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必要としているのは「魂の法廷」。きっと弁護士さんも、ご遺族も、そこの位置からけっして動くことなく、動かないからこそ、ついに手にした判決


友人の山下弁護士さん、また、いい判決出しました。なかなか言えないことかもしれませんが。

こういう判決ひとつひとつに至るまでの、遺族の通ってきた渓や峠を思うにつけ、どれほどのおもみのある判決かとひしひしと思います。ブラック企業が我に返る、そんな契機、そんな前例となっていくことを祈ります。

と同時に、「労災」というふうにもくくれない、あるいは労災では全くない「自殺」について、私は思います。私たちレズビアンマザー二人の暮らしは、娘を亡くしてからよりいっそう逼迫しています。もしも、公平でニュートラルで揺るがぬ軸をもった心と眼差しのある、「魂の法廷」のようなものがあるとしたら、と思います。
亡くなる直前まで、独特の特性をもって唄をうたい、両刃の剣のような特性を伴った生きづらさに、座礁するように逝ったものの人生の法廷はいったいどこにあるのでしょうか。

「私は告発しない。自分の位置に立つ。」と書いたのは、石原吉郎。シベリアに12年抑留されたあとの詩人としての表現のはざまで導き出された言葉です。
なにかとてつもない体験、とてつもない被害。それはたしかにお金に換算されないかもしれない。多くの抑留者が国を相手にたたかった時代のなかでのことでした。

私もまた、娘のことも、息子のことも、たたかえるものならたたかいたい相手ははっきりと具体的にいくつも存在します。

しかし…と思います。私たちが必要としているのは「魂の法廷」。
きっと弁護士さんも、ご遺族も、そこの位置からけっして動くことなく、動かないからこそ、ついに手にした判決であったろうと察するばかりです。

恵子
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| 自死へのタブーを見抜く | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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