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その日その日の色合いと共に過ぎた『バイバイのえルーム週間』

3月21日の、のえルームにミナミとオツがいてくれたことは、とても大きなことでした。間近にのえの二十代の、東京でのストリートミュージッシャンとしての姿を折に触れて見聞きしていた二人のことです。

のえのギターのピッキングがその頃からいかに独特のものであったかを、オツが「もたっているのか、もたっていないのか」のえタイムの独特の間があったことを話してくれました。これは最後までありつづけたことと、私は思っています。ミナミは、のえの先輩ストリート、オツは同輩という感じで、だからこその、のえとの関係の違いを反映した感覚に基づく、いろいろな思い出話には、不思議と、のえタイムをたゆたうような、感慨を覚えました。

それから、前回も書きましたが、「かぞえうた」をカバーでミナミが自分のライブで歌ってくれたことの大きさ、すごさ、については、なにかかけがえのない発見があったような気がします。彼女は、一度きり、と言いました。人のカバーは歌わない人なのです。本来は。聞きながら、涙が止まらなかったけれど、その日の晩は、何かが抜けたみたいに、すとんと静かで平静な私がいました。のえ、という存在が、歌を通してさえ、ちゃんとにその人の中に存在する、という発見は、生と死を越えて、胸に落とす、すごい力があるのだと思います。

それには、ミナミの魂をかけた唄いっぷり、も大きく作用しています。のえの唄い方を尊重しながらも、ミナミならではの味付けというか、解釈がなされたその曲は、その時、新しい命を得たかのようでした。
最後の、「とおくとおく、さりゆかん」のリフレイン、には、ぐぐぐときました。

また、アベさんが、のえの「ありのまま」の歌の衝撃を語ったことも心に残っています。また、私がのえのCDブックの原稿書きにあたることが、命を注ぐような、のえの歌に匹敵するような作業だ、という指摘には、頭が下がる思いでした。私自身の中にあるハードルの高さをこんなふうに感じていてくれる方の存在はかけがえがないのです。そして、それを表明してくれる人がたとえ一人でも、大きなことなのです。

オツがのえと共に聞いた、ニーナ・シモンのレコード「ヒアカムズザサン」もかかりました。

一つ、気に留めたこと。ミナミの信頼するミュージッシャンの一人、彼は大阪在住で、ミナミのライブの時、彼の唄も聴き、なかなか独自の世界を築いているすごい人だな、と私たちも思った人ですが……が、大阪のライブハウスでのミュージッシャンの状況は、なれあいと甘えの世界に堕ちているという、彼の実感でした。

一年前、のえが亡くなる頃の現状がさほど、今とかけ離れているとは思えません。そして、意外なほど、大阪で活躍するミュージッシャンが「のえルーム」に現れないこととも重なって、大阪でののえの音楽活動とはなんだったのか、あらためて思いをはせました。

21日に一人一人が話してくれた大切な事々のすべてを書ききれませんが、この日の雰囲気を少しでもお伝えできたとしたら幸いです。

ケイコ
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