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春から初夏、仕事も企画も矢継ぎ早なのに、出逢いでみち溢れるベロ亭の『秘密の花園』にて…ヒデコの誕生日の朝に思う

一方では、6月19日出発の『ベロ亭ジャーニー』に向けて、
全く気の抜けない、企画作り、人との調整が本格化している。
それに伴う、フライヤー作成において、
札幌のコーディネーターの友人と共に、10に渡る企画と共に、
多種多様に心と脳細胞を緻密に大胆に使って、
練り、確認する、そして仕上げる、という作業が、
待ったなしに私たちを追いかける。

昨夜はついに、私はつぶれた。
こういう時は、たいがいはパソコンの動きのにぶさが起因する。

それというのも、
一方では、きびしい最後の執筆の仕上げを、
早朝に、深夜に、とるものもとりあえず、
時間が取れて、目が醒めた折に徹底して持続する、
そのことが待ったなしにあるという、
苛酷さが、精神的にも大きな領域を閉めている、
ということが同時にあるのもある。

それに伴って、原稿確認の電話を、この7年近い日々に、
その時その時の不思議なタイミングで出逢ってきた、
『自死遺族』の分かち合いの関係者に入れる、という、
それはそれで気の抜けない時間もある。

一方では、札幌では、講演もあれば、ワークショップも、
英子の札幌の5日間に渡る展覧会も、
道草メルカードと称した地方3カ所でのやきもの市もある。
場所の確認、日程の約束、10年ぶりのアイヌの友人たちとの、
懐かしい、余りに懐かしい、声との触れあいもある。

そして、ジャーニー後半に入れば、
またも、私は『声とピアノとパーカッションのコラボ』の人生の深淵からの、
表現行為へと入っていくから、そこで組む人たちとの確認も欠かせない。
それを展開する、音楽の場でもあるコミュニティカフェとの、
ひとつひとつの確認やら、まあ、ものすごく微妙にして大胆な、
そんな確認も欠かせない。

そこにだ。
そこにだ。

ベロ亭ガーデンへの訪問客もあとを絶たないのだ。
それもお客様という段階から、「えっ、これって友達の領域?」
という人たちが地元で、そう地元で徐々に、そして急激に増えてきて、
驚きながら、喜びながら、心の底からはっと嬉しい悲鳴をあげながら、
もう助けてー、満杯だよー、とは言うわけにはいかない、
という現実がリアルな出逢いとなって押し寄せてもくるのだ。

なんということだ。
これは人生のどういう巡りなのだ、という展開。
神さま、どうしてこうもバランスというものを考えないで、
私たちの人生を支配されるんですか、と文句のひとつも言いたくなるが、
いやいや、どんなに泣きそうなほど嬉しくとも、
ゲラゲラ笑ったり、ズズズと突っ込んだりというのも欠かせない、
欠かせないのである。

おとといなんか、ひどかったよー。
「ひどい」という形容詞を私は8割の肯定感覚で使用中ですぞ。

ブランチ一緒の約束の、あんなに何回も逢っていたような気がするのに、
ベロ亭ははじめてという男性の来客。
まあ、いろいろといわくつきかもしれないけれど、
本当はそのいわくは、いい知れないフクイという土地の、
具体的直接的な私たちのここ数年の人々との絡みを
じっと観察していたかもしれない、というほどのいわくで、
でも、彼は本当はここに来たかったのは間違いない。

いい写真を残していってくれたものだ。
かくして、ヒデコのFBのカバー写真は一変。

彼とは、徐々に、そして後半は急激に、
それでも大人同士として慎重にも大切にも話せるという、
そんな時間が思った以上の誠実さで過ぎていった。

やはりここは『秘密の花園』ガーデンなのかもしれない。
ここにずうっといたい、と言った人の何人目か。

すると、そこへ子どもたちを伴って、ミカちゃんがやってくる。
そうだ、陶芸教室の時間だ。
それになにやら、ヒデコと約束しているとも聞いている。
するとだよ、すると、
そこにまた、バイクにさっそうとまたがって、
お兄さんが現れる。ありゃ、革ジャンなんか着ちゃってさ。

お兄さんは最近お世話になりっぱなしのお寺の住職でもある。
「お寺のご住職でもある◯◯さん」なんて他の人に紹介。
いやはや、ベロ亭が出逢いの場だよー。
ベロ亭のガーデンが花々だけではなく、
出逢いの花々も咲かせているんだよ-。

この◯◯さんとは、ちょっとした言葉のやりとりで、
互いに気になってしまう、妙なところのある関係ができつつある。
確信したぞ。彼には言葉への引っかかりが、
というか、引っかかりかたが、まだまだ若いんだ。
と言うより、才能あるタイプの『字義通り』なのだ。
お兄ちゃんの言ったあの「尊厳」という言葉は、
あの5日のライブの席で、皆の耳にも届いた言葉なのだよ。
おとといのところは、その懸案についてはそこまで、
そこまでで、3人との不思議な時間に私は連れ込む役をになった。

というのも、執筆の仕上げに際して、
どうしても、最後の最後まで考えたい、考えなければならない、
この土地にかかわる問題を、3人に急に投げかけたくなったからだ。
お兄ちゃん、いやご住職さんが、
「今日はこれからこの県の幸せ日本一という白書を検討する」
といったような気がした。いや、そのようなことを確かに。
そこで一挙に点火された私のなかの問いかけの炎。
ふふーんだ、知ってるのかよー。
私たちのこのフクイでの37年余りを知っているのかよー。
知るわけなよなあ。知るわけなくとも話さなきゃすまない、
すまないんだよ、今の私は、のえからつかわされた使者なのだから。

フクイ生まれフクイ育ちの3人に、今日信頼の芽が吹いたと見なした、
お初のここに来た男性も含めて、私は投げかける。
執筆の最後の最後まで残してきた課題を、懸案事項を投げかける。
この本を出したらさ、フクイ県人に袋叩きにあったりしないかな、
という段階は通りこしたけれど、それでもやっぱり訊かなきゃならない、
表現の段階の具体性があったのである。

おー、住職のお兄ちゃん、またも「仕方ないなあ」かあ?
かなり青いぞ、おやおや。カウントしちゃうからね。゜
「仕方ない」の回数をカウンター頭脳に取り付けてカウントするよ。
そうか、50代で報道を知る人は、
「出せたらいいなあ、それでもなあ」と慎重だ。
でも、「出せたらいい」という気持ちは素朴に嬉しくもある。

私の語りは、その問いかけを巡って、ぐるぐるとらせんを描く。
信じられないだろうけれど、
どんなにフクイ人の見分けがつかなかったかという、
私たちの独特の文化的社会的孤立をシンボリックに語る、
そんな傾きの対話へと展開すらする。
やはりあれだけ、のえの小二から中三のこの土地での日々に、
向き合った来ただけのことはあるのさ。そうあるのさ。

みかちゃんだけになってから、
ふっと、彼女が同じ市内なのに、遠い町内に変わった時、
どれほど孤独でさびしかったかを、
「そんなのお二人には問題にならないほどのことだろうけど」と、
やさしく囁いてくる。それでも、その何百倍の孤立感だと、
想像してくれている、そのことがしみる語り。

みかちゃんと、ふっと黙って緑と花のあいだに佇んでいた時、
私はついに漏らしてしまったよ。
あのことを漏らしてしまったよ。
「ねえ、母のさあ…」。
これ以上は書かないけれど。

そこに、先日、衝撃的な出逢いをした、ミカちゃんの友達の、
アキちゃんがやはり子ども連れでやってくる。
札幌のコラボに向けて、相談したいことが、
ピアノ弾きのアキちゃんにはあったから、
15分の滞在時間ということで、ストレートに課題を語りかける。
話は止まらないと見た、ミカちゃんとヒデコが次の行動を選ぶ。

その間も、5人の子ども達はかけずり回る。
2人のお姉ちゃんは、陶芸教室を終えている。
それから闇が迫ってくる中、私とアキさんは話し込む。
ともにやりたいと言ってくれるピアニストが2人も出そろった、
そのあまりにぜいたくとも言える悩みへの向き合い方を訊く。

腹が決まった私は昨夜の「ベロ亭ジャーニー早見表」作成の途中で、
もう時間切れで、ピアニストの1人にちゃんと確認できて良かった。
快諾。そういうことはあるのだというアキちゃんのアドバイスに、
肩を押された結果は良好。もう1人には今日でも話さなきゃ。

かくして、おとといの夕食は、
子ども6人と大人3人のシチュウやっつけ料理。
ヒデコとみかちゃんの奮闘のおかげ。
にわか保育園兼小学校の給食の時間と化した、
ベロ亭の展示室。ここはまさにパブリックスペースでもあるかも、
とふと、思えてしまう不思議な、笑い出しそうな、
困ったような、くたくたへとへとの充実感。

ところで。
ところで、昨夜遅くつぶれた私を一瞬に立ち直らせたニュース。
実は札幌でのコラボと「ちいさな集い 悲しみにSotto虹 札幌篇」
で、ジャーニーはエンディングに入るのだけれど、
それだけでは実はないのだ。
旭川大学での講義が7月15日に入っているのだ。
それを2コマやってほしい、という依頼が来たのだ。

忙しい真っ最中に書いた略歴には、考えられないくらい、
ありったけのことを書いた。
だって、社会福祉士や精神保健福祉士を養成している大学での、
ゲストティーチャーとしてのレクチャーだ。
息子のことだって、私が法律的に息子の何ものなのかだって、
触れたよ。触れた。触れなきゃ嘘だと思った。

眠気しのいで書いたくらいだから、かえって良かったのかもしれない。
そして、それ以前に電話で、相当のことを准教授の、
札幌の友人の友人というその人に話せたというのも間違いなく大きかった。

巡る時間に計画を練る。
巡る時間にコラボのイメージをふくらます。
どんなピアノの響きを出す人だろうと、
コミュティカフェの同年齢の女性について思いを巡らす。
巡る時間に早朝、最後のもっとも慎重さと大胆さが要求される、
そんな章の、推敲に推敲をかさねる。
それに伴う確認作業ついでに、そっと虹のリーフレットを、
何部送るかなどの確認もある。

送るものを送れば、それを書き留める作業もある。
ともあれ、「ジャーニーの早見表」のA4表裏の全てができたのは、
そう、ヒデコの誕生日となった27日零時をまわっていた。
ヒデコはカラからのおめでとうコールもゆっくり受けていられない。
私がつぶれていたタイミングだったから。

それでも、授業ふたこあれば、相当過不足なく、
欲求不満も残さず、語れる可能性が高まる。
それは「ベロ亭北海道ジャーニー」の最後の授業となる。
そう、どれも授業なのかも知れないから、
どれも、人生という名の授業なのかもしれないから。

ところで、先日15日には山奥の市内から、
久々の83歳の友人の訪問があった。

FBからの引用とを少し紹介。

以下はしばらく、それこそ『秘密の花園』でのヒデコのその日の言葉。


35年来の友達が来てくれた。
県内の人生の大先輩で、今のうちに聞いておきたいこと、話したいことがある。
今日は大久保京子さんありがとう。
本当にこの地で鍛えた、感受性と、知性の海が伝わってくる。
私より15歳上の方だ。こうした方の話をレスペクト(英語はリスペクト)をもって聞く態度が、聞く側の私たちにもやっと出来てきたのだろうか。
話がビンビンできるし、聞けた充実感があった。ほかにこういう人にあったことがない。
定年までは労働組合の活動を、そして地域の水を始め環境の問題、
そして地域の人間味あふれる歴史を語れる人だ。
こんな人をもっと大切にできないと、私たちは滅びるな。
NETとばかりやっていてはダメだ。
戦争体験も、痛みとともに人間の生きる意味として語れる方だ。
アッシーのGo君ありがとう

この後は、ヒデコの撮ったその日の庭での写真が何枚か。

一応言うと「いいね」は53人にのぼりました。シェア一件。
.
以下は、私の言葉。
それから、今日、二人っきりになった時に私に言われた京子さんの言葉。「私はあなたたちに出逢えて良かったってどれほど思っていることか」。人間として届いてくる毅然とした物言いでした。そして、娘の、のえのことに関して、「なんにもできなくてごめんなさいね」。誰にともなく、いえ、私にだったけれど、卑下するでもなく、しょうがないと開き直るでなく、きちんとさりげなく伝えてくれたのでした。35年たっても壊れなかった、人間としてのつながりがこの地にもあるんだ、と、はっと目覚めさせてくれるような数時間でした。

それから、私が袂を分かった大昔ある出来事のあった戦争で夫を亡くされた方のその後の人生を聞いて、心が痛みました。袂を分かったことそのものが、ある種、戦争の犠牲者として、その方の感受性のようなものをすり減らしてしまったんだな、と切ない確認ともなりました。むろん、私も「若気のいたり」的な部分も少しは認めますが。

ともあれ、この福井で、「女であること、人間であること」を貫く困難さをいやというほど、体験し突き抜けてきた方が京子さんです。
私は私で、ある物書きの先達の女性との、一瞬の再会をも語りました。それが砂をかむように一瞬であったことも。
一人ひとりの背景には、はかり知れないものや生きてこられた道筋がある。その人にしかわかりえない、矜持のようなものもある。
福井という地に大久保京子さんという人を通した時、どうしてかいつも「敬意」というものを持ち直す。このような方がいらしたんだ、と染みて染みて、そして頭をたれるのです。

Goくんの言葉
僕はこの日、大久保さんと、英子さん恵子さんの三人で語られる言葉に深く感じるものがありました。何か、僕一人では気づけない、気づかないまま通り過ぎてしまうような思いにハッとして、気づかされるような深い話を聞けたと実感しています。
戦争の傷の深さに、語り合いの中から紐解かれる思いに、その場に居て聞くことが出来たことの貴重さを感じました。

私の最初のコメントがコピーできなかったし、Goくんのコメントも途中までだし。
近いうちに、そこをもう少し補いますよ。
また読んでね。その部分は色でもつけようかな。


そんな中、昨日、大久保京子さんからお礼状を受け取る。
どんなに素敵なお葉書だったか、2人占めするのはもったいないので掲載する。

「すっかりご無沙汰をして、前に陶芸祭りで、ちょっとベロ亭にも覗いただけで、慌ただしく分かれてからでした。考えてみると、私もいつの間にか83歳、少し体調のすっきりしないこともあって、ここ1~2年どなたとも無言に過ぎています。
ベロ亭の庭先の木陰は、全く別の世界の風が流れているみたいで、心が和みました。帰ってから、野央(のえ)さんのことを考えました。「生」があるから「死」があるのだと自分に言い聞かせても、その選択のきびしさに胸がふさがれる思いです。
もろさわようこさんの女論を読み直す元気はありません。ベロ亭の庭先のようなゆるやかで優しい空間に、ぼんやりと生きていたいというのが、私の今のホンネです。耳が遠くなって、電話のおしゃべりがむつかしくなったのが残念です。
お身体大切に、またお目にかかるひがあればと、ドクロのペンダントを眺めています。」

一期一会を覚悟する年齢に入った方の言葉のおもみを泣きながら受けとめた。
県内と言っても、遠い山奥の地域の市だから、
アンケート調査員をやめてからはなかなか行けなくなってしまった。

それでも、私たちだって、一期一会かもしれない語り継ぐ機会作りに、
北の大地へと着々とあたふたと準備の手が抜けない。

6月14日のフクイノ「ちいさな集い」にムケテ
何人かの当事者やその関係者に、
便りを出しても、なしのつぶてだったりもするが、
ここは踏ん張っているしかないのかもしれない。
それでも、その日、一期一会に終わらない出逢いが、
あまりにかけがえのない出逢いが始まるのかもしれない。

今日は午前2時から6時まで服のまま眠り込んで、
眠剤をのんだのにこれを書いている。
一旦数時間寝ると、頭は覚醒。
それならと最近は原稿の続きにかかるが、
今日は、久々にブログへと思いきり自分の今を書き留める。

書き留められる日々はいつまで続くのだろう、
そう思いながら。

フェイスブックでは、書ききれない思いも綴る。

Sotto虹のリーフレットの必要な人、言ってくだされ。
もう届いた人、どうか言ってくだされ。できるならね。
不安なの、届いても届いたって言われなければ不安なの。
こんなに堂々とやっているかに見えて、
不安なの。不安なの、不安…。

それから、北海道に知人、友人のいる方、
あらゆる種類の企画の一覧でもなんでも送れますから、
こっちのほうも言ってくだされ。

それでも、いいのだ。
どうにもならないことは、しばらく待とう。

私のやるべきことをまっとうしよう。

今日はヒデコの68歳の誕生日。
私は、あと2年で人生の伴侶が70歳だと思い知る。

そして、今日も能登から、何人かの熟女がやってくる。
けんかになりませんように。
北陸「批判」をすると、一度は「けなされた」と見なした人だから。
それでも、けんかしてもなんでも、
人との『秘密の花園』での出逢いは、草に花に、木々に風に、
揺られ、吹かれ、めでられて、
なにか不思議に芽生えていくのが、最近は不思議だ。

私も人生において、ようやく腹をくくれたのか。
私もこの人生を、ようやく抱きしめはじめたのか。

北の友よ。
半端ではない体調を押して、
コーディネートしてくれている北の大地での企画に、
この上ない感謝をここに記させてください。

でも、生きていこう。
でも、生きていこう。
生きていて、もっと大きな花をいくつになっても咲かせたい。
それが最後だとしても。
それがまだ続くとしても。
それが誰がにバトンされなくともされても。
バトンされるように、祈るだけではなく動く。話す。
人と人をつなぐ。人と人につながれる。

生きていこう。
そして、声を出そう。
私の魂の底からの、体の底からの、
声を、またもや北の人々へと届かそう。

ヒデコと共に。
待ってくれる同世代の友たちの人生の変化を、
見せつけられる覚悟もこめて。
意外にも、不意に出逢ってしまう、次世代との語り合いをも、
願い、思い、近づきながら。

何よりも私たちの心身を持ちこたえられるように、
慎重に冷静に、そして熱く、溢れる思いを手放さずに。

私たちの『秘密の花園』をあちこちにひろげるために。
そう、このフクイの『秘密の花園』も、
もっともっと深まりひろがるならという思いもこめて。

ヒデコちゃん、これからも一緒に行こう。
北の大地を、二人して前を向いて走ろう。
ヒデコちゃん、40年目のその日は、
そう、6月9日なんだよ。

2015年5月27日 朝8時                  

ケイコ
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| 「秘密の花園」より | 08:07 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

3人と、当時少年ひとりだった庭に、そんなにいろんな人が気持ちをもって訪ねてきて、いろんなやりとりがふくらんでいく、私にとっても感慨深い。秘密の花園は大人になってからも読み返した好きな物語だった。とっておきという意味で「ひみつ」だけど、もうそこはひみつではない、前からそうではあったけど、より人と人を結ぶ場になっているのだね。

| KAGE | 2015/05/27 12:39 | URL |















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