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小さな宝物のような瞬間たち

昨日から本格的に冬入り。

おとといの公園の芝生に横たわって見た空の広がりの美しさと、
はけではいたような白い雲の美しさが忘れられない。

ウォーキングと称して、車で十分の海岸にも行く。
ヒデコが近くの風呂に入っている間に見た夕日の目にしみるような
海と空の境目。見ながら歩く。歩く。

何ヶ月ぶり、いや何年ぶりに入った映画館で、
結局はヒデコに背中をさすってもらっていたけれど、
大画面で見るシーンの、なんということもないのだけれど、やっぱり醍醐味。

福井市の、そう小さな県の小さな県庁所在地の町並みの、
階段の多さと、それなりあとからとってつけたみたいなエレベーターの
へんな場所にあることあること、そしてその数の不思議な多さ。

鍼灸院に行くのか゛、週に二日になったので、
少し作れる時間の中、なんとかヒデコと週に何回か、
一時間でもゆっくり歩いたり、自然を眺めたりする時間を作る。

できなかったことごとの、
もちろん今もできないこともあるけれど、
でも、今はなんとかできることのうれしさに、
生きている、生きている、と胸がゆっくりと脈打つ。

信じられないような闘病生活のはてに、まだまだ先はもう少しあるにしても、
見つけるなんでもない時間の深さ、かけがえのなさ、うれしさ。

ところが、今日の私は焦っている。

もう少しで届きそうでまだ届かない、大切な幾つかのことごとが、
私を突き動かす。
それもまた、宝物のような私の仕事。私らしい仕事。
早くしたい。
早く手をつけたい。手を伸ばしたい。

まだ、力が足りない。
まだ、もう少し。
まだ、もうちょっと。

おとといの空は語っていた。

ほおらいるよ。
のえも、
母も、
父も、
あの友人も、
あのひとも、

ほおらいるよ。空のあの輝きの中に、と。

手を伸ばしたい。
もう少し。
もう少し。

貴重な瞬間を抱きしめながら、
マーケットでの食品選びさえもが大切な時間であることをかみしめながら、
私のこの半年を投げ捨てる。

けっして忘れはしないけれど、
私は私に、またなっていく。
私が私でなかったわけではないけれど、
でも、もう一度私が私になるとき、
私はきっと今までの私でもあるだろうし、
今までの私でなかったりもするのだろう。

小さな宝物のような瞬間が、
まわりはじめた時間のなかで、
ことことと音を立てて、ケイコだよ、ケイコだよ、という。

ああ、本格的な冬が来て、
のえの生誕日も来て、
二月には五十代最後の私の誕生日もきて、
私はかみしめている。

歩いている足を、
言葉が巡りだす私の脳裏を、
そそくさといつのまにか簡単な料理をしている
私の手元を、
今までは持たなかった、五右衛門風呂の敷板を、
水が含んでいても持ち上げて、
よいしょっと半身浴をする自分を、
その力を、
その力のまだあったことを、
目の前にはいつもヒデコが忙しく動いているけれど、
金曜日だけは留守番デー。
ひとりがそれなり楽しめたり、過ごせたりする
当たり前な自分があることをも、かみしめている。

私たちは、たくさんの宝物のような瞬間を寄せ集めて、
その何倍もの苦しみやつらさや苦悩を
きっと押しのけていくのだ。
捨てるのではなく、抱きしめながら、
でも、よいしょって押しのけていく。

そんな瞬間が、苦悩すら輝きにしてくれるのを待ちつつ、
もしかしたら現れはじめたものを見つめつつ、

私は今日も生きている。
寝る。起きる。動く。
できることをする。
できる小さな小さなことをする。

寝る。起きる。

寝る。起きる。

ケイコ
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