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映画My old lady(パリ第三区の遺産相続人)が頭から離れない …繊細に人生の深淵からたちあがる物語の機微に涙が溢れつづけた… お宝映画の殿堂入り…世代をこえ秘密が人を傷つけるとき。

映画My old lady(パリ第三区の遺産相続人)が頭から離れない
繊細に人生の深淵からたちあがる物語の機微に涙が溢れつづけた
お宝映画の殿堂入り…世代をこえ秘密が人を傷つけるとき。
またもメトロ劇場へ。二人の友達はこの映画館なんだもんね。
夜のコンサートの招待チケットもゲット、急きょ気になる映画も観た訳で…。

お気に入りの映画、はい、筆頭は『チョコレートドーナツ』、ゲイとダウン症の少年の出会いの物語。いやはや、一回目の神戸は号泣したなあ。身終わって英子と抱き合った。全国でロードショーになったから観た人も多かろうな。英子は三回、私は二回観た『チョコレートドーナツ』。二人で最後に観たのは福井の映画館で、「うるさい」とか「しらける」とか、待ち伏せしてすごまれた。泣きっぱなしだったからって、そこまでするかーって、福井人、つくづく怖いって思った。「映画にすぎないだろう」って言いたげでもある。

そして、2012年の国際レズビアン&ゲイ映画祭でゲストトークをした『夕立ちの道』。
こちらは、70代のレズビアンカップルの話。全米でまだ同性婚が認められていない頃、一人が命が危うくなってからカナダに「結婚」のために出向くロードムービー。いかれたお兄ちゃんを乗せたのが運のつき、彼は二人をささえる羽目にもなる。でも、なかなかいい感じだ。元気なばあちゃんのほうは、まあ口汚いし男っぽくてさ。どうしてここまで「結婚」しないできたか、そのからみでカップルが語り合うその奥行き。若い人に一体伝わったのだろうか。こちらは爆笑と号泣同時で、めちゃくちゃ忙しかった。

なんで、今日観た映画の前にこれを記すんだろう。上の二本もきちんと映画評書かなきゃいけないおもみある映画なのにね。だってさ、今日はめちゃくちゃ異性愛者の物語だったからさ。言い訳じゃないよ。ただね、英子ちゃんは「この映画、性的マイノリティの人たちには判らないんじゃないかな。いや、恵子ちゃんみたいな人しか判らないよ。日本では。というか、日本で人の見えない裏街道をきちんと歩いている人にしか判らない」とも。

セリフの一言一言が心をさす。人生の深淵を映す。
なんといっても、My old ladyの表情がいい。なんたって92歳さ。
父親の遺した遺産であるパリのアバルトメンを売却しようとしてアメリカからやってきた初老…といってもまだ56歳…の主人公の男性が、そこに見るのは、まさに長年住んできたそのOld lady だった訳で。

とはいえ、この物語については簡単に触れられない。ネタばれになるのがいやなだけではなく、私にはここから始まる、そのアメリカから来た男と、Old ladyとその娘の物語の中身そのものが、触れられないほど痛くしみるからなのかもしれない。

誰かが誰かを「いとおしく愛する」ということ。
それを貫くということ。
それが次世代までも及ぼす、人生の大きすぎる宿題。
「秘密」にされたある事実は、良からんとそうされた事実だ。

この映画には、一人の人間の自殺も影を投げている。
その周辺が痛すぎると言うのが痛すぎるほど痛いのである。

英子に言ったものだった。福井市へと車を走らせながら。
「今日は映画らしい映画を観にいくよー。楽しみなんだあ。」
そう、まさに映画の真髄をゆく映画だったよ。
このストーリーにレズビアンマザーやらを絡ませたらどんなふうに書けるかなあ。
よくよく自分の人生にも照らしてみる。
いやはや、全ての登場人物が自分でもあるような…。
しかしやはり、英子と一致したように、まさに二人とも、
My old lady にいちばん惚れ込んだね。
あの揺るぎなさ。短い言葉で、人生の本質を語るそれだけのことで。

もう一度観たい。すべてのせりふをチェックしたい。
全部の意味を徹底的に自分の胸にたたきこみたい。
まあ、ほとんど入っているけどね。

もう一度観たかったのは「人生ここにあり!…原題・やればできる」
イタリアの精神科病棟をなくす動きから生まれたフィクション。

最近観てずっとレビューを書きたいと思いつつ温めている間に、
次から次へと自分の人生の課題に押しまくられて…。
「ふたつの名前を持つ少年」。「顔のないヒトラーたち」。
はい、どちらもナチスドイツ関連です。よかったよ。
邦画では「恋人たち」ね。それから「ある精肉店の話」。

でもね、大事な大事なこういう映画をしのいで、私は今日の映画のような映画が好き。
それは私の本質が詩人だからなのかもしれない。
それは私が希求しつづけているのが、そんな人生の機微、
壮絶な亀裂とその絶妙な和解、だからなのかもしれない。

Old lady のせりふで今晩の投稿はしめくくろうかな。

歯に衣きせない彼女の物言いに、56歳の男性。
「いい年をして言葉にオブラートも着せないのか」。
「この年になったら、オブラートを着せてなんかいられないのよ。」
その前に、彼は彼女に口のききかたを怒られたお返しだったんだけど、見事にやられたという訳だ。

もうひとつ。
やはり彼とのやりとりだったね、娘とはこんな会話ないものな。
彼の物言いで彼女が怒りにとらわれたとき。
「この年になると、怒るとからだに来るのよ」。

92歳にならないと言えないのかな。
64歳と68歳では、これは汎用性はないのかな。
いいや、これから使わせていただこうではないか。
いやいや、もう使っているよね。
ただし、後者は意外とSOTTO虹の読者はお気づきでないかもしれない。

今日の映画に欠かせなかった要素。
ユーモアとエスプリ。
やっぱ、英語で語られる…Old ladyもイギリス人だしね…のがほとんどとは言え、
ふっと肩の力が抜けるように、あちこちに散りばめられたユーモア。
パリの風景のなかで、私、実はへらへらずいぶんと笑いました。
だって、みんな、かなりせこいし、人間臭いし、ずるいし、
かわいいから。

泣きっぱなしの合間に、がはは、笑ってる後ろの「お姉さん」何者?  って思われていたかもしれませんね。
それに隣りの人は、どういう人かな、とかさ。

そのあとは、思いがけない贈り物のチケットで、
ピアノソロとピアノ弦楽五重奏を楽しみました。
初めて、福井の「ハーモニーホール」なるものに参りました。

「うたうたい のえ」とはかけ離れた音楽人生をやっている人で溢れていたわ。でもね。
チェロの女性がボーイッシュで、「彼」って言いたくなるほどの格好で、はい、終わってから話しましたよ。
ステージで見てから、英子とぶつぶつ言っていたんです。
で、演奏もものすごくカッコよくてさ。表情たっぷりの自由さ。
そして、他の演奏者にたえずアンテナを立てている素振りがうかがえる。
思わず、英子「コンサートマスターみたいでしたよ」と言ったら、「そんなー」と言いつつ、嬉しそうに笑っていました。
私は「ジャンル忘れるほどの表情と演奏でした。」
「いやあ、それじゃあ困るんだけどお」。
「こんな言い方じゃあ、褒めたことにならないのかなあ。」
「いえいえ嬉しいです。」
ははーん。

つらい日々に差した一筋の日差し。
そんな一日。

それでも、人生の宿題は忘れない。
それでも、あなたたちの「秘密」を忘れない。

のえとともに。
Our old lady!

恵子   2016年2月20日 夜3時

★アワ・オールド・レディの綴り違っているかな。
スペイン語しか書けないよ。英語綴り難しすぎ。
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