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《SOTTO虹緊急声明》 拡散歓迎いま、わたしたちが肝に銘じておかなければならないこと★身が引き裂かれるような嘆きを肥やしにして「活動」の動機づけに利用しないこと


《SOTTO虹緊急声明》 拡散歓迎
いま、わたしたちが肝に銘じておかなければならないこと
★自死で遺された人の悲しみをスケープゴートにしないこと。
★身が引き裂かれるような嘆きを肥やしにして
「活動」の動機づけに利用しないこと

それがどれほど、きわめて大事なことで、
損なわれてはならない、自死で遺された人々の尊厳、
平穏な生活を営む権利をも奪うことにつながるか、
皆さん、肝に銘じてください。

性的少数派の表面的な!!だけの
社会面での動きが一見著しく変わったかに見える今、
私たちは冷静にこのことに向き合わなければなりません。
現実に国会やら各市町村、各企業、が争うように、
性的少数派を「売り」にする時代が押し寄せています。

自らの尊厳を売りにだしたりしないでください。
自らのふつうに穏やかに暮らす権利をけっして手放さないでください。

そして、もしも身近なあなたの友達に、ましてや恋人に、
突発的にして、必然的であったかもしれない、
すさまじいストレスと無理がかかっていたかもしれないうえでの、
自死がやむなくも起きたときは、最も身近な人を冷静にフォローしてください。

けっして、
★自死で遺された人の悲しみをスケープゴートにしないこと。
★身が引き裂かれるような嘆きを肥やしにして「活動」の動機づけに利用しないこと
これだけは、守ってください。

私はレズビアンマザーで
7年5か月前に、37歳の娘を自死で亡くしました。
当初、そう2週間後には日本語教室の仕事にも復活しました。
それは、ささやかな気分転換の時間にはなりましたが、
生徒が帰るや、娘との語りあいの世界へと入っていきました。
そこは誰もいない場所でしたから、声を出して語りあいました。

テレビの画面のなかで起きていることが、
テレビの番組だと、それはそれと認識できるまでに2か月は要しています。
それが「ふらりと田舎町に出没する・鶴瓶の家族に乾杯」だったことが、
今は懐かしく思い出されます。
それまではどんなテレビを観ても、娘のこととかさなって見えましたから。

私は、娘亡きあとにも、Eテレの取材を続行しました。
それはもう一度、このことを続けていいのか、という根源的な、
人生の甚大なる問いかけでした。
そして、その選択をけっして後悔したことはありませんが、
そのテーマにおいて詰めの甘い番組の描きかたで、
また、それのみならない
社会の片隅に無理やり追いやられたこのテーマを、
明るみに出したことで、こおむった被害は計り知れない、
甚大な実害を私たちの人生にもたらしました。

だから、判るのです。

娘が亡くなったと判った大人の生徒さんのひとり、
ラテンアメリカのエクアドルにルーツを持つ、
アメリカ人女性でしたが…が、私を思って言った言葉か忘れられません。
「センセーは今、休まなければならないの。
センセーは今、いっぱい泣かなければいけないの。」
そして、彼女は1か月授業を辞退しました。

泣ける環境がありますか。
泣いてもうろたえない人とのつながりがありますか。
ぎゅっと抱きしめてくれる人がいますか。
そっと、黙ってあなたのためにいてくれる人がいますか。

今日はこのくらいにしておきましょう。

ともあれ、
人の悲しみを利用しないでください。
人の嘆きを踏み台にしないでください。
どんなに貴重に見える運動でも、それをしたら、
人柱を積極的に組み込んだスケープゴートを良しとした、
そんな危うくも、人の命を踏みにじった運動と化してしまいます。
そこから、いっそう残酷に人間が変わってしまうでしょうから。

おのずと遺された本人がそれを選んでいくのを
ゆっくりと静かに待つべきです。

誰も強いても、励ましてもなりません。
それが誰のための励ましなのか、向き合ってください。
元気でいるように、大切な人を亡くした側がふるまうべく、
努力しなければならないようなそんな環境をつくらないでください。

こころからのお願いです。
でなければ、
今、劇的な変化を遂げている日本社会で、
性的少数派の自殺があとを絶たない現実がやってきます。

悲しみはあっていいものなのです。
悲しみは大切な感情なのです。
怒りも、喜びも、楽しみも、
それゆえに存在するほどのものなのです。

喪失体験。
それも自ら命を絶たれた側の壮絶な、
誰にも口に出せない問いかけ、
誰にも簡単には伝えがたい波立つ思い。

それらに耳澄ましている本人に
どうか雑音にならないような
そんな人であり、空気であってほしいて願います。

米谷恵子  2016年3月1日午前2時すぎ
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| 生死観の喪失の現場から | 02:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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