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セミナー『深い悲しみを癒す』に参加して

2月も最後の日曜日、はるばる名古屋まで、自死遺族のためのセミナーに行ってきました。往復車で、急きょ同行することになったヒデコの運転で、二人で参加、ずしりと充実した、満天きらきらの命の星がささやくような、そんな一日になりました。

講師はこの道のことを話してもらったら相当のもの、と後でスタッフから聴いた水沢都加佐氏。悲嘆を癒す、という試みにおいては、なかなか内容のある話が聴けて、それはそれで良かったと思います。

その中でも、日本人は、喪失体験を持っている人に対する接し方が最もへたな民族ではないか、という指摘には、そうそう本当にそう、と頷くばかりでした。私も、のえのことがあるまで、そういう一人だったと思います。お悔やみのひとつもはっきりと言えないような、こういうときの指針を何一つ持たないような、そんな自分を省みます。

きっと相手の痛みに立ちすくんでしまって、しゃんとして言うべきこと、するべきことがわからなくなって、逃げ出したくなってしまうんでしょうね。ほんの一言のしずくのような真実が癒すこと、ほんの少しの抱擁が伝えることの大きさすら、私たちの前ではかすんでしまう、へたで無力な立ちすくみはそれゆえでしょうか。

そして、失ったその人の替わりなど誰もできないのに、別のキョウダイにむやみと託して、「何々ちゃんの替わりにとか、その分までとか」言われることの負担感、理不尽感への無神経さ、などなど。

のえのキョウダイの一人は、「のえの分も」というようなことをある身内に言われて、なんともいえない腹立ちを感じたと伝え聞いています。

講座では、自死で亡くすということの前に立ちはだかる、遺された人自身の、それよりもっと以前の子ども時代の、ありとあらゆる喪失体験の点検をも促します。これを見きわめていないと、それらが地雷原になって、喪失体験の相乗作用になっていくことをかみくだいて語ってくれます。

ただ、そんな子ども時代の喪失体験は、親子関係に根ざしたことが多いので、子どもを自死で亡くした人には、やや言葉足らずに終わってしまう側面は否定できませんでした。

講座の中では、亡くした対象に、手紙を書くという作業もありました。五時間の講座の中で、私はついていけたけれど、まだまだその作業に至れない人、その時間の中ではどこかギクシャクそれに向かえない人もいたようです。

このセミナーを催した『リメンバー名古屋』の三人と、大阪や滋賀の会の人三人と、二次会で、のえの歌を聴いてもらえたことは、今回大きなことでした。のえのCDブック制作の話は進みだしていますから、こういう機会は、のえが生きた証がさざなみのようにじわじわと広がる、そんな一つの貴重な機会となった気がします。

彼らの耳傾け方も、真摯でしんとした集中力があって、本当にありがたいものでした。そこに集まった六人ともに、何らかの形で自死で、つれあいを子どもを親を親友をキョウダイを亡くした体験の持ち主で、その大きすぎる悲嘆をくぐりぬけながら、あれこれの試みを手放さない、それぞれの在り方には、つよく打たれるものがありました。

私は、「のえルーム」のことやら、CDブック制作のことなど、もちろん話をさせてもらいました。

こんなふうな、碧玉のような出会いを、私は少し前まで、予測することすらありませんでした。ありがとう、のえ。

ただ、セミナーの中で、対象にきちんと「さようなら」を言うこと、それはもしかしたらまだできていないかも、とそのことを思うとどきりとする胸を感じながら思いました。

CDブック制作のプロセスが何かを示してくれるのかもしれません。

ケイコ
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