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主語を戻して語りだす

最近のキャラバンの取材で、ある信頼する記者と話しているとき、
「それはつまり、主語を『ペルー』からお二人に戻すということですね」
と言われて、そういう言い方もあるのかと頷けた。
そして、ちょっと良い表現かな、というノリで、
その後、こう言われたという話もした。

ペルーの活動を前面に出していたときは、
いわば、ペルーをもってペルーに語らしめ、
自分たちを黒子にしてペルーに仮託した
自分たちの思いを語っていた。

マチュピチュだの、フォルクローレだの、
リャマだの、フジモリだのと聞き飽きた
ペルーの代表的「風物」をかわし、
ときには真正面から受けて、
その向こう側にあるリアルな背景をも語ったり。

それでも、ペルーはペルーとしてペルーを語り、
ペルーは、どこまでも主語であった。

それが忽然とリセットされた。リセットされるべくしてされた、と思う。

もとい。

私は、私を語りだすことを、私たちを語りだすことを、
ほとんど何の戸惑いもなく決めた。

その最初が尼崎市の11月23 日だった。
その第二弾が、越前市の今年の1月25日だった。

昨夜、始めたばかりのブラジル人女性二人とのクラスで、
ガラスが割れる
ガラスを割る
の違いを説明した。

助詞が「が」になると、自動詞になるんだ。
「を」になると、他動詞。
自動詞は「カッテニ」なるのね。
と一人が納得していた。

主語を私たち二人に戻した語りは、
カッテニは、始まらない。

あれは唐突だった、とか
うーむコレは目を閉じて聞く以外にないわい、とか
予想外の壁を目の当たりにする。

画期的だった二人の関西での語りまで、
ペルーのことを話すべきだった、
という思わぬゆり戻しで、
二ヵ月後の私たちを考えさせる。

あの場でなければ持てなかった語りの精彩が
今もまざまざと甦る。





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| ベロ亭から | 18:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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