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インディアン居留地の物語「スモーク・シグナルズ」

あっ、そういえばカラに見せようと思っていた映画を、いる間に見せるのを忘れた、と気づいて、映画「スモーク・シグナルズ」にしばし思いを巡らした。

これは、同時代を生きる、米国のインディアン居留地の青年二人の物語だ。米国で新進の気鋭の作品におくるインディペンディエントスピリット賞を、サンダース国際映画祭??で受賞したとかで、BSで二週間ほど前に放映されたのである。監督も現在を生きるインディアンの一人だ。

最初は、激しい火災のシーンから始まる。そこから二人の男の子の運命が始まる。一人は父母を火事でなくし、おばあさんに育てられるトーマス。むしろ、助演というべきか。
主演はその火事のさなか、二階の両親の手から放り投げられたトーマスをがしっと下で受けとめた男を父親に持つ、ビクターだ。

ビクターは、父親と母親と共に居留地で暮らす。トーマスは幼馴染だ。ビクターは酒びたりの父を嫌い、父に「尊敬できるインディアンは?」と訊かれれば、「誰も!」と答える子どもに育つ。一方、トーマスはおばあさんの「語り部」としての素質をそのまま受け継ぎ、やさしいひょうきん者として育つ。

一代前なら、インディアンの語りの伝承が生きていた、ということだろうか。

そして、ある日、ビクターの父親が永久に居留地から消える。

若者になったビクターが、父親の死の知らせを受けて、幼馴染のトーマスと共に出発する旅がこの映画の中心だ。いわばロードムービーの体裁を帯びる。

まだ、見ていない人に種明かしになるから、これ以上は余り書かない。

ただ、ビクターとトーマスは、ヤジキタ道中のように人生との出会いの旅に出るのである。居留地の外には、インディアンをさげすむ米国の現実が待っている。しかし、彼らのかわしかたは、なんとも言えず、ペーソスとユーモアに満ちている。

居留地に住む北米のインディアンたちの、たった今の等身大の叫びが、淡々と低く低く、父親への問いかけと一つになって、私たちの胸に深く深く届いてくる映画だ。

ビクターは、父親の暮らしていた地に行き、はじめて幾つかの真実にふれることになる。その住みかは、さびれた平原の中のトレーラーだ。

最後のビクターの、父親への問いかけをたたみかけるような詩の言葉がいい。胸にささる。容赦なく流れる河の流れのように、それは私たちへの問いともなって響く。

北海道のアイヌ部落に住むアイヌの友人一家や、別のコタンに住む女性詩人の友人にも、とっさに録画したビデオを、送ろうかとふと思った。

原作は、シャーマン・アレクシー。検索したら、米国のベストセラー作家だった。

ケイコ






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