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なぜこのマチで生きてきたのだろう?(一日後加筆)

今日も、隣の集落まで、朝食後、一人でウォーキング。
またも、車一台にも、人間一人にも会わず、1℃の寒さもものともせずに歩く、歩く。
それでも、四千歩程度。淡い青の空があり、溶けてきたとはいえ大雪の名残の田の雪原の広さったら。

午後、かなり切ないというか、この土地で生きてきた私達のつらさをアップにするような、
そんな事態が持ち上がり、気分転換に今度は、わが集落をひと巡り歩いた。
要するに放送の余波とも、後始末?の仕方に類する課題が、
かつてここで生きてきた歴史と共に、ちょっと複雑に浮上したのだ。

いろいろなことを歩きながら思い出した。
私たちは最初の出会いの旅のはてに、なんでこの土地に行き着いたのだろうか。
十数年前から愛想を尽かしながら、それでもなお、ここで生きてきたのだろうか。
生きてこなければならなかったのだろうか。

この土地での、様々なあつれき、すれ違い、衝突、葛藤、
そして何よりも価値観の大きな、余りにも大きな違いによる、私たちへの誤解、曲解を思った。
そんな中でも、軽々と、時に命削って、通したこちらの筋道もあった。

人が人であること。それは、不純物のない試験管の中で生かされるのとは違う。


だから、「わたしは周りに、マイノリティの親なんかたくさんいたから、当たり前だった。
この人たちは、自分たちだけ特別だと思っていたんだねえ」
なんて、私達の番組に対して短絡にのたまう、どうやらレズビアンマザーに育てられたらしい、
21歳の「お嬢様」の、
「つぶやき」にはあきれはてる。
同類?が群れて安心する心理構造は、マジョリティたちが無意識に持つことが多い、
傲慢さとさして変わりがないこともある。いや、それ以上の安易さとも映る。

番組の感想で、「思ったより」良かった、と言った人も何人かいたけれど、
そういう人には、明らかにしてほしい。
どんなふうに思ったより良かったのか。

このテーマの割には、とか、これは主にマジョリティ側の発言に潜んでいそうだけれど
田舎で暮らしている割には、とか、
年配の割には、とか
NHKの割には、とか
それとも、もっとまともな、なになにの割には、とか、
つくのだろうか。

ゆえに、「思ったより良かった」とは、場合によってはひどい発言と取れなくもない、
そのことに言った本人は気づいているのだろうか。
いったい、何を漠然とでも、はっきりとでも思っていたのか、言いたまえ、君。

かつても言われたことがある。
「私たちは周りに仲間がいて恵まれていたから」。
関西在住のレズビアンマザー当事者からの、「あたたかい、好意に満ちた」発言として。
何を持って、どんなふうに恵まれていたのか、
どんな仲間がいてラクができて恵まれていたのか、
明らかにしてほしい。

番組を見て、家族の形態がどうあろうと何も変わらない、とだけ言った人、
その意味をちゃんとに判って言っているんだろうか。
男と女が作る家族も、女同士が作る家族も変わらない、という意味だろうけど。

私は番組の冒頭のメッセージで、しかと言っている。
「このつながりのかけがえのない輝きはもちろん」と。
その含蓄にどれだけの人が気づいているのだろうか。
何も、本当に何も保証されないつながりの中だからこそ、持てた輝きのことを。

確かに、物質的なあまりの貧困、人間関係の余りの乏しさ、
は、時に多くの人を疲弊させ、心を狭め、物事の本質を視る力をなえさせる。

それに抗うには、内面的な知力とでもいうべき、
魂の軸になるような、一本筋が通った思う力が、いつなんどきも必要だ。
絶望のさなかでも、荒海にもまれる木屑のような事態の中でも。

もちろん、「感動の余り、言葉がない。」と見た直後に言った人。
「秀逸な作品」と評価する人には、
おそらく見るべく向こうにあるものが、この番組であえて不可視にしたものが、
おおよそは、あるいはもしかしたら、ちゃんとに見えてもいるのだろう。
それは、嬉しいし、
そういう方々は、
この番組に向けてきた、この2年半の紆余曲折や、
丁々発止ではありながらも、至福とも言えるディレクターとのやりとり、
そんなはてのはてのはてに、この60分の番組が成り立っていることに、
少しは思いを馳せられる方々なのであろう。

二回目のウォーキングの途中で、最近友達になりつつある、
若い人に車の窓から呼び止められた。
結局同乗して、ベロ亭まで帰った。

ヒデコが元気でない、と聞いて訪ねてくれた人。
この間、番組を一緒に観る会にいてくれた人。

彼女が持ってきてくれた、はるか、というかんきつ類をつまみながら、
この土地での今までと、これからを、ふと思った。
はるか。
はるか。
はるか。

ところで、自分の集落の入口で、友人に呼び止められたのも、
即座に、その車に同乗したのも、
ここに住み始めて、30数年たっている私にしても、
初めてのことであった。
だからってなんだ。

おいしかったよ。
はるか。
はるか、かなた。

ケイコ



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| ベロ亭から | 17:47 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

多くの人の手と足が関わっているからこそあるはずの、あの田園風景の中でかみしめる限りないコドク。自分の胸の中でしか確かめられない感情の生々しさを、今も私は忘れていません。どうして私はここにいるのか。あの時も、今も。

| けろたん | 2011/03/05 20:56 | URL |















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