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さまよえる言語中枢

細々と続けていた日本語教室に、あらたに四人の生徒が加わった。

昨日はその一人、19歳のHさんとの授業が始まった。
彼女は、小学五年生から日本に来て、ここ地元の小学校と中学校、
そして定時制高校を卒業した。
三ヶ月の赤ちゃんのいる、日系ブラジル人の若い母親でもある。

『文化と偏見』と題する小文を、
日本語能力試験の一級受験を希望している彼女と、
昨日の授業で始めた。

思いのほか、彼女の知らない語彙の多さに立ち止まった。
それでも「俗流民族文化論」なんて言葉は仕方ないと思える。
それにしても「俗」という言葉の意味を伝えるのはなかなか難しかった。
「典型的」がわからず、そのポルトガル語も知らなかった時には、
「どっちもわからないのね」と確認。
ところが、ほんの少し時間がたってから「tipical」というスペイン語に反応して、
「タイプ」を出したりして説明すると判って来た。
「豊富な」も判らなかった。ひとつひとつの漢字を説明しなんとか突破。

浮かび上がってきたのは、
彼女は日本に来てから、言葉で意識や感覚を「わかるまで」刻む、ということを、
ほとんどせずにやってきた、という事実だった。

それは、自分の感覚を確認したり、
自分の考えを定着したり、けっしてしない、という生活態度しか、
十歳から日本に来た彼女には身に付けられなかったということを意味した。

「もともと文章を読むのは苦手だった」と、
ブラジルでのポルトガル語の授業をふりかえって彼女は言った。
一級合格を望むのなら、
だいたいわかればいい、という態度は捨てなければならないことを私は告げた。
百パーセントわからなければだめよ、と。
でもね、それは日本語を押し付けたい、ということではないの。
家族といつも会話しているポルトガル語でも、
一生懸命判るまで考えるということなのよ、ともつけくわえる。

彼女の頭の中の日本語を少しだけ覗いてみて、
いかに彼女の言語中枢が宙に浮いてさまよっているかがわかる。
それは、各地の在日外国人の児童生徒の現実と、
ストレートにつながっていることであるのは自明の理だ。

母語のポルトガル語でも、
第二言語の日本語でも、意思の疎通がきちんとできない人間が
こうやって存在している。
あながち日本人の若者だって、「豊富な」は判っても、「典型的な」はわからないのかもしれない。

さまよえる言語中枢は、
考えるという指針のない人間となり、
あるいは羅針盤を持たない船のごとく、
ふわふわとなんとなく、不安をかかえ、生きがたさをかかえ、
そして漂着する。

そう『ひびき日本語教室』へと。

ケイコ
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| ひびき日本語教室 | 21:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

chaiさんのブログも拝見しました。誠実な努力家のお父さん、という印象を受けました。日本語学習者も千差万別なら、その支援者も十人十色、一人一人教え方も人間味も違うものですよね。支援者の個性、違いさえ認められないボランティアグループが多いこの地では、ご自分の努力をひたすら信じるだけです。また機会があればお会いしましょう。

| ケイコ | 2009/08/30 00:54 | URL |

はじめまして。本日はお忙しい中私のために時間をいただきましてありがとうございました。
同じ、国際交流を愛するものとして、大変未熟ながらも日本語学習を通して外国人支援を志すものとして、これからもいろいろ、手ほどきいただけたらと思っています。
一口に日本語教育と言いましても、その教え方接し方は、教室によっても、インストラクターによっても、10人10色。
どれが正しいのか、正解なんてまったく持ってない世界だと思います。一番大切なのは、相手の立場に立つことと情熱なのでは・・・。自分が逆に外国で生活する場合を常に想定しながら、私は臨みたいと思っています。いつの日も・・。
私もYAHOO でブログを開いております。
よかったら覗いて見てください。

| chai | 2009/08/24 20:16 | URL |

あけられなかった扉を私一人で開けるかどうかなんて判りません。私だけが責を負えることではないですから。
今日、クリニックの待ち時間に週刊誌を読んでいたら、犯罪の加害者にさえ、十数年前までは物語があった、今は物語のかけらもない、という記述に出会いました。寂寥を意識できない、すさまじい寂しさの時代なのでしょう。

| ケイコ | 2009/08/12 18:40 | URL |

20余年前に通っていた大学の教師と話していたら、今の学生の思考能力がかなり落ちていて、授業が大変と聞きました。それは文章、言葉遣いで如実にわかるのだそうで、疎通が困難だそうです。「日本人」「外国人」、何層にも複雑にわかれる各々の境遇の中で、すさまじい言葉・意識・体験の断層が拡がっているのでしょうか。涙が出てきそうな事実ではないですか。この教室が、開けられなかった扉をひらく瞬間になりますように。

| けろたん | 2009/08/12 09:56 | URL |















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