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ほめ言葉が侮辱になるとき

あの人はそういうんじゃないでしょう。
ちょっと違う、レズビアンとかゲイとかとは。

あなたは障害者らしくない障害者ねえ。話していて気持ちがいいもの。

えっ、彼、精神障害者なの。ぜんぜんそう見えないけど。

見えない真実。
見えても見ない事実。

それが人々を、その言葉の持つ本当の輝きに向き合わせない。
なぜなら、人々にとってそれはマイナスの価値以外の何ものでもないから。
そこまででなくとも、その本当の事実のおもみに向き合うのを逡巡させる何かがあるから。

言葉が言葉として輝くのは、どんなときだろう。

言葉をもって自己を語るとき、本当に伝えるとはどんなことだろう。

今日、私の言葉がテレビで紹介された。
私自身の人生の底の底から、たち現れる深いさざなみのようなものが、
波動となって聴く人に伝わっていく様すら見た。

泣けた、とある人から感想をもらった。

いいや、そんなんじゃないだろう。そんなはずがない。
ひとつだけ、筋違いな感想も来た。

そして、考えた。

名乗るって何なのだろう。
告げるって何なのだろう。

名乗ったって、告げたって、そんなんじゃない、
そう否定すらする人の存在について。

ほめられ、ほめられ、場違いなほど、ほめられ、
吐き気がした時のことも思い出した。

名乗るな。
告げるな。
という意思、
強固な意志の存在が見える。

それは実は、侮辱という名の石つぶて。
それは本当は、無知という名の偏見の壁。

ゆえに、それをしのぐ言葉を探す。
ゆえに、それを砕く言葉の筋道をたぐり寄せる。

ケイコ

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