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本日3月20日の仙台の、性的少数者のための『クローゼットインジャパン』にメッセージをゆだねて『出逢って40年を迎える今も、クローゼットとアウトの境界を行き来する存在でありたい。レズビアンマザーのみならず、自死した娘の37年の人生と自閉症にも、明るい光がまんべんなくあてられるその日が、やってくるまで。』

本日3月20日の仙台の『クローゼットインジャパン』にメッセージをゆだねて
『人は根源的に孤独と知るトーキョー人が、脈々と続く北陸の大家族9軒の集落で36年間、母親2人で子ども5人を育て、ひたすら既成事実を蓄積した。
「あんたらはどんな兄弟よりも夫婦よりも濃いのう」とある日、近所のおばあちゃんが言った。
2011年、Eテレドキュメントでカミングアウト。
出逢って40年を迎える今も、クローゼットとアウトの境界を行き来する存在でありたい。
レズビアンマザーのみならず、
自死した娘の37年の人生と自閉症にも、
パートナーと孫と神戸で生きる精神障害の息子の人生にも、
明るい光がまんべんなくあてられるその日が、
様々な人と共に手を携えてやってくるその日まで。ベロ亭の恵子と英子より』
重要点として、傍線をしました。字数制限の中、端的に記しました。
このあとに、昨2015年10月9日、『アウトインジャパン』を主催する松中さんからもらった返信を若干短縮して掲載します。続けて、それ以前に主催者にあてた私たちの疑問など記した文面も再度掲載。
明日の『クローゼット』のほうにゆだねた上記のメッセージにこそ、ご注目ください。
性的少数者にとって『アウト』ばかりがポジティブな訳ではない意味合い、松中さんの返信への率直な思いを、この時点で明らかにできればと思います。

★下記の松中さんの追伸にも、私たちの側でも触れた新宿2丁目のコミュニティセンターaktaのトークショーの折、グッドエイジングエイルズのある方が残されたアンケートの書きこみに、松中さんが言われるように私たちが不快な思いをしたというより、このプロジェクトとの決定的な違いのようなものの萌芽が見られるのではないかと私たちは判断しています。
aktaでしたトークでは5点のテーマがありましたが、未踏のテーマである「自死を語る」にやむなく重点が置かれました。
その結果、「語られる言葉にまさに語りの重要性を深く刻んだ。けっして忘れられないトークだ」と書いた方から、「責められているような気がした」「気軽に参加したことを反省した」など、かなり多様で幅広い反応が記されました。最後がグッドエイジングエイルズの方です。
「よくぞ自死で大切な人を亡くされた身で、番組にも出て、しかも今日も話してくださいました」と嗚咽しながらねぎらってくれる若者もいました。

もう1点、このプロジェクトの終着点が「東京オリンピック」である点。
これについては、亡き娘が長居公園の野宿者のテント村のご近所さんだったことから、亡くなる1年半ほど前まで、そこが「最後の居場所」となったことを抜きには考えられません。この野宿者のテント村は、まさに「世界陸上」のために2007年2月5日、行政代執行により強制排除となりました。
撤去される折、数回繰り返された芝居の最初と最後に、娘のオリジナルで長居公園の仲間の唄となった「ひとりぼっちの夜」が何度も歌われたことは、関係者には忘れられない事実です。
東京オリンピックゆえに、またも多数の野宿者が強制退去させられるのは必至でしょう。
あとは、どうにも言葉にしがたい違和感を、松中さんの丁寧な返信の中にも感じざるを得ないことをつけ加えておきます。なにか、40年のパートナーシップの奥行やおもみや柔軟さをゆだねるのは、少なくともこのプロジェクトではないという思いは、おそらくこれ以降も揺らぐことはないかと思います。2016年3月20日午前2時

• 昨2015年10月9日付け。松中さんより。傍線はSotto虹。
• おはようございます。松中です。OUT IN JAPANの件、2点において、ご懸念を持たれたとのこと。主催者としての考えをお話差し上げます。
①撮影時のディレクション
2020年までの間にフォトグラファーは1人ではなく何名かにお願いしたいと思っていますが、初回はレスリー・キーさんのポートレートを撮る力に期待して、彼にお願いしました。彼と企画を始めるに当たり、打合せをした結果、撮影する写真は、眼を閉じたワンカット、眼を開いたワンカットの2枚にしようということに。WEBサイトで紹介する時にカミングアウトというものをコンセプチュアルに表現できれば、という意図です。また、写真はFacebookやtwitterやインスタグラムなどのSNSで、被写体の方々が紹介しやすいように、正方形にしようということに。そのため、被写体の方々には、様々なポーズをお願いすることになるので、明記させていただきました。レスリーは、特に正方形の中に動きをつけて被写体を収めるため、ちょっと体勢的に苦しいポーズをお願いすることも多い方ですので。
②撮影後の写真使用
こちらは基本的にWEBサイト、写真展をメインに行う企画ですが、サポートのご協力をお願いしている企業さんが、彼らの取組み事例として紹介する可能性もあれば、メディアにも紹介される場合もあります。もちろん、写真とそれぞれからいただいたメッセージは勝手に編集したりすることは許可しませんが、主催者以外からの情報発信の可能性もあるため、被写体の方々には、そのご了解を事前に得ています。もともと、OUT IN AMERICAという市井のLGBTのライフスタイルを撮影した写真集が存在し、そちらからインスピレーションを受けている企画で、将来的には写真集にしたいも思っています。また、2020年を目標に置いているのは、もちろん東京オリンピック/パラリンピックを視野に入れていて、その際に、どこかの体育館などを借りて巨大写真展を実施できるといいなと、夢を描いています。
こちらが僕たちが想定していることです。お二人が40年という記念に参加希望されたのにご懸念や不安を感じさせてしまいキャンセルということになって申し訳ありません。今後は、福岡、東京、は撮影会が決定し、名古屋、仙台、札幌で開催できればと調整をしております。レスリー・キーでは、来年春までに最初の1000人を目指してますが、その後も新しいフォトグラファーといっしょに走り続ける予定です。また、機会があれば、ご一緒できると嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。
認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ 代表 松中 権 2015/10/9
追伸です。
グッド・エイジング・エールズのメンバーが、aktaのお二人のトークショーのアンケートに回答をした件。お二人のお気持ちを傷つけたり、不快にさせていたら申し訳ありません。僕たちは、年齢もセクシュアリティもバラバラの30名強のメンバーで活動していて、どのメンバーかはわかりませんが、aktaのイベントに参加する時点で、メンバーの中でも積極的に情報収集やネットワークづくりをしている者かと思います。前向きな行動が先走りしてしまったのかもしれません。申し訳ありません。今後も、何かございましたら、アドバイスやご指導をいただけますと幸いです。なかなか、地元の金沢に帰省する機会が少なくなっておりますが、長めに休みが取れる際は、もし宜しければ、福井にもお邪魔させていただければと思っています。     松中ゴン

2015年9月27日付  
 OUT IN JAPAN の参加を、ベロ亭の恵子と英子の二人で話し合って辞退した!!

グットエイジングエイルズという、東京のNPOが企画している、LGBTで顔を出せる人たちを、被写体にしてあつめて、という、最初はなかなかの企画だと参加を希望していたプロジェクトの参加を、熟考の上辞退した。
今日、関西から訪ねて来た人とも、この件で話した。その人は、私たち2人は参加するべきだ、とも薦めた。が、「生きづらさ」の側にやはりいつづけたい、という気持ちが明確になるような、そんな話ができたことも大きかった。
ほんの少しのさびしさと、清々しいような開放感、その両方を感じながら、今私はその次を思う。これから、私のすべき優先事項を抱きしめる。

シャープな画像の撮りてとのやりとりはなくなったけれど、余計な心配からもあっけなくも解放された。杞憂でないのはたしかだ。商業主義とともにある、現在の性的少数派のありかた。

恵子ちゃん、それでいいんだよ、そんな声が、澄みきった今晩の満月から聞こえた気がした。以下、「きちんとききたい」という主催側にこたえた文面を、そのまま掲載。注意深く読んで欲しいと願う。今のところ、返信はない。

はじめまして。岩国英子のパートナーの米谷恵子です。この企画が、グットエイジングエイルズということは最初から判っていました。ただ、原宿で写真展を見たLの友人が、GAPがやっていると勘違いしたのか、そう思う展示だったのかは判りませんが、そう伝えてわりに最近、そうなんだと思いました。それはそれだけのことで、今回説明を聞いて了解しました。

今年から来年にかけて、ちょうど40周年のパートナーシップを生き抜いてきた私たちがこの企画に参加する意味を考えて、参加したいと最初、ごく自然につよく思いました。
トーキョーの人たちしか参加できない不均衡を、今回大阪の撮影会で払拭するというのもよかったと思いました。だから、早く申込みたいと思って、フォームは間違えたものの、私がまず申込みました。

ただ、そのとき、この企画の但し書きというか注意点のようなものを、はじめてきちんと読んで、危惧が始まりました。
特に感じたのは二点です。

撮影する時点で、カメラマンの指示に従うといったことは、1978年からあらゆる雑誌や新聞の特集記事となり、また最近ではテレビのドキュメントにも出演した私たちは、記者やディレクターが舌をまくほど、鍛錬してもきました。
ただ、この企画に応募する注意点として、そちらの意図などに撮影時、したがえない場合は、退場もありうる、と書かれていた点が目にとまりました。記憶が確かでない面もあるかもしれませんが、そのように読めた文面だったかと思います。
この企画のカメラマンの方のまなざし、感覚にはとても共感するところがあり、最初はぜひと、思っていましたが、今までの経験の範囲を逸脱する面もあるように感じました。どんな取材でも、取材者と徹底的に信頼関係をつくることなくしてはありえなかったからです。

この企画を信頼していないわけではありませんが、少し性質が違う。スポンサーの立場などもありうるのだな…など思わざるを得ませんでした。
また、撮られた写真が、どうひとりあるきするか判らないという不安も、注意点を読んで、浮上しました。

というのも、私たちの存在は、新宿二丁目のNPOの代表が言うように、「先を行き過ぎている」ゆえに、参加する意味合いも小さくはなかろう、と思っています。そう自覚する反面、それがどう先行き、使われるか見通しが見えない、という点では、自分たちの手が届かないところまでいくことに、またも耐えうるかどうか判らないと思ったのです。

貢献はできても、私たちの側の確かなメリットがあるのか、と言い換えることもできます。勇気を、エールを投げ続ける側でいることに疑問を感じている面もあります。また、そういう画像が芯から、クローズで生きている都会であれ地方であれ、まだまだ「生きづらさ」を抱える人たちにどう働くか、真剣に向き合ってきた経緯もあります。

正直言って、本当にこころから参加するつもりでした。高一の孫の男の子は、服飾関係に進みたいなんて言っているし、などと、ノリノリで話したこともあります。まあ、彼の人生を今から、そんな画像で規定する権利などなにもない、ともすぐ思いましたが。

ともあれ、次から次へと、セクマイの知った顔やら知らない顔が溢れる?スタジオでの撮影は、私にはおそらくどうもなじまないだろう、という予感もあります。

最後に付け加えれば、様々なトーク、講演、大学での講義の機会なども持ってきたなか、二丁目のアクタでのトークショーにおいて、グッドエイジングエイルズのある方が、アンケートを残し、そこに「気軽に参加したことを反省しています。」とこたえたこと、それも若干、働いているように思います。

私たちは、私たちの40年のパートナーシップの節目の日々を、慎重に大切に、そして大胆に生きていきたい、と同時に「気軽に参加して反省している」ようなことにはしたくないと思っています。

尊重していただいて、感謝しています。だからこそ、この時点で、丁寧におこたえする必要を感じた次第です。なにかあれば、ご返信くださいませ。

2015年9月27日夜  ベロ亭  米谷恵子


KAGEHIRAさんのコメント 3月20日とそれにこたえて

アウトインの取り組み側の説明を読んで、撮影される側(人)の存在・人生に対して企画の意図や主旨を伝えることよりも、写真撮影そのものに関する技術的なあれこれや写真利用のあれこれがあまりに主眼なのに驚いた。そのドライさ、商業利用主義さ。

対して写真撮影への参加を断念されたベロ亭の「生きづらさの側にいたい」という原点、意志にありがとうとうなづく。ベロ亭の通ってきた困難でも豊かな道と蓄積は、あがめられたり英雄視されたりするためでなく、あくまで平等で平和な社会を共につくり歩むためなのですね。

社会的少数者の存在に光をあてる、様々な取り組みや問題提起は重要。ただし、差別抑圧偏見がまだまだあるからこそ、問題提起が一方向すぎることは暴力になりうる。「善」なることも刃物になりうる。少子化が加速する日本でにわかに隠れた消費市場・労働力と性的少数者が名指しさえされる今日。それを足掛かりに人生を開拓していきたい者もいれば、そこから取りこぼされ排除される場合もあろう。同性婚が脚光を浴びて告白本が売れる一方、シングルの当事者がマイナスイメージに閉じ込められないか。かつてのシングルの異性愛者のように。まして五輪という国家的大義によってばっさり切り捨てられるものがあることは見逃せないし、極めて都合よく少数者が利用されかねないことは注意!どこかにスポットがあてられる一方、孤独に追い込まれる人ができてしまうのではだめだよ。それはいつまでたっても勝ち負けの世界だ。



「撮影される側(人)の存在・人生に対して企画の意図や主旨を伝えることよりも、写真撮影そのものに関する技術的なあれこれや写真利用のあれこれがあまりに主眼なのに驚いた。そのドライさ、商業利用主義さ。」
かげひらさん、よくぞ上記のことを明記してくれました。すでに昨年の秋もらっていた返信をもう一度読むのがつらかった。ここの部分は読むに耐えられなかった。もう要らないものとなっていた、私が確かにいたのです。だから書きませんでした。判る読者には判ることとして。「常に撮られる、見られる、書かれる存在」であることに異議をきちんと唱えるアイヌ民族の詩人である友人の敏感さをも思います。彼女はこの返信を見たら、カンカンになることでしょう。亡くなったお兄さんのことを、どこかのメディアについついお母さんが語ってしまった記事を、お母さん亡き後に見つけたときの衝撃が、彼女の著書には詳しく書かれていますよね。自分の知らないことまで書かれているショック。書く、撮る、見る、書かれる、撮られる、見られる、という関係性が、当事者性をもってどう立つか、とことん問われざるを得ない、そんな企画がアウトインジャパンというものだと、私は思っています

そして、今日はクローゼットインジャパンと称して、東北の友人が企画して「お茶っこ飲み会」を開催中でしょう。実は明日は、このアウトインジャパンの撮影会が仙台であるのですよー。だからこそ、ふりかえったこの企画への想い。そしてアクタでの反応の偽らざる意味合い。シンボリックに浮かび上がること。

語句説明。アウトは、カミングアウトのアウト。一般的にまだあまねく認知されていない特性、障害、少数者が誇りをもって名乗り出ること。カミングアウトオブクローゼットの略でもあります。クローゼットはまさに服がつるしてある狭い場所。実は、ナチスドイツ時代のゲットーが最初にあてられていました。カミングアウトオブゲットーが最初の表現。まさに命懸けだった訳です。ゲットーという狭い地区にユダヤ人を閉じ込め、飢えさせ不自由な想いをさせ、尊厳をジョジョに奪っていく居住区。そのはてにアウシュビッツなどの強制収容所送りがあった訳です。ちなみに、カミングアウトの反対は、アウティング、暴露という意味合いです。悪意善意を問わず、本人の了承なく、他者の尊厳に満ちた、世間的にはいまだマイナスに見られかねないアイデンティティを噂にしたり、さらしものにしたりすること。善意を通しても、悪意のある人に伝わり、自殺に至る場合もあり、オバマ大統領が米国の若者に演説するに至ったケースは知られていますよね
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| マルチマイノリティの現実 | 02:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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