PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

またまた、ああスペイン語学校

はてさて、今日のテーマのジャンルを選ぼうとして戸惑った。でも、これは私ケイコのあくまでも個人的な体験として語ったほうが良かろうと、ベロ亭から、のジャンルにした。

久々のスペイン語のクラス。昨晩も今朝も張り切って参考書を並べ、読み返した。やっと自分のために勉強できる。もちろんその勉強は、ここクスコでの活動にもすぐ生かせる。それは、二十年近いスペイン語の独学歴の私には新鮮な楽しみであった。

正午。少し遅れてレベル判定のためのテストに行く。けっこうたっぷりあって、一時間半を費やして回答する。簡単な入門的なことから、基礎の終了まで網羅してあるのがよく判る。問題の文法用語のスペイン語が少し判らないところは訊いて、仕上げる。もう二時近くだから、初めてのスペイン語クラスにあと三十分しかない。大急ぎで近くのレストランに入り、急いでいることを告げて昼食を待つ。ほんの七分くらいでかきこむ。

個人クラスのための教室は別のところで、入っていくと先生たちらしきペルー人数人がべちゃべちゃおしゃべりをしていた。誰も振り返らない。私から「こんにちは」とスペイン語で挨拶。あわてて私の名前を聞き、ダニという三十歳くらいの男の先生を紹介された。やばい。こいつ、あの去年のワル、ペドロにそっくりな目をしている。やばいなあ。

そんなことを一瞬で思いつつ、案内された小さな教室で一対一で向き合った。これは早めの判断が必要だ、と内心思いつつ、話はいつスペイン語を始めたかとか、一人で基礎をそこまでマスターしたのはすごいとか、進む。これはクラスの前の相談というべき内容だ。これはマネージャーのオランダ人に全部言ったことよ、と私。何も知らないの? とも。1988年の10月からスペイン語を始めたと言うと、彼は自分の生まれた年だと言った。そうか、たった二十歳なのだ。

それにしても、三十分たっても、見てくれるとマネージャーが言っていた、受けたばかりのテストも見ようともしない。私が促すと、見ようとするが鉛筆一本持っていないから、私の筆箱から貸すことにする。あれま、どっちが先生か。

私はこれで学びたいというテキストを見せ、日本語との違いをより知りたい旨を語る。彼はその学校の教材を持ってくる。かれこれ五分くらいかかった。持ってきた読解教材はペルーの子どもたちの問題など書かれていて、悪くはない。それから、会話のテーマにするという題材も、ある意味ちょっととっぴな内容ではあるが、面白い。

「テーマが自由すぎる?」と彼は尋ねる。「ううん、ちっとも。」と私。ただ、英語圏の人たちに焦点を合わせたテーマばかりである、という難点は伝える。それにしても、彼との会話は、どう考えても、私のグループのメンバーとしている会話と変わらず、新しく何か習える時間になっていく感じはない。テストの間違いだけいくつか、説明してもらうことにする。それだけは理解したが、前に参考書で読んだことを思い出しただけで、新しい例文を作ったり、それをほりさげて面白くしたりという工夫は一切ない。

時間はあと数分で一時間。二時間単位ということになっているが、これでは一時間で切り上げて一時間分だけ払うことにするしかないな、と内心思う。切り出す。「あなたには教えることへの誠実さをまったく感じられない。何の用意もしていないし、マネージャーから話もいっていない。まして、鉛筆も何も持たずクラスにいるなんて考えられない。」

一瞬にして彼はしぼむ。情けない声でうなずく。「この瞬間まででこのクラスはおしまい」と私。教室の外に出る。受付近くで、支払いを待つが誰も出てこない。しぼんだままの彼も立ち上がれなかったのか知らない。一分ほど待って通りに出た。一時間六ドルという料金の半分くらいは払ってもいいと思っていたのだが。

私の日本語の生徒のいる両替店に寄り、このことを話す。それから、レストランに入り、オレンジジュースを頼む。そこにあつた、ある日本人女性が書いた、クスコの暮らしについての本を一気読みする。十年クスコに住んでいる人だ。私の前に、クスコで日本語も教えていたことのある人だ。本の内容はすでに知っていることもあるし、彼女がスペイン語をよく知っていて、私たちより知れたことも書いてはある。

それから、気を取り直し、日本人の友人に訊いた別の語学学校に行く。またまた、肩に食い込むデーパックを意識しながら、クスコの町を歩く。辞書二冊が入っているから、今日はことさら重い。一冊は同じのが家にあるので、スペイン語学校に置いてくるつもりだったのだが。去年、クスコの活動後、8キロやせてから、もともと強くはなかった腕の筋力が弱まって、すぐに腱鞘炎になりやすいので要注意だ。

やっともうひとつの学校を探し当てる。すぐにでも先生と話したい、と秘書に告げる。有名な語学学校らしく、あくまでも事務的な秘書。前もって相談はできないのか、先生の教え方、人柄、レベルを知りたい、と率直に言う。クラスは一時間七ドル、その中で相談しろと言う。それは困る、事前に相談できないのはおかしいと食い下がる。秘書は一度電話した先生にまた電話する。返ってきたのは、「先生がここに来るのにタクシー代が要るから、相談に十ソルかかる」という返事。「とんでもない」と大きなため息とともに言って退出。

帰りのタクシーの中でバロイスからの電話を受ける。「あなたたちが良いスペイン語の先生を確保しなきゃ、あしたからの補習クラスをする気にはとてもなれない」と私。帰宅後、掃除当番で訪ねてきたバロイスは、当番が明日でよくなったと判ると、すぐ帰ると言う。私がタクシーの中で言った意味がわからなかったらしい。説明する気にもなれず、戸を閉める。

結局、最近やきものの仕事関係でヒデコが知り合ったペルー人女性に相談する。それから、何でも言ってください、と昨日、ヒデコたちを送ったあと言ってくれたイルデ君にも電話。ペルー人女性が薦めた、非常に社会性のある、由緒ある学校で本当にスペイン語クラスがあるか、明日早々と電話が訪問するかして、確かめてくれることになった。

ここのスペイン語学校は、もちろん外国人のためだから、金稼ぎだ。ひとつ二つ、電話帳で調べた、前から良い学校として知っていたところは、一時間十ドル。対応は丁寧だが事務的。もうひとつの小さい学校は、一時間八ドル。でも、ずいぶん丁寧に、しかも誠実に私の話を聞いてくれた。しかし、やっぱり知り合いの伝で習ったほうがいいと、前述のペルー人女性に電話することにしたのだ。

相談に十ソル。一時間七ドルとか八ドル。これらの事実が何を意味するか、私は先進国から来た、「貧乏な日本人」として怒り心頭になりそうだったが、頭を冷やし冷静に次の打つ手を探した。

「僕たちが教えなければいけないよね」。そう言ったのは、イルデ君だけだった。





AUTHOR: けろたん DATE: 08/14/2007 21:07:43 こんにちは。ことばをおしえることもならうことも、困難なことですね。
一応おなじ言語が通じる国にいてさえ、やりとりに満足がいくことはあたりまえでない。まして外国で異邦人だったらなおのことでしょう。
わたしの手紙をみんなはどう読んだのでしょうか。
スポンサーサイト

| ベロ亭から | 10:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/389-5ae6c898

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。