:31 | URL |

こんなブログ日記の、リピーターにどうもなってくださったらしき、リオさんの書き込み続き。ありがとうございまーす。なんと、おきついお言葉。私が負けそうな、神様っぽい「真理」に、お答えできる言葉は特に今すぐ見つける気もしません。私は心の問題も、社会の問題も、鏡のように裏表、そういう社会性なり、差別を見据える目ははとことん身につけているつもり。それとも、クリスチャンか何かの立場からの励まし? 間違ってたらごめんなさいですが。
自死遺族のこと、発達障害のこと、どの程度ご存知か、まずお聞きしたいところです。マジですよ。懲りずに、まあ懲りてないから、書き込み続きなんでしょうが、よ・ろ・し・く・ね。

| ケイコ | 2011/04/06 15:48 | URL |

 『天国も地獄も、一切は内にある』

 人を傷付けるのも、人を癒すのも、人だと思います。

 そして、期待しているからこそ傷付くのだ、とも。

 普段自覚はなくても、何かを期待してしまっているのだと。

 でも結局人は、人でしか癒されないと感じています。


 

| リオ | 2011/04/06 12:49 | URL | ≫ EDIT















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