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生きていくために、みずからの尊厳を守るために…!! 私は次世代への「責任」は放棄した 私は次世代への「責任」は放棄した 私たちを踏みにじり、疎外し、追いやり、いないことにする、そんな人たちを抱きしめる、それはやめないとしても……


生きていくために、みずからの尊厳を守るために…!!
私は次世代への「責任」は放棄した
…ある友人の書き込みに応えて
私たちを踏みにじり、疎外し、追いやり、いないことにする、
そんな人たちを抱きしめる、それはやめないとしても……


今日は「二人でぼけないカップルウォーキング」を早足で再開。数秒の動画を見て、
「お姉様たち、お兄様たちが2人で年を重ねる姿に夢と希望と萌えを感じる今日この頃。大変な日常とは存じますが英子さん恵子さんや私たち50代が幸せであることが後輩たちへの責任であるとすら思います」
というメッセージが書かれました。以下、それに応えた文面を多少加筆訂正したものです。


「お兄様たちって年を経たゲイのカップルのことなんでしょうね。
英子ちゃんから声で聞いていた文面より、眼で読むとMさんが含ませた意味合いを思わない訳にはいかない気持ちが募ります。
きっと50代であることをかみしめているのかもしれませんね。
ただ、60代だからって差をつけようって訳では、みずからは全くないけれど、エイジズム…年齢差別、つまり認知症予備軍に入る年齢かな…の対象になるのは、やはり還暦を過ぎてからかと思います。
Mさんに「夢と希望と萌え」を感じてもらえるならもらえるで喜ぶところでしょうね。それに「大変な日常とは存じますが」と添えているんですものね。

でも、私たちは北陸の辺境で、地元のマイノリティの仲間からもへだてられ、都会のそういう人々からも度外視され無視され、それのみならず、実際に会ったことすらない人たちに遠ざけられるという不当な目にも遭い続けています。
娘を自死で亡くした人は、「誠に狭いマイノリティ義侠心」とでもいうものには、絶対おさまりがつかないのだと思います。
二人で楽しくしているときは、これが一瞬の幸せというものかもしれないとは思います。ただ、非情なる社会的文化的孤絶感のもとの二人です。
Mさんも沢山の大切なかたを亡くされているのは承知しています。しかしながら、あなたのように言ってくれるかたになら、少なからず使命感は失いませんが、私たちをノケモノにし、忌避感で、沈黙の勘違いの壁で固めている人たちには、なんの責任も感じません。
感じないというより、感じる必要がないと、生き方を修正せざるをえませんでした。

あるレズビアンの女性が「自死遺族とはつきあいにくいから、近づかないように」と私たちのことを広めていると知ったときにはすぐメールしたものです。
「それはマイノリティがつきあいにくい」と言っているのと同じではないか、と。
自分たちの生きづらさを、人をより追い詰める「噂や偏見」にすりかえる人たちの愚かさにこんなにも触れていたら、私はこれ以上生きてはいかれません。

だからSotto虹の営みを覚悟のもとでしているのです。

まあ人間誰しも、マジョリティであれマイノリティであれ、愚かで美しいものかもしれませんが、やはり見過ごせないことは見過ごせないのです。
私は「自責の念」を疑う、おそらく稀有なノコサレシ者の一人かと思います。
そういう点でも、自死遺族である私たちへの「後輩たちへの責任ですらある」という言い方には、どうしても素直には頷けない気持ちになります。ご理解いただけますか。

妥当な…過不足ない、敬意とねぎらいを持たれてこそ、初めて世代をこえて、互いに生まれでる責任や使命感をこそ、私は優先して持ちたいと思います。
自分をゴミ箱に捨てるような真似は、できないし、させられるのもまっぴら。
一方で、私たちの人生をスルーしただけの「あこがれ」も、「うらやましい」も要らぬ称賛、というべきか、ともかく別の宝塚のきらきらスターにでも、あててほしい謂いです。

性的少数者の現実は、自民党の草案、民社党の草案と、あたかも権利を守る素振りで取り沙汰されている今こそ、けっして権力に吸収されて骨抜きにされないよう、虎視眈眈と見張らなければならないほどの、予断を許さない実情です。
きらきら系どころか、「名誉マイノリティ」になりたい上昇志向の塊の、商業主義と一体化したマイノリティがこれまで日本の歴史上にはたして存在したでしょうか。

ともあれ、私たちは雪でも降らない限り、早足で歩いて、息をはあはあさせて、頭の血流をよくすることに励むとします。
つまりそれは、私たちの人生を語り継ぐ深遠なる意欲を維持するためのウォーキングであるのですから。それは、まさに私たちの尊厳を守るための一歩一歩。
伝わるものはいずれ伝わる、倒れる人はいずれ倒れる。

「和解」の道をこそ探したいという、あくことない願いに変わりはありませんが、私たちは私たちの歩みを踏みしめる以外にありません。
貴重な書き込みについ、ながくなりました。
ひとときでも、思ってくださったことに敬意と感謝をこめて。
  
2016年2月7日  西原由記子さんの2年目のご命日に 
米谷恵子            

追伸 
西原さんは、日本の「いのちの電話」の創始者です。現在の「いのちの電話」は質も方法も変貌してしまいましたが。私は2年と4か月前に彼女に、おそらく日本中の誰もできない
「究極の傾聴」をしていただいています。いずれ、西原さんとのこと、このページでも書いてみたいと思っています。
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