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5月6日のオープンフェスタの波紋 その1 日系ブラジル人の若者の作文

フェスタから1週間過ぎた個人レッスンで、日系ブラジル人の若者が日本語の作文を書いた。フェスタはどうでしたか、という私の質問に、彼が間髪を入れず、すごかったです、と返したのに端を発し、彼の日本語とポルトガル語混じりのフェスタの感動の語りを、語彙や文法の説明をまじえながら、すぐに日本語の文作りへと私のフォローで続けた結果だった。

彼は、日本人とブラジル人が合せて26人集まったあのフェスタの席で、日本人から最も好感を持たれた存在だったらしいと後からわかった。素直な子どもっぽい悪びれない表情、それでいてその場に食い入るように集中していた態度、自己紹介のときには、つたないながらも日本語で、職場の日本人の女性を今日誘いたかったけれど、来てもらえなかった、と語り、「まだトモダチ」と恥ずかしそうなうれしそうな笑顔で話したというのもある。

日系ブラジル人の生徒や友人の中で、何人か積極的に話したメンバーもいたにはいたが、実は、彼らのほとんどはこのフェスタの席で、意外なほどシャイであった。それは、日本人も含めた席では彼らがどれほど慎重になるのか、あるいはたとえポルトガル語であっても自らを語れない、語らないというモードになってしまうのか、ということを、理由はどうあれ、示してくれていたように、私にもヒデコにも映った。

そんな中で、彼の自己紹介は、さり気なく楽しく、彼の素顔がほの見えるものとなっていたのだろうと思う。

彼との個人レッスンでは、終わって帰るとき、実に素直にその日の日本語学習への感動が口に出されてきた。二つの形容詞の活用が完璧にわかった日には、先生うれしい、よくわかった、と伝え、助詞の整理をわかりやすくすれば、なるほど、とうれしそうだった。

今回の彼の作文はこのような内容だった。90パーセントはそのまま生かして。
「私が子どもだったとき、一世のおじいちゃんは冷たくてとても怖かったです。おばあちゃんは良い人でした。でも、おじいちゃんのせいで、長い間私は、日本人は冷たいと思っていました。今年の2月にNHKのドラマ『ハルとナツ』を見て、おじいちゃんの苦しみと痛みがはじめてわかりました。私の考えが変わりました。それでも、日本人には良い人は余りいないと思っていました。ケイコ先生も、そんな数少ない良い人の一人だと思っていました。ところが、6日のフェスタで、私の考えがもっと変わりました。あの日は、ブラジル人も日本人も、心をひらいて大切な話をしましたから。すごいフェスタでした。日本語の勉強もできて、とても良かったです。」

偶然見た人も多いかもしれないが、『ハルとナツ』とは、姉妹で日本とブラジルに離れ離れになった、日系ブラジル人移民の一家の数十年に渡る物語を、壮大なスケールで描いた五時間ほどのドラマだ。今年の2月、ポルトガル語の字幕付で放映されたのを見たという。

彼が「おじいちゃんの痛みと苦しみ」というポルトガル語を言ったとき、ほとんどスペイン語と同じで、私がすぐにその意味を察することができて、本当に良かったと思った。その言葉を発したときの真剣な彼の顔といったらなかった。

苦労の末に、授業で作文がまとまったとき、私は彼に向けて、私が朗読する彼の作文を聞いてもらった。聞きながら、童顔の彼のつぶらな瞳から涙が溢れた。長い年月の中での、日系ブラジル人としての底深い葛藤から、ほんの少しでも彼が解き放たれた瞬間だったのだと私には感じられた。

それから、彼はたどたどしく、一語一語を確かめながら、自分の作文を読んだ。必死だった。続けて私は、それをポルトガル語で書くように指示した。つたない日本語から、自由なポルトガル語にする限界をすぐに察した彼は、私に了解を求めて、思うままに膨らませた内容も含めたポルトガル語の作文を仕上げた。私は彼に「自由に書いて」と促した。

そのポルトガル語版のほうは、今教室に貼られて、他のブラジル人生徒とフェスタの体験を分かち合うべく、待機している。日本語の作文のほうは、清書することを宿題にした。

この日は、あわてて、恥ずかしさを断ち切るように去っていく彼があった。

この日本語の作文をある信頼する日本人の知人に見せた。「良かったねえ」と言ってくれた。私にはその「良かったねえ」が余りにもうすっぺらく感じられた。日本語の作文のつたなさの向こうにある、ぶあつく複雑な現実への想像力が、不足しているからだろうか。あるいは、つたない作文力が、その人の物事の理解度とイコールに映ってしまうからだろうか。

心からの思いなくして、言葉というものを発語するという行為は成り立たない。彼の作文のおもみをかみしめながら、彼との2ヶ月に渡るクラスの日々を思う。そして、フェスタで行きかわした一人一人の思いの真摯さを思う。

そして、武生市が、けっして「日本人もブラジル人も、お互いに触れ合うことなく勝手にやれてきた良い町だった」というわけではないと、ある日本人の物言いに、この若者のささやかな証言と共に異議を唱える。

そして、無風地帯、福井県の、とりわけ無風地帯、武生市のほんの片隅で起きた一人の日系ブラジル人の若者の中に芽生えた「希望の芽」をひしと思う。

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| ベロ亭から | 22:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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