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もっとも近いできごとをもっとも近くに引き寄せるその日まであと2日です。Sotto虹 「遠くのできごとに人はやさしい。近くのできごとに人は黙りこむ。」

寝起きに不意に、あの一節が。
「遠くのできごとに人はやさしい。近くのできごとに人は黙りこむ。」

今日は二時間睡眠。朝9時に寝て11時に起きてしまう。「眠らない」ゾーンに心身が完全に入っている。午後は週一の鍼灸院。それから、出来上がった7月11日のコラボのフライヤーを、イラストレーターを駆使して仕上げ、徹夜で入稿してくれたМさんのところに届ける。買い物しなければならないホームセンターの近くだと聞いていて、近所の人に訊いたらすぐ判った。買い物で「ジャーニー」やコラボに必要なものを済ませ、やっぱり100金に行きなおさなきゃ、と思ったり。
それから、膨大なコピー。ジャーニー関連もあれけれど、裏表両面で刷るのには、手間暇がややかかる、しかし、とてつもなく重要なものをコピーする。それでも、まだ力は尽きない。買ってあったパンをかじる。
そのコンビニは行きつけの園芸店のはす向かいで、私は良い事を思いついた。

帰宅して、ピアノを数分弾き、久々に地元の旧友に電話する。「疲れているから、ちょっと話せない。」ごく自然だったし、そう言いあえる関係とも言えたが、切ってから少しやり場のない気持ちを、洗濯物をたたむ方向に持って行く。もう1個、パンを食べる。。
ここでもう力が尽きた。鍼灸も効いているし、すうっと眠りに入りこむ。

電話を続けなかった友は、のえを小さい頃からよく知る人だ。ていねいに対してくれる人だ。

ふっと、陶芸教室から帰宅した英子の立てる物音がする。
ふっと、あの詩の1節が私のなかで、立ち上がってくる。

「遠くのできごとに人はやさしい 近くのできごとに人はだまりこむ」

それでは、ご紹介。


風       石川逸子

遠くのできこどに
人はやさしい
(おれはそのことを知っている
吹いていった風)

近くのてきごとに
人はだまりこむ
(おれはそのことを知っている
吹いていった風)

遠くのできごとに
人はうつくしく怒る
(おれはそのわけを知っている
吹いていった風)

近くのできどこに
人は新聞紙と同じ声をあげる
(おれはそのわけを知っている
吹いていった風)

近くのできごとに
人はおそろしく
私たちは小さな舟のようにふるえた
(吹いていった風)

遠くのできごとに立ち向かうのは遠くの人で
近くのできごとに
立ち向かうのは近くの私たち

(あたりまえの歌を
風がきいていった
あたりまえの苦しさを
風がきいていった)


福島で、日本の現実が近づきましたか。
福島で、原発の現実が近づきましたか。
福島で、福島から立ち上がるひとを見ましたか。

福島で、自死で大切な人を喪った人が、
それでも、隅においやられていることを知っていますか。
いえ、時には、ちゃんとに大切にされるかもしれない。
それでも、ささやかな分かち合いは、路地の奥の奥の集会室だと聞いた。

フクイの私たちのもっとも身近な、
誰もがもっとも黙るできごとを知っていますか。

私は、最近、私が娘を亡くしていることを、
しみじみと寄り添って聞いてくれる女性と出逢いました。
とっても自然でした。

また、別の女性とは、
近隣で、身内がみずから命を断って、
その家のすべてを更地にまでして去った例を知り、
初めて聞いた話ではなかったけれど、
やはりこんなに近くでも、と思い、
ある人に伝え、「そうさせる世間は犯罪を犯している」
と言い切る女性の声を聞きました。

寄り添って聞いてくれた人も、
実はすぐ横にいる人の身うちを亡くしているかもしれない…。

犯罪だ、という人も、知らないで、知らされないで、
そういう人と日々、逢っているかもしれない。

「自死」の現実からは日本の原風景がよく見えます。

あなたのいちばんふところ深く、
潜む声。潜む声。潜む声。
かかえていくにはつらすぎて、
だから、そっと声にするのすらつらいと思うかもしれない。

自分のことをどんなことでも声にしたことすらないから、
そんなことすら想像もつかないのかもしれない。

でも、もっとも近いこと。
どこよりも、誰よりも、何よりも、
近いできごとが、日本では「自死の現実」。
隠され、黙らされ、それが起きればその家は更地にすらされ、
だから、「少しでも分かち合う」そんな大切さも遠すぎる。

近くのできごとに人は黙る
遠くのできごとに人は怒る

近くのできごとに
人はおそろしく
私たちは小さな舟のようにふるえた


その「ふるえ」のままに、
その涙のままに、
そのおののきのままに、
そのとまどいのままに、
そのゆれうごきのままに、

どうか
どうか
近くの、
もっとも近くのできごとを
どうか
どうか
口に出してみたください

そっと虹がかからなくとも
かかるはずの道のりがそうして始まるかもしれない
始まれれば。

そう祈りながら
私も娘亡き日々のゆらぎを
次回は、最初に少しは語ろうかと。

いいえ、
あなたが黙るなら、
わたしも黙る

あなたがそこにいるなら
わたしもそこにいる

あなたがふるえるなら
わたしもふるえる

あなたが涙するなら
私も涙する

あなたが亡き人のことで笑うなら
私も笑う

もっとも近いできごとを
もっとも近くに引き寄せるその日

その日まであと2日です。

Sotto虹  米谷恵子   6月12日深夜

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