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芯から語り合えたとき、ひらく真実

3月22日は、かなり多岐に渡る人たちが集まり、話が散漫になってしまった感は免れませんでした。私たち二人も併せると、なんと15人の人が集まったのですから。

開催時間以前からなんとか集まれた、のえのキョウダイ四人。どちらかと言えば私たちの友人三人。でも、のえの大切な友人もこの日は、二人来てくれました。「ポジティブな宿題」に向かうYさん、そして、実に実に久々に現れた、Nさんでした。彼女は、長居公園の仲間でした。そして、のえの最後の部屋の引越しやらに考えられないほど尽力してくれて、でも、「のえルーム」が軌道に乗る頃には、姿を見せなくなっていました。だから、聞きたかったことを、思わず個人的に聞いてみたり、すぐに帰ってしまうのでは、と焦って、私の態度としては、全体のバランスを欠くことになったかもしれません。

3月23日、平日に戻った「のえルーム」。一年前、のえルームの改修工事に信州から駆けつけたKさん、やはり私たちの友人もう一人、という中に、長居公園の元野宿者だった「おっちゃん」を連れて、Iさんが現れてくれました。

彼はいつも入口付近にいて、どんなに忙しくても少しだけ参加してくれていたのですが、この日は、すすめると奥のほうに入ってきて、今までと違う、なにかを感じ取りました。のえの歌に心を動かすたびに、「結婚してくれ」とのえにほほえましく言っていたという「おっちゃん」が帰ってからは、Iさんの、のえの孤独を巡る、「のえルームに来る人のノート」の書き込みについて、私が質問したことから始まって、とおとお、彼は語りだしたのでした。

彼は、のえが深く関わったことのある、ある人と、のえがその人と離れてからも、関わり続けて、その生と死を見つづけた人でした。そんなことを巡って語る彼の言葉は穏やかで、静かで、人の生と死を突き抜けて何かを見つづけた人の持つ静謐さを持っていました。

このテーマを巡る話は、長く長く続きましたが、私たち二人は命を洗われるような、深く静かな衝撃と共に、のえの人生の見え方が一枚も二枚も変わった気がしました。もっともっと深く、ここに、のえの人生を見守っていた人がいたのだ、そんな感慨もありました。

のえが唄う時、裏方をしていたという彼は、「何かすることある?」と声をかけるのえを信じてくれていました。「いいよ」と言いながら、「のえは何も手伝わない」と言う人もけっこういる中で、「うたうたい」としての、のえがやりきってくれることを見守ってくれていたといいます。

こんな人の存在に支えられて、のえは唄をうたいつづけられたんだ、とつばを飲む思いで聴きました。

そうして、のえの唄が、より凄みを増しながらも、大丈夫かなあ、と思わせる「不安」や「心配」を呼び起こすものとなっていった、とも彼は告げました。

一年かけて、やって話せた、というIさん。彼とゆっくり語れた時間は、のえの生と死の、もうひとつの真実をひらいてくれた、という感慨の深さに、私たち二人は、ただただ、人が生きて死ぬ、その事実に、祈りの姿勢と共に、手を合わせるような気持ちになったものでした。

その場に居合わせた、あと二人も、50代の大人で、人生の起伏を経てきていて、良い聞き手だったと言う気がします。

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| のえと共に | 17:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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