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本来の回復をかみしめながらウォーキング

今週は四日間続けて、ベロ亭のある集落を二周とか、隣の集落まで一巡りとか、2000歩から4000歩程度のウォーキングを欠かしていません。

それというのも、明日から月曜日まで、大阪と神戸へ、五月以来、実に八ヶ月近くぶりに、遠出するということがあるからです。町を歩くということは、足がしっかりしていなくてはかないません。エレベーターやエスカレーターだけではすまないこともあるかもしれません。

でも、久々の関西行き。それも15日は、わたしたちの大切な放送に向けて、大切な人たちに出会うことがあるし、明日14日は、やっとようやくとうとう、念願の、漢方も処方するという、新大阪の心療内科にも出向きます。それから、一番私が調子の悪かったときに来た、神戸の息子とその一家にも会いたいなあ、と。

欲張りすぎると疲れてしまうので、ぼちぼちと思いつつ、最低限すべきこと、したいことをつなげると、三つくらいはすぐ埋まります。いやいや、そうそう、ヒデコは、尊敬する世界的陶芸家ルーシー・リーの展覧会にも行くといっていましたっけ。私も、のえの大切な友人の一人、二人がちらついて、本をいよいよ書き出す前に、会いたいなもう一度と気がはやります。

ここに報告します。できるだけさりげなく、小さななんでもない報告のように見せかけて、
ここに報告します。

私は、とうとう一昨日から、酸そう仁湯という漢方の睡眠薬とも言われる漢方薬で、
一昨日は六時間、昨日は五時間、昨日から今日にかけては六時間、
眠れるようになりました。
それだけではまだ、もちろん睡眠が足りないので、西洋薬も考えられないほどわずかですが、
のみついで、眠りをほぼ八、九時間確保しています。

そのくらいの睡眠はもう、この一ヶ月くらいとれるようにはなっていました。
ただ、漢方薬がここまで効くという現われには、至っていませんでした。

誤解を招かないように言うと、酸そう仁湯、漢方の睡眠薬と言われるほどの、
千年、二千年の歴史ある漢方ですが、
漢方である以上、いわゆる睡眠薬とは違います。
ごくごく自然に眠れる体質にしてくれていく効果がある、という、そういうものです。

一昨日、いつもは三時間しか効かないのに、えっ、六時半、と時計を見て、
六時間もったことを知った後、思わす゛寝ているヒデコを起こしてしまいました。
「漢方だけで、六時間寝れた。六時間。」
あとは涙が溢れます。喜びの涙。そして、かみしめます。
この七ヶ月の日々の山を峠を谷を。

おそらく、これからは、六時間が七時間に伸び、八時間に伸び、
私の必要な睡眠時間まで、ゆっくりゆっくり春くらいまでかけて伸びてゆき、
そして、ある日、漢方薬さえのむのを忘れて寝てしまった後、
いつものように朝が来ていることに気づく、そんな日が来ることでしょう。

つまり、自力で自然と眠っていることでしょう。

それを自然とできている人にとっては、何の話やら、と思われるかもしれません。
私だって、放っておいたら、十時間くらい自然と寝れていた、
五人の子どもたちには、眠り姫という異名をいただいたくらいの人でしたから、
眠れない、ということと無縁の人のこともまた、判るのです。
もっと眠らなかったら、もっと起きている間にできることがあるのに、
と思っていたくらいでしたから。

副作用を出した薬は、軽い抗うつ剤でしたが、
睡眠効果が非常に高い薬剤でもありました。
とても質の高い、そして私に必要な九時間ほどの熟睡を、
甘美なユメと共に提供してくれるという、シロモノでした。
起きる時、現実に返っていくのがいや、ってなくらいなものの、
睡眠をもたらしてくれていたのでした。

私は断薬で、それを奪われました。
それがどれほど残酷なことだったかは、
いずれゆっくりと闘病の記録として、克明に報告したいと思います。

私に起きたことが不眠症だったとすら、私は思っていません。
私は眠る機能、眠る体のからくりを奪われたのだ、と思っています。
すなわち、それはいわゆる不眠症ですらないと。

これについては、余りにデリケートなことで、今まで記すことができませんでした。
これについては、余りにつらいことだったので、今まで闘病の最も根本にあることとして、
ブログで掘り下げて書くことはできませんでした。
トンネルの中にいて、年末に近くなり、ようやくトンネルの向こうが、
かすかな光と共に見えても記せませんでした。

西洋薬、すなわち向精神薬でもある現代医学の睡眠剤、
それも最も軽いものしか使っていませんが、
それにほとんど頼らずに眠れるようになってきた今こそ、
やっとここにこうやって報告できるのです。

レスリンという薬剤の断薬でもっとも残酷な後遺症は、
眠る機能を奪われることだということを。

あらゆる試行錯誤の果てに、
私はここまで来たことを、
今日は、摂氏二度にしては暖かい冬の日ざしを浴びながら、
隣の集落まで四千歩ほど歩いて返りながら、
笑みを浮かべながら、私はかみしめていました。

本当は、こんなブログを書いている場合ではありません。
明日行く、漢方も取り扱っている、新大阪のクリニックのために、
今までの経過報告を書かなければならないからです。

でも、その前に、このことをどうしても書きたかったのです。

ここまで、来れたのは、のえに起きたことが示していることの、社会的個人的問題の大きさでした。

また、ゆっくり書きますが、
最初に大量服薬をいきなりされる経験をへる人々の、その背景には、
ウツもあるけれど、不眠も大きな問題としてあることも、最近知りました。
あるいは、ウツでもないのにウツにされてしまうこともある、ということも。

この件で語りだしたらきりがありません。

日本は、東洋医学をもっともっと認めて、
広めて、精神医療でも救われる人たちがいることを認めるべきです。

一昨日、漢方で六時間寝れたことを真っ先に報告したのは、
この数ヶ月、日々、私を支えてくれた、
友達の若い女性鍼灸師のMさんでした。

漢方で眠れた、ということは、
薬で眠れた、ということとは随分と違う、という、
奥の深い東洋医学の概要や説明は折に触れてしたいと思います。

そして、今度こそ、精神医療の大量服薬と副作用軽視の問題、などなどに、
その項目を、ベロ亭のブログにも作って、
意識的に、包み隠すことなく書き記していきたいと思っています。

そして、薬剤パーキンソン、被害者とも知り合いたいし、
経験を普遍化する作業にもいずれ着手したい。

もちろん、薬が欠かせない統合失調症の人々のことも、
息子のことと共に、
じっくり考えて生きたいと思っています。

心配してくれてきた友人たちへの報告に替えて。

ケイコ
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