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再生のための声と、ふたりのピアノとパーカッションのコラボ「まっ白な雪のなかで、ほんとうのことを見た」は、Sotto虹の根っことなる、魂を賭け、心を砕いてつくるイベント

再生のための声と、ふたりのピアノとパーカッションのコラボ「まっ白な雪のなかで、ほんとうのことを見た」は、Sotto虹の根っことなる、魂を賭け、心を砕いてつくるイベント

詳しいフライヤーのPDFは、下の欄をご覧ください。

このコラボは、私恵子の、人生の集大成とも言える表現行為です。「再生のための」は、喪失体験からどう生きなおすのか、を自ら問いかけ続けた、この7年近くが詰まっているからです。


「うたうたい のえ」の幼い頃のおかしさ、可愛さ、から、奇妙な不思議なところ、「うたうたい」になってからの天性の発現。そんなものを、余韻として痕跡として跡づけるべく、「声の演奏」として語ります。

プロローグ「うたうたい のえ がいた」の北海道篇。これは少しずつ変えて、その場その場で発表して3回目。英子の自作の太鼓や笛、などと、声を出します。そっと、あるいは、ぐいぐぐっと、あるいは…。

「それは、フリージャズよ」と言われたこともあります。
「読み聞かせなんかの域ではではない。声の演奏よ」と言われたこともあります。
「衝撃だった。自分もこれでいいんだ、と深いところから言われているみたいだった」と言われたこともあります。

3回目となる札幌の7月11日には、以前よりも、もっと余裕ある時間と空間の生かし方を追求したい、そんな気もしています。

ともあれ、私は魂をこめて、このコラボに臨みます。
昨年は夏と秋、そして3回目のコラボレーション。

まさにこれは、Sotto虹、の基盤であり、根源であり、核とも言うべき表現行為なのです。
そうして、昨年12月、私は「ちいさな集い」を始められるまでになっていた、というより、必然的にそこに導かれていった気がします。
http://kounotori0527.sakura.ne.jp/journey/korabosaporoomote.pdf
http://kounotori0527.sakura.ne.jp/journey/korabosaporoura.pdf



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