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ペルー行きのピンチヒッター現る

さて、今回はプエンテの会の代表の私、ケイコの試行錯誤の発表です。

京都の病院巡りに娘と同行する2日前に、その前日、極限に達した、ふるえる思いの葛藤をこのままにしていてはいけない、という思いにかりたてられ、ペルーにいけなくなったヒデコのピンチヒッター探しに電話をかけまくった。

国際交流基金から二人分の往復の航空運賃が出ることになっていることもあった。

土曜日の夕方でいない人もいたが、五人の確かな友人知人に窮状を話して、訴えた。どの方も、とても親身に対応してくれた。

大阪と名古屋のYWCA の日本語教師養成講座の近くにいる方二人、とにかく誰であれ、可能性のありそうな若者をあたってくれそうな人、ペルーに恋人がいて行き来があり、クスコのグループのことも知っている人などなど。

その中に、プエンテの会の会員でもある、日本語教師の山田さんもいた。
話すとすぐ、「今日は眠れないかも」と返ってきた。

翌日、電話がありどんな条件の滞在かなど少し話すうち、
「行きます」と彼女は言った。
耳を疑い、ほんの少し沈黙しながら、
その瞬間、私は新しい別の試練が、
大きな希望と共にやってきたことを意識した。
京都行きを翌日に控えていた私は
「これで、娘にちゃんとに会える」
と胸の底から彼女にしぼりだした。

これは確かな進展だったが 、私たちはしばらく、この決定そのものについていけないところもあった。今も正直言ってそれはある。

いつもどんなときでも、二人で支えあってきた31年が、
娘の病気という大きな課題と共に、岐路に立たされてもいるからだ。
でも、私たちは何とか乗り越えつつある。
今までのように。今までとまた何か違ったものを見つめもしながら。

別の家族の急病で、ペルーからの緊急帰国を余儀なくされた7年前が、
私の中でまざまざと甦る。
家族の異変と共に、いつもペルーへの希望が交錯するのはなぜか。
余地のない選択の中で、私は私たちの試練の底にあるものを、見る。

クスコへの同行を快諾してくれた山田さんには、たとえようのない感謝の気持ちでいる。

ちなみに、山田さんの「行きます」の返事の直後、ペルーと往復している人からも、「もともと九月一ヶ月の予定だったペルー行きを三ヶ月にしてもいいから、明日仕事場で相談したい」、という電話もあった。

山田さんが日本語教師であることから、この話はなくなったが、時期が合えば、この彼女にも、スペイン語通訳としてお手伝いしてもらえるかもしれない。

ケイコ





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