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嬉しいような、悲しいような

期待の、和歌山の初日のキャラバンは不調だった。
最初の3時間くらい、話したいひとや覗きに来られたひとがポツリポツリ。
外が暗くなり、和歌浦湾を一望する絶景を、カーテンで遮る頃、お客様がポツリポツリだが入り始めた。
その一人、A子さんは、11年ぶりの再開で、徳島から、フェリーできてくれた。
11年前とは、リマにエクアドルからついたばかりで、ある意味、夢のような時間をキトで過ごし、旅の味わいが満ちていたケイコ、ヒデコがA子さんとチョウ君カップルにあの、簡素な、長期滞在型の台所の付いた、ペンションイバラで出会ったのだった。ほんの数日だが日本人の若い爽やかな二人と旅以上の話を語らった。
ペルーの各地の話はもちろん、田舎暮らしができそうな、日本の九州、四国の人びとを紹介もした。
彼ら二人はまだ世界旅行の途中だった。
彼らと別れた後、私達二人は、リマの小さなアパート暮らしを初めて、ケイコはリマの日系人に日本語を教えたりしなから、旅は美しく続いていた。その直後から丁度11年。私達の人生は波乱に満ち、
人生感を変えるような出来事が起こり続けた。
ペルーで然り、日本の家族においても。
3人のべロ亭の子供が病み、そのひとりを亡くした。
わたしもガンの闘病中にこうしてキャラバンをしている。
ところがA子さんもお連れ合いを1年前に亡くされいた。
そんななかでの突然の再会だった。
彼女は、そのペンションイバラでの私達二人の、ピンピンに元気で楽しそうな写真を持ってきてくれた。ケイコはそのあとの11年に思いをはせながら、その写真を食い入るように眺めていた。
キャラバンはそのあと少し、和歌山のネットワークの人びとが連なり、売上はきびしかったが、キャラバンらしい時間が流れた。
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