PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

わたしはいつも間に合わない

わたしはいつも間に合わない。母のときも、姉のパートナーのときも、福井の大切な友人のときも、 父のときも、そして八月に亡くなった益満さんのときも。そして、のえ、のえの十月はじめのそのときも。お別れのときわたしが朗読させてもらった、 のえの東京時代の女友達からののえへの手紙。「大声でさけびたいのですが、この想いをお花にそえて贈りたいと思います。 最後に逢いに行きたい気もするけれど、いつかまた逢える時まで、 楽しみにしていたので、このまま10年以上も前のゲタのまんま、 今度またいつの日か、どこかで逢える遠い日まで、 その太陽のようなまん天の笑顔で残しておきたいと思います。 ゲタはどんな時でも、私が何をしようと 『ムラギシはムラギシなんやから、そんでええんよ』と やさしくすべてのことを受けとめてくれたので、 私も、ゲタの選んだ道を信じて祝福したいと思います。光いっぱいの最高に幸せなところで楽しんでな、 おこるで!! いっぱいの愛をありがとう。たくさんのファン、みんなの中で、 いつまでも生き続けてね。また、あおうね。愛を込めて ムラギシ」いつも下駄をはいているのえは、 東京時代、ゲタと呼ばれていた。やはり東京時代の私の友。「のえとわたしは同じようなところがあって、内気で頑固でね。ずいぶんいっしょに歩いたり、コンサートへいったり、映画の試写会へ行った。ほこ天に毎週通ったし、 いっしょに歌った。のえが初めて、ライブで歌ったとき泣いて、 東京を離れると聞いて泣いた。 ゴスペルを聴いて、ピアノでもゴスペルを弾いて、泣くのを止められないけれど、 心を鬱にしないように、押しとどめています。 あんなにすごい子はいないわ。ずっと思い続ける。ふゆこ」 この手紙は、三日ほど前に届いたばかり。まだ、ここに載せたい、のえのことを書いてくれたブログや、 手紙はあるけれど、今日のところはここまでに。ヒデコが何人もから、 「ケイコちゃんが心配」と声をかけられている。それは私という人間への心からの言葉なのか。それは血というものへの、一人一人のめまいなのか、ゆらぎなのか。心から、おそらく心から、 言葉もありません、とも聞く。聞く。聞く。 のえへの言葉はないのか。 のえへの悲しみでつなぐ言葉はないのか。たくさんのありがとうとともに、 それでも今わたしはめぐっている。いつも私は間に合わない。十月初めの、のえのそのときも。米谷恵子 2008年10月18日午後5時18分
スポンサーサイト

| | 16:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/535-e247aedf

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。