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雨と風と雷のあとの涼しさの中で

ここのところの暑さの中で、
昨日、今日とひんやりとした涼しさが心地いい。
嵐のような雨と風と雷が二日間断続的に続いた後の静けさ。

昨日も、今日も午後遅めから日本語クラスやらクラスの準備やらで動いている。
そんな仕事の最中も、汗だくにならないから、久々に落ち着いて仕事ができる。

実は、ここのところ一挙に日本語教室の生徒の人数が減った。
若干打撃ではある。

家族三人が二組、夫婦が二組、仕事や家族の事情でやめた。
ひと組の家族は、どう見ても三人ともやる気がなかったから、
二ヶ月続いただけでもましかもしれない。
あくびを露骨にしたり、時計を見たり、態度が悪いとなんとも言えない気分になった。

だから、ということだろうか。
今日は、気持ちのいい、淡々とした、コンスタントなやる気のある生徒のクラスが続く。
教室は少しさびしいけれど、そんな充実感が、これでいいんだ、と思わせてくれる。

外国人生徒の気持ちのコントロールが難しい。
そこそこできると、わずかでも厳しいことを言うと、
もういやになってしまったり、別のレジャーが優先されたり、
そういうこともあるみたいだ。
本当はそんなことは、知ったことじゃあない。
だんだんなんだかばかばかしくもなってくる。

そろそろ、また五月のオープンミニフェスタのような機会を持って、
この教室が教えるという「仕事」をしているだけではない、
私が教える人形というわけではない、
ということを知らせていかなければ身も蓋もないってことになるのかな。

さて、ブラジルから来たばかりの四人の子どもたちのために、
教育委員会に働きかけた結果が、
学校レベルで教えることになったのを
その子たちのお母さんに電話して昨晩知った。
その子たちのお母さんとは何度も会って話して、
私がその子たちに教える約束を交わしていたから、
彼女が私の努力の結果そうなったのを知らないまま、
「学校で教えます」と言われると、なんとも言えない空しさを感じる。

ほれ、また見たことかあ。
どんな努力もするべきではありませぬ。
そんな気分にもふと傾くものさえある。

ただ、早めにその結果を連絡してくれるだけでよかったのに。
ただ、今日は無理だと知らせてくれるだけでよかったのに。

そんなことが多すぎると、本当に誠意ある生徒にしか教えたくなくなる。

人様の時間をどんなふうに思っているのか、とも言いたくなる。

そんなとき、この涼しさ、この静けさの中で、
ふとなんとも言えない悲しさがしみる。どこかが不意に痛む。

昨日の昼、大雨が降りだし、次の瞬間すごい風が渦巻いた。
背の高いアサガオのポールがどさっと倒れた。
庭での食事に使うプラスチックの緑色の椅子も二つ舞い、傾いた。

その瞬間、海をはさんだ向こう側の敦賀の海辺でも、
四つの巨大なテントが吹き飛ばされていた、
と、今日の新聞でさっき知った。
友達からのお見舞いメールは、だから来たのだな、と分かった。

無事ですよ。
うちは背が高く育ったアサガオが倒れただけですみましたよ。

クラスは今晩は夜11時まで。
午前零時までやっているマーケットで少しでも安い食料を吟味し買い物。

閉店間際の店で、同い年くらいの女性の店員に思わず、
「遅くまで大変ですね」と言うと、
「遅くから働いていますから大丈夫ですよ」と返ってくる。
そう、私も遅くから働いていますから大丈夫、内心繰り返す。

涼しさが心地いい。
静けさがしみる。
どこからとも言えない悲しさが降ってくる。
でも、ちっとも悪くはない一人。

午前零時過ぎに帰宅し、丹念に作った夕食を食べながら見た、
金子みすず、を扱った福井のテレビ番組はいまいち。
ただ、一瞬、その番組では触れられなかった、みすずの短い人生を思う。
ずっと画面の向こうにあった彼女のあの有名な
かたく閉ざしたようにも、意志的にも見える、
若いのに老いたようなポートレートが痛い。

今朝は、雷がひどかった。
起きだしてきて、テレビのコンセントを抜き、
電話のコンセントを抜き、
パソコンだけは訳が判らず抜かなかった。

そのことを生徒に話したら、
ブレーカーだけ落とせばいいのに、と言われた。
判っていたけれど、それだけでは済まなかったと私。

雷はブレーカーをも通してしまうことがあるはずだった。

実は、十年ほど前、うちに雷が落ちた。
テレビもステレオも電話も全部だめになった。
まだ、パソコンは持っていなかった。
二十数万円にのぼる被害だった。

ヒデコは雷が落ちた瞬間テレビの隣にいて、
テレビに鋭い光の柱が立つのを見た。
何万ボルトという電流が流れたのは、
人の体ではなく、古くなってはいても
まだまだ使えたはずのうちの根幹である家電製品だった。

テレビを見に来た修理屋さんは、
テレビの中が黒こげになっていると、見せてくれた。
テレビを黒こげにした電流が、家まで黒こげにしなかったのは、
不幸中の大きな幸いに違いなかった。

今朝の雷はそのときのことを私に思わせるほどすさまじかった。
一番すさまじかったのは、ベッドからやむなく起き上がったときだった。
おそらくそのとき、雷は真上にいたのだと思う。

それから、光るたびに、
雷がとどろくまでの数秒を数え、真上でないことを確かめた。
雷は、長いこととどろき、鳴り渡り、やがて小さくなって、去った。

一難去って、また一難。
一難去って、束の間の静けさ。

私は人生に大きな節目をつけて、やたら眠い。
どうしてこんなに眠いのかと思うほど眠い。
人生56年分の答えのように眠い。
それなのに、今朝は雷に眠りを邪魔されたから、
なおのこと眠い。
体がとろけそうなほど眠い。
だから、
濃いブラジルのコーヒーを飲んで、眠気をふり払ってクラスをする。

昨日はふり払えなかったけれど、今日はなんとかふり払えた。

ヒデコは娘の「招待」で、今日からタイのチェンマイだ。
離れていても日本のどこかにいるときとは、やっぱり違っていて、
遠くにいるんだなあ、という感覚がすなわち距離感そのものでもあり、
ふと一人が際立つ我が家。

チェンマイ近郊のやきものの村やらで、どんな収穫があることだろうか。
たとえ数日でもゆっくりして、人生の深い疲れを少しは癒せる旅になるだろうか。
母親一人、娘一人、そこにはどんな旅の日々があるだろうか。

明日はクラスは休み。
眠気には走らず、大切な一人の時間をせいぜい満喫するとしよう。
花も植えよう。
夢も思おう。
たとえ何歳になっても
夢を現実にゆっくりと刻むとしよう。

次の節目を思えるだけそっと思おう。
それから、
すべてをしばらく忘れよう。








AUTHOR: けろたん DATE: 07/29/2008 11:02:06 雷も最近は凶暴だから山岳地帯でなくても侮れませんね。
家電製品を雷から守るのによい特別なコンセントが売っています。
うちでは特に大事なパソコンの電源にはそれを設置していますよ。
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| ベロ亭から | 02:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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