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今日は「鎮魂」の地元FMパーソナリティ

今日は、月一回、第二月曜一時過ぎからの、ヒデコの地元FMパーソナリティの日。
昨夜、そうだそうだ、と地震のテレビをはさみながらも、
ヒデコがいつも毎月ごとに用意する様子を片目で見ていた。

言っておくが、このパーソナリティの仕事は無償。
その分、気遣いなく自分流に展開できることがいいって言えばいいらしい。

もちろん、片耳でも聞いていた。
あれ、このクラシック、なに、へえっ、て、
私はふんわりと、とてつもない爆睡状態から目覚めたのだった。
いつも、ラテンアメリカの曲を流すことにしている、
この番組で、珍しくクラシック。それもこの曲かあ……。

私はここのところ、とんでもない疲れが出ていて、
昨日は昼ね二時間、夜寝…なんて言葉ないけど、要するにちゃんとに寝る前の仮眠…三時間。
そして、夜一時から今朝の午前十一時まで、十時間、ずっとずっと爆睡。

で、一緒にサラダとパンの朝食食べて、今日は一緒に行かずに見送って、
いつもは聞かないことも多いのに、ちゃんとに歯まで磨いて聴きました。
ヒデコの四十分ほどに渡る放送を。

最初に地震への思いが手短に話されて、
なんと彼女が選曲していたのは、岩手地方の子守唄。
哀切な歌声の響きが、東北の人々の言葉に尽くせぬほどの被災へと寄り添いたい思いを、
切々と伝えるような、そこにはこんな唄もメロディも生きているんだよって
伝えるような、そんな胸締め付けるような歌声。

それから、ヒデコは、地震当日、ツイッターでどんなに様々な情報が、
流れて、役に立ったり、人々を互いに励ましあったりしていたかを語る。
それから、東京の娘の安否の確認やら、揺れる四階建ての部屋で、
その日も仕事をし続けなければならなかった娘のことを語る。
午前二時過ぎに帰路についた娘が二時間歩いて部屋に帰るまで、
眠れず、絶えずメールでやりとりしていたことも語る。
それからも、トランジスタラジオをベッドの傍らに置いて、
一人一人の安否情報を聞きながら、仮眠状態で眠ったことを語る。
千葉の私の姉とやっと連絡が取れたこと。
仙台の親しかった友人と全く連絡が取れないことも語る。

いつもラテンアメリカの曲を流しているこの番組ですが、と断り、
今日は、私の今の気持ちを表すこの曲を……
と、流したのは、エルガーのチェロ協奏曲。
えつと、正しい作曲者名や曲名が言えないんだけれど、
そう、まさにその曲のチェロ奏者は、ALSという体が麻痺していく病に侵され、
わずか28歳で演奏活動を止めざるを得なかった、
えーと、なんていう人だっけ。

この曲、実は、私の姉の元夫が一番愛していた曲だった。
彼はチェロも奏し、元気だったときは、姉のピアノと合わせたりもしていたものだった。
が、若年性パーキンソン氏病を発症、四十代で亡くなった。
だから、この曲は、彼への鎮魂の曲でもあり、
この曲を奏した天才的女性チェロ奏者への鎮魂の曲でもあった。

そして、それはヒデコの、地震のすさまじい映像を見つづけた後の悲しみと、
被災地への鎮魂の思いを重ねてもいる、私にはそう届いた。

その後、ヒデコはとうとう今日の本題にやんわりと入った。
もはや是か非ではない、現実にこういうことがあるのだ、
と言うことが誰の目からも明らかになったこと。
そう、あの福島原子力発電所が、ついにどうにも後に引けない悲劇の幕を開けてしまった、
その話を淡々とし始めたのである。
それは、ここ福井県が、どの県よりも多くの原子炉を構えている県か、
を問わず語りに語る、淡々とした、人間のおろかさへの震えるような悲しみと怒りを、
伝える声だった。

そして、今日の三曲目、最後の曲。
それは、なんとあのジャニス・ジョプリンのGet it while you can『愛は生きているうちに』。

このCDは、のえの愛蔵版からの選曲だ。
久々のジャニスの、訴えるような、求めるような、でもどこかあきらめたような、
でも、やっぱり求めずにはいられないような声が、
ぐいぐいと私の中に入ってくる。
その声はやがて、私の中で、あの「のえ」の声と重なり、
響き渡る。

「手の届くうちに受け入れなさい、ええそうよ。
HeyHey 手の届くうちに、生きているあいだに……
愛に背を向けてはいけないわ……NoNoNo ああ手の届くうちに」

涙があふれた。
巨大地震で命を奪われた数え切れない人たち、一人一人の生。
今も生きようとして、なんとか生きようとして、
避難を待つ人たち。避難所で寒い夜を不安のうちに過ごす人たち。

そして、のえ。逝ってしまった、のえ。

ジャニスの命日は1970年10月4日。
のえの命日は2008年10月5日。

そして、そして、余りにも多くの人々が地震とツナミにのまれつくされたその日は、
2011年3月11日。

今も、どこかで救援の手を待っている人もきっといることだろう。

私は、余りにも逆戻りしてしまった体調をもてあましながらも、
祈る。祈る。ただ、平常を最低限保ちながら。
少しずつまた回復できるだろうことを、信じながら、
今も私が生きている不思議をかみしめる。

放送が終わってすぐヒデコに電話した。
…良かったよ。
ジャニスの声がのえの声と重なってしまって…

あとは涙声になってしまった。

<追記> 尚、この放送は→
http://www.ustream.tv/channel/tannanfm
ネット上 USTREAM ではいって、tannanfmで(たんなん夢レディオ)で聞けます。
今日14日の深夜、午前1時15分から1時59分まで。
正確には、日本時間1月15日、午前1時15分から。
世界中で、ヒデコの声が聞けるわけだよ。

ケイコ
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| ベロ亭から | 15:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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