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そこには人の営みがあった 長居公園テント村にて

キャラバンとそれまでの準備の日々で、私はずっと追われていた。頭の中で時々、ふつふつともたげる思いはあったけれど、今日というその日まで、ここに報告する余裕もなかった。

今日の午後、町に出かけたヒデコから電話。「テレビでやってるよ。強制撤去。」
そうだ。そうだった。今日はあの時から、エックスデー候補として語られていた日だ。
テレビを回した。NHK総合ではやらずBS2で、間もなくその映像が流れた。

そこは大阪の長居公園のホームレスの人々のテント村だ。丁度、一週間前、私は私のこどもの一人の縁で、その場所を訪ねた。あるうちに一度は訪ねておきたい、そんな差し迫った思いもあった。そのテント村は、こども、といってももう大人だが、の癒しの場であり、出会いの場でもあった。近所のアパートの部屋から訪ねていく、ご近所さんでもあった。






一週間前の日曜と月曜、私はそこを訪ねた。寒い中、同じ火を囲み、黙って、そこに集う人たちの話に聞き入ったり、月曜にはペルーの貧困についても少し話した。「でもね、日本だってね。」 その場に戻すように、話を切り上げた。それから、許しをえて、携帯のカメラで何枚か写真を撮った。ここにこんな人々の営みがある、それを伝えたい、そんな思いにかられた。

今晩は、この場所の強制撤去について、二つの民放のニュースで確認した。報道ステーションが一番丁寧に扱っていた。あの晩話した人、緊迫した中、話す余裕のなかった人、そう、ホームレスの懐かしい人々の顔が映った。最後まで、自分の立場を通し、ベッドのまま運ばれていく姿もあった。悔しかった。

長居公園では、今年世界陸上が開かれるとか。そのためとは行政は言わないが、そのためにと報道は語る。強制退去させれた六人のうち、三人は今晩近くに野宿する、そう報道は語る。

何よりも、私は、あの日の立て看板に書かれた「弁明書」の言葉の持つおもみが忘れられならない。もちろん、そこは彼らの暮らしの場所であった。と共に、そこは地域の人々をつなぐ、癒しの場としての役割さえ担いつつある、といった記述だ。

それが、今日なくなった。なくなることを余儀なくさせられた。私の家族が心を通わせた人たちの居場所がなくなった。節分の翌日月曜日。

それをおかしいと署名に加わる人もいた。今日は、強制撤去に対して、輪を作る支援者もいた。それなのに。それなのに、その場は今日なくなってしまった。悔しい。
ケイコ




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