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本当に10万人の人が見てくれたの?再びレズビアンマザーについて(番組について、29日30日と二日連続でアップしています)

私達が、ハートをつなごう「ゲイレズビアン特別編」にほぼ1時間、
-30分ずつ2回だが-出演してから、ほぼ1ヶ月以上がたった。

アレから地震、津波、原発事故、リビアの戦争と人々が心をいためることが
いっぱいありました。

もう、番組のことを話題にするのは古いぐらいです。
でも、再び、レズビアンマザーについて書きます。

なぜなら、アメリカのハリウッドから
「キッズ・オールライト」というレズビアンマザーの映画が日本に輸入され、
4月29日から、ロードショーで公開されることになったので
その映画を観る前に、改めて、日本のレズビアンマザーと子どもの話を
書く必要を感じたからです。

日本のレズビアンマザーの歴史は、
悲しいことにレズビアンコミュニティから徹底した排除を受け、
私達は、楽しいレズビアン仲間とのレスボス島時代の後には
(30年前からレスボス島にいたよ(加筆)3月13日付け当ブログ)
10年近く、そうしたネットワークから離れていました。

こうした経緯によって、
当時日本のレズビアンムーブメントの動きは失速し、
私達二人を排除したことでムーブメントが本来なら持つ豊かさ、しなやかさ、自然さを失った
そう、つよく意識しています。

一方で、私達が、1980年代、1990年代に、
ベロ亭やきものキャラバンのたゆまぬ歩みと共に、企画、実現していた
ケイコの詩の朗読会や、ケイコの発案による詩の群像劇などの表現や
私自身の他ならぬやきものを通した表現も
日本におけるレズビアンフェミニストムーブメントとして
位置づけられることも、共有されるべき女たちの財産として意識化されることもなく、
今日まできてしまいました

ほんの一握りの女たちはそれを意識していましたが。

そうしたことは、NHKの番組の枠をこえ、女たち自身のこれからの課題なのでしょうが。

とにかく、子どもがいることと、レズビアンであることが、
自然なこととして受け入れられなかった、
レズビアン原理主義的な傾向が強かった時代のことです。

息子が、中学を卒業するころ、
息子が同級生にクリームシチュウーを作るだけで
嫁さん要らないなーと言われるくらい女性観の古い片田舎で、
一体誰に、母二人がいることを話せばいいのだと、
その葛藤を私達に打ち明けられました。

テレビを観た皆さん、あの息子ですよ。
うちのかあさんは、レズビアンと言う詩を書いた息子です。
つまり、あの詩は、自分自身の葛藤を突き抜けようとして書いたものです。

息子が、最初から、母たちを賛美して書いたという誤解も、
視聴者の一人から受けましたが
葛藤の中で書いたものを、「今から考えれば」と後から振り返って
話していたシーンだと私は理解しています。

その息子のために、16年前、京都の国際婦人デーに開かれた
当事者の分科会に、レズビアンマザーの中では排除はないだろうと
重い腰を上げて、私一人で出かけていきました。
残念ながら、当時の息子ほどの年齢の子どもは、日本にいないことがわかり
アメリカに行くようにある参加者から言われてしまいました。

ところで、息子は今31歳です。
今村ディレクターとほぼ同世代ですか、ははは。

息子は、たくさんの葛藤を生きてきました。
私もまた、合せて子ども5人という現実を、山越え谷越え生きてきました。

あの時、息子は話せるレズビアンマザーの子どもか、
判ってくれる若い仲間を探していたと思います。

今回、10万人位の視聴者があったと聞いています。
誰か、息子と話してくれましたか?
あの時、京都の分科会に参加していた
レズビアンマザーの子どもは
今、きっと20歳くらいにはなったでしょう。
誰か、息子と、番組放送後はなしてくれましたか。

いや、日本のレズビアンマザーの子どもよ。
誰か、息子の空(から)と話してくれましたか。
キッズ・オールライトという映画のフィクションの中に入る前に
現実に放送された画面の中の彼と誰か、
実際に連絡をとって話をしましたか?

想像してください。彼が生きてきた道のりを。

実は、私達二人にも、熱い友情のエールが、親しい異性愛者から
親しい同性愛者の友達から、意外にも余り届いていないので、
ふと16年前の息子のことを思い出したのです。

今日は、子ども5人のうち、
息子のことだけを、親心でとりあえず書いてみました。
ヒデコ
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| 虹色カミングアウト | 02:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「気づき」「自覚」「普通の人」「純ビアン」と続く、カッコつきの言葉にガハハ笑いたい気持ちと、笑えないしゅんとした気持ちが交錯しますね。「普通のビアン」は「純ビアン」かなんて、論争にもなりませんよ。2007年に新宿のとある場所で持った私達のカミングアウトをかねた、ややクローズにした集まりですら、バイと自覚?する、かなり権利意識も自由な意識もつよい友人ですら、「本当に行ってもいいの?_」と駅に着いてから電話してきて、「あなたが来れなくて誰が来るのよ」と言って「励ました」こともあります。純ビアンたちの原理主義いまだ健在というか、そのトラウマはフラッシュバックして、虹色以上の多様性を生きる人々を排斥するというパラドックス。ところで、日本よりはオープンな国って具体的にどこですか。私は日本語教師という仕事を通して、様々な国のセクマイにも触れてきました。最近の私達がオープンに楽しくつきあえる友人は、残念ながら四十代以下、若い人の未熟さに時にあきれつつも、対等に行きかわせるものは大切にしたい。いい意味での好奇心と相手への尊敬というか尊重の欠落は、永遠に新しい課題だと思います。
あきらめずに、日本よりオープンな国で生き楽しんでくださいよ。そして、ネット上だけではなく、顔を見ていつかお話したいものです。

| ケイコ | 2011/03/31 16:20 | URL |

娯楽対象

 お気持ち、わかります。
 私自身「気付き」はあったものの、「自覚」が遅く、結婚も出産も(ついでに離婚も)経験しています。
 私にも23歳の息子がいます。
 日本に比べればオープンな国に住んでいますが、それでも……です。やっぱり「普通の人」の考えること、思考する態度は世界共通なのだな……という想いを強くするばかりです。

 今好きな人は女性ですが、それ以前の事を考えるとバイかもしれないと思う時もあります。
 でもそうなると尚更「コミュニティー」の風当たりは強くなるんですよね。
 以前参加していた提示番では「純ビアン」なんて言葉もありました。
 今ネットのみで参加している所には時折想いを綴っているのですが、訪れる人は多くてもコメントはゼロです。
 参加者の年齢が概ね若いせいでしょうが、タダ楽しく・面白く読んで、終わり……という感じです。
 「年齢を超えた付き合い」をしたがらなくなっている、と別の友達も言っていましたが、それってお互いの
 「好奇心と尊敬の欠落」
 だと思ってしまうのは、やっぱり古いんでしょうかね……。
 
 

   

| リオ | 2011/03/31 13:19 | URL | ≫ EDIT















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