PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ある日本語の生徒の帰国

先週、私の日本語教室の生徒の一人が帰国した。彼女は、南アジアの小国の出身だ。五月だったろうか。彼女が教室に現れたときはびっくりした。そのときだけは、ほとんど他の生徒と変わらない月謝を払い、 翌月からは払えなくなったとのことで、「奨学生」となった。研修生として地元の小企業で働いている彼女の登場は、 その誠実さ、まじめさ、日本語力の高さで、 合流したクラスの生徒のブラジル人女性二人をおおいに刺激した。彼女たちは十数年住んで身につけた日本語、 研修生の彼女は、来日前の三か月で必死で身につけた日本語だった。時々彼女はクラスに現れなかった。来られないという連絡はほとんど怠らなかった。残業が長引いたのがいつもの理由だった。来れば他の二人を驚かせる頭の良さだった。帰国前に母国の料理をごちそうするという約束が、 明日帰国するという日に果たされることになって、 その国から来た研修生の若い女性三人と共に、 彼女が日本の一年間を暮らした簡素な家におじゃました。私の生徒だった彼女は、率先して来客に気を使い、料理をサービスし、 他の同国人の同僚の女の子たちのお母さんのようでもあり、 お姉さんのようでもあった。飛びぬけて出来る彼女は、常に同僚の研修生四人の先頭に立って、 わからない日本語を仕事の中でも教えていたりしたらしいと、 次々とやってくる、彼女たちを支えた、心ある市民たちの口から聞いた。驚くほどの薄給でがんばる彼女たちを、ご近所さんとして、 職場への通りがかりで知り合ったやさしいおばさんとして、 支えた日本人の女たちが次々とやってきた。私の生徒だった彼女は、その日いちにちかけて作った手料理をふるまいつづけた。同じクラスだったブラジル人の女性二人もやってきた。この二人の自然なふるまい、やさしさもうれしくしみた。ごちそうになったことに恐縮して、慌てて包んだ私とヒデコのお餞別を受け取った瞬間、 彼女の両目から涙があふれた。涙は止まらず、彼女自身の内面への問いかけが、 涙とともに日本語の言葉となって、私とヒデコにもらされていく。帰るのがつらい、また、明日同じ道を歩いて仕事にいけないと思うとつらい、と彼女は言う。過酷な条件で働いてきたにもかかわらず、彼女はそのつらさに自問する。なんでだろう??涙があふれ、彼女の瞳はどんどんくろく、くろく深い闇に吸い込まれていく。これほど深い闇に向かって自問する瞳の向こうにあるものを、本当はわかっていない自分を私は鋭く意識しつつ、その深い、限りなく深い、その質だけは、あるがままのものだけは受け止めようと、私はその時間に耐えてとどまった。小一時間近く私の腕の中で彼女はポツリポツリと語り、そして泣いた。彼女の魂の底にあるものにふれた私の体は、翌朝起きた瞬間、そこにあったものが、アジアの貧しい小さな国を出自に持つ彼女の、帰国後の日々への、魂をえぐられるような苦悩であり、絶望だったと悟った。彼女は結婚するのだろうか。親の決めた結婚をするのだろうか、とふといつか言っていたことが頭をよぎった。数日後、ブラジル人の二人のクラスがあり、このアジアの小国から来た研修生の 女たち四人が、最後の給料を削られ、彼女の経営者への最後の挨拶にすらそっぽを向かれた事実を知った。私は、最初にこの町に到着したばかりの一週間、食事が出るという約束も果たされず、一軒家にぽんと取り残されて、女ばかり四人で不安なあまり、 ほとんど寝ずに夜を過ごした事実を、ブラジル人の二人に伝えた。ブラジル人の二人は、彼女のつらさを思い、涙が止まらなくなった。研修生とは名ばかりで、人間扱いされてさえいなかった事実が浮き彫りになってからだった。あの最後の晩、私の腕の中で震えながら泣いていた彼女のことを思い出す。彼女のくやしさ、彼女のつらさ、そして家族に会えるはずの母国ですら、彼女を打ちのめす日々が待っている事実を思い出す。そして、日本語を何時間か教えることしかできなかった自分の無力さをかみしめる。暗闇に向かって私の腕の中で泣き続ける彼女に、「プライドを持って」としか言えなかった私をかみしめる。何分も何十分も泣き続けたあとに、「もう泣くな」とそっと言うしかできなかった私をふりかえる。ブラジル人の二人もかみしめるようにいった。もっと早くに知りたかった。もう何もできない。ひどい。ひどい。本当にひどい。彼女があんなに日本語をがんばっていたのだから、二人も頑張ろう。私は涙が止まらない二人に向かって言い、クラスへと向かった。二人は余計涙が止まらなくなった。日本語を教えることのおもさが迫る。アジアの小国から南米、そして日本の私のあしもとへと、日本語を教えることのおもさが迫る。
スポンサーサイト

| | 00:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/539-40aafd26

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。