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【緊急提言】「LGBTの子ども」と表記するとき、「LGBTに育てられた子ども」の存在を意識できていますか。

【緊急提言】「LGBTの子ども」と表記するとき、「LGBTに育てられた子ども」の存在を意識できていますか。
5月7日に、国際人権団体ヒューマンライツウォッチが【LGBTの子どものいじめと差別禁止法整備の必要性】という講演イベントを催すという告知がありました。国際人権団体ともあろう存在が、無意識かつ無自覚に「LGBTの子ども」と表記していることに、疑義を提したいと投稿しています。

されている活動そのものに、なんら異議はありません。貴重な活動をされていると敬意を表します。日本国内の100件のインタビューをもとに、LGBT議員連盟も出席するという催し。広く普遍的な社会性、人権意識を模索する姿勢に基づいているものと思われます。

しかしながら、催しのタイトルにおいて、全く同じ表現において、除外されてしまう存在として、それもLGBT当事者にとって、きわめて大切な存在である、LGBT当事者が「育てた子どもたち」のことがあるのを、忘れてはならないと思います。

そこで、しかるべき言葉の訂正を要求します。
たとえば「LGBTである子ども」、ないしは「子どものLGBT」になおしてください。
あるいは、その含みに「そうであるかもしれない」というノリシロのような余地を残した「LGBTだろう子ども」といった含蓄があってもいいように思います。「そうなんだ!」と断定できるような、自己との出逢いというものが、アイデンティティ…すなわち自分がどういう存在であるか…の確立において、必ずしも良い効果を及ぼすとは限らないと思うからです。まあ、これについては、今回のところはこの程度にします。

あるいは、今からでもフライヤーのなかで、議論のなかで、その旨、きちんと「誠意ある説明」をなさるべきものと考えます。

さて、5人の子どもを40年前から、レズビアンマザーとして、そんなボキャブラリーすらない時代に育ててきた人間として、せっかくの機会なので、きちんと異議申し立てを判断した背景や、これまでの経験のなかから感じたことなどをお伝えします。
つけ加えれば、私たち二人が育てた…おおいに自ら育った、という側面がつよいとしても…5人は、すでに3人は40代、一人は30代後半、一人は7年前に亡くなっています。

繰り返しますが、「LGBTの子ども」を「そうである子どもたち」という意味に限定してしまうとき、そのボキャブラリーによって抹殺されてしまう存在がたしかにあることを、この際ですから、きちんと意識していただきたいと思います。意識しにくいことかもしれませんが、厳然たる「人権侵害」だからです。

レズビアンマザーが、ゲイファザーが、トランスマザーないしは、トランスファザーが育てた「こども」は見えるところにも、現在それなりいるし、見えないところにもたくさん生きている現実があります。

それを、切り捨てる結果となる「の」という「属性」をも「所有性」をも意味する、助詞の使い方にたいして、謙虚であるべきだと、真剣に思います。一応、米谷恵子は日本語の文法を専門とする仕事をしていることもつけ加えます。

すでに、大人になっている、そういう性的少数者に育てられた側の人たちをも味方にして、ともにできることを考えていったほうがいいのではないでしょうか。それとも、このマイノリティーという存在は、「みずからのカテゴリーしか考えられないという特性」をも兼ね備えている、とでもいうのでしょうか。

私の痛切な経験としては、2011年と12年にEテレで放送された、私たちベロ亭ファミリーのドキュメントへの反応があります。
これには大きな反響があり、「一筋縄ではいかない二人の営みを深く、重厚かつ軽やかに描いた映像表現」として、日本の性的少数者の無意識の底から揺るがした番組として、良心的な当事者には、4年ほどたつ現在もつよく意識されています。

しかしながら、この番組で描いた、2番目の娘の急逝と、その悼みかたにおいて、性的少数者当事者たちが、あまりに忌避感にとらわれ、冷酷かつ残酷でもあった事実は忘れがたい傷を残しています。それは、娘が「性的少数者に育てられた娘にすぎなかった」という「性的少数者の深層意識」を反映したあらわれだと紛れもなく考えています。

むろん、この点にきちんとした理解を示した性的少数者のかたもわずかではあるものの、存在することも、つけ加えておきます。

最近、この周辺をめぐってある人に話をし、
「あなたがたの孤立感は、日本中の誰にも到底共有できないものなのですね。私はできる限り、耳を澄ましていきたいと思っていますが…」
ときわめて自然に、それでいて丁寧に言われたときのことが、印象深く残っています。これを理解し、こう表現したのが、同じ少数者ではなかった、しかしながら、日本のタブーや差別偏見が凝縮する別の事柄に向き合ってきた人からだった、という事実も大変興味深く考察を深めています。

性的少数者の育てた子どもの「死」を他人事(ひとごと)にしてしまう、性的少数者の心理というものは一体どういうものなのか、数限りなく向き合ってきました。
現在進行形で続いてもいます。
そして、そこにはきわめてエゴイスティックにステレオタイプなアイデンティティーを追及する生きかたを「強いられてきた」この少数者たちのきわめてリアルで、精神的に貧しい人生の多くが、若く青いままに、横たわっているという現実に突き当たりました。

それについては、私のなかではかたがついています。つけなければ、私自身、生きていかれない、そこまで酷薄な現実が眼まえで展開するのに、どれだけ耐え、寛容に見守り、どれだけ丁寧に異議申し立てをしてきたことでしょうか。
あまりにこういうことが無自覚、無意識に続けられると、このての少数派の人々とは、つながれないのではないか、という疑念が募ります。

そうして、そこには、あたかもこういった事実とは無関係に、「性的少数者の子ども」という表記が行き渡っていきます。

あまりに身勝手な表記だとそろそろ自覚的に取り組まれる気はないのでしょうか。

驚くことにはもうあきあきしましたが、いい加減、「すでに厳然と存在する、性的少数者にとって大切な人々」を「存在しないとしてしまう!」表現の曖昧さに向き合ってください。

それこそが、多様性ではないのですか。

たかが言葉、されど言葉。憲法ですら、解釈いかんで変えられる時代。

敏感であるべきことには、きちんと対応しなければならないはずです。それよにって、「属性」の側の、いまも「こども」の人たちにも、よりいっそう光があてられる、というものではないのでしょうか。

それとともに、「性的少数者が育てた子ども」たちの、いまだ明るみに出ていないこころの痛み、不都合、生きづらさにも、焦点があてられていくことを望むものです。

私が直面した「性的少数者が育てた子どもの死を悼むグリーフワークを理解する困難さ」は、おそらく30年後か40年後かに、巷に当たり前に「性的少数者が育てた子ども」が溢れたときにこそ、初めてその先駆性とともに焦点があてられるものなのではないか、という思索を深めている昨今です。

そこまでは、まだまだ先を行き過ぎた私たちにこたえるなど及びもつかないのは承知しています。

ですから、せめて、「性的少数者が育てた、ないしは育てている子ども」にも、リアルで明確な光があてられ、しかるべき名称ないしは呼称が、意識的に呼び分けられていくことをつよく望むものです。

つけ加えれば、「育てた子ども」の課題だと思って読みこんでいるうちに、そうではないんだ、と気づく、という「罠にはめられた」ような思いを何度してきたことでしょうか。

もう、そんな思いをしたくはありません。

グリーフワークの必要性、先駆性などは、いまだ手の届かない課題だと悟っています。

せめて 助詞「の」の使いかたの誤り、曖昧さに向き合う、どうかそこから始めてみる気はありませんか。
2016年5月2日夜  
Sotto虹主宰 米谷恵子・事務局 岩国英子

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