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30年前からレスボス島にいたよ(加筆)

ここのところ、二人で、この地がふるいふるいと書きまくっている気するが、
アチコチのブログや、関西で会った初対面の若い人とかにも
昔の福井は今よりもっと難しい古いところで
どうしてそんなところにずっといたのかとか
どうして、そこで、ベロ亭を貫けたのかとか
全国的にも60歳以上のレズビアンはいないんじゃなかったのとか
だから、お二人はすごいみたいな~。

いろいろ訊かれ続けている。
コレはセクシュアルマイノリティの歴史を余りにも知らなさ過ぎるのか。
だから、私達が見えないからか。

確かに、周りから、「可哀想な独身女性」と勘違いされて、
「立派なシングル女性」だって、腹が煮え繰り返るくらいの、セクハラ発言を、
市民運動仲間であった「既婚女性」から受けるくらい
私達二人がレズビアンであることが
この土地では30年前からずっと、誰からも見えなかったのかもしれない。

ところが、実際は、
たくさんのビアン仲間が、毎週のように京都や富山からやってきて
一緒に遊んだり、当たり前のように子育てをサポートしてくれてもいた。
飲んだり、腕相撲したり
子どもたちともたくさん遊んでくれて
ひとりが乗って来たバイクに子どもを交互に乗せたり
海水浴にみんなで行ったり。
大工仕事を一緒にしたり、山の洗濯物をたたんでくれたり。


ベロ亭の子どもたちは
若いレズビアンに囲まれて、レズビアンをたくさん見ていた。
30年前にね。

「Yはまた、カノジョをかえたねぇ」
とか、自然と、そんな彼女たちを、子どもたちは判っていたように思う。

私達も、その頃は何の孤立感もなかった。
京都の大学生の若々しいレズビアンたちに囲まれ
30歳前後の私達はレスボス島にでもいる気分だった。

私が、高校時代の恋の物語を番組で語ったが、
レズビアンのコミュニティーは、その後、間もなく東京ではできていった。
ケイコの誘いで、パーティーや、ミーティングに出た。
私より若い人がほとんどだったが
驚くことに、自分の性的指向を暮らしの選択と全く違う「趣向」にしている人にも会った。
フェミニストでないレズビアンの生き方と、
自分はかかわりのない者と感じた。というか、そうした存在を理解できなかった。

中には、人生の課題や、運動として、レズビアンを捉えている人もいたかもしれないが。

私は、子どもの頃から抱えていた自分の性的指向を、誰からも理解されないなかで、
ずっと肯定できないでいた。

ケイコとの出会いの時から、
まさに同性愛を肯定されたその瞬間から
人間として、生きる哲学をもって、
人間が自分の性的指向をを思考するのは、
既に、人間が変わりあうことを基調にした、
社会変革をめざす活動をしていたから、私にはごく当たり前のことだった。
そりゃー、2丁目にも行ったっけどね。

ケイコとの出会いの最中、私がそれ以前に、ドイツ哲学で読み込んでいた中で、
「弁証法ってケイコちゃんわかる?」って訊いたら、
彼女が、1冊のヘーゲルも読まない人だったが、
きちんと人生の課題を、人が乗り越えながら「止揚」して生き続けなければ
生きていけなくなることをすでに知っていたのだった。
こうして、二人は、お互いの鏡を通して、「原点」を容易に確認しあえた。

だが、その当時、日本で始まったばかりの性的マイノリティーの幾つのかの場で、
私達はけっして肯定されたわけでなかった。

レズビアンなのに子どもがいることへの全否定があった。
あの頃始まったばかりの、この辺の歴史的問題を
いつかきちんと、私達は語りたいし、語らなければならない。

本当は、私達が子どもと共に生きるために、レズビアンとして何を大事にしてきたのか、を。
どんなことに違和感を持って生きてきたのか、を。
ホンモノの自由の獲得とはどんなことかを。

少しづつ。語りたい。
一過性のブログやツイッターではなく、
次の世代への遺産としてだ。

子どもを結婚で作ろうが、人工授精で作ろうが、子種として貰おうが、
人間として、乗り越えてきたコトが透けて見えることって
たぶん同じだ。
あの番組で、伝わる人には伝わったように。

人の中にある、始まったばかりだったり、立ち消えそうでもあったりもする、
弱弱しくも大切なものが、
どれだけ大事に大事にできるかが問われているのだ。

時代的に、余りにも見えにくく、
目に見えるようには形成されにくく
既成の価値観の中では否定されやすいものでも
実は、日本中に散在し
それを、本当の意味で大事にできなかった
日本の「フェミニスト」たちの問題も。
日本のセクマイのコミュニティーの問題も。

語りだそう。

二人をきちんと呼んでくれれば、二人できちんと答えていきたい。
バーチャルな世界から、ふれあいのある関係へと、
今こそ連なって行きたい。

ヒデコ

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