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雪は降る…あなたは来ない♪…私でよかったんだ…昨日の「ちいさな集い 悲しみにSOTTO虹」

雪は降る…あなたは来ない♪…私でよかったんだ…昨日の「ちいさな集い 悲しみにSOTTO虹」

朝から金沢の高裁に出かけた英子は、
ちゃんとに帰れるだろうか。
皆で乗り込んだバスは雪道となった高速を、
これではかなり低速運転にせざるをえないだろう。

雪は降る。雪は降る。
自分のノートパソコンを打つ、左側の小窓からは、
まっ白になった村落と山と田の風景が広がる。
いつもでもなじまない、慣れることのない光景。
なのに、何十年も見てきたに違いないこの光景。

でも、もしかしたら、私はこの光景の一部に、
少しは触れ始めているのかもしれない。

雪は降る。雪は降る。あなたは来ない。
誰も来ない。
あなたが誰かも判らない。
あなたが来ないと唄っても。
トンブラネージュ、いくら呼んでも…♪

郵便が届く。たとえ誰も来なくとも。

「トーキョーストレンジャー」カンサンジュン著。
表紙には、ややモノクロめいた紺の濃淡に近い、
トーキョーの高層ビルの立ち並ぶおそらく夕闇迫る写真。
その真ん中には、
目立たないほどの白抜きの字で、
「都市では誰もが異邦人」。

今日、一人で誰もいない時間を感じながら受け取るんだな。
この本を、と頭の片隅が呼応した。
「都市では誰もが異邦人」。

私の精神形成の根は、やはりトーキョーにある。
誰もが異邦人なんて当たり前の、そんな風景のなかで、
それでも、そんな「合意」が成り立っているのなんて知らない、
そんな「青春」を生きていた。
そうして、人は孤独であることを骨の髄までしみこませた。

昨日の、「ちいさな集い 悲しみにSOTTO虹」、二回目。

またも「私で良かったんだ」という不思議な、初めて経験するような実感を伴いつつ、
とっくのとうに知っていた自分の核とも、芯とも言うべきものが機能して、
生かされて、場が少しでも動いたり、成り立ったり、を見ていたような気がした。

参加者には、首都トーキョーをよく知る人も知らない人もいた。
それでも、何らかの心の、魂の芯の部分に、
降りに降りていった、その重心に従うしかない、
そのような道筋を知っているという共通項だけはあった。

世の中の人向けには、それを「自死」でノコサレタ苦悩を、
少しでも分かち合うべく、集まっている場として知らせている。
そして、紛れもなくそういう人たちが集まってもいる。

でも、それはもはや、私には仮の名称でしかないような気すらする。
誰もが同じところまで降りていったかどうかまで、
私は確信をもって、言える訳でもない。
また言ってもいいとも思わない。

ただ、「自分で負う」しかないものを「負っている」と、
そう知っている人たちの、生きる姿勢の、人に向き合う態度の、
敬虔さとも、誰にも譲れない真剣さとも、
誰にも入れない危うくもすがすがしくもある、
そんな心の、あるいは魂とも言うべき、
そんな波立ちがそこにはあったと、私には思えた。

それは、人間だ、ということだった。
私には、それは人間だ、ということだった。

あんなふうに、場を持つ、その拠りどころとして、
ゆだねられた眼差しを誰かから向けられたことがあるか。
あんなふうに、場を持つ、そこに見えない存在として、
しかも見えるように、いても、
なおかつ、尊重され、尊重し合い、
そして、許し合ってもいつつ、
火花も散る、そんな尊厳に満ちた瞬間を共有したことがあるか。


それがなんであるか、
私はまだこれからも、いつまでも問い続けることだろう。

一人一人の胸の底に眠る、
あるいは、けっして眠ることない記憶という財産が、
一人一人の胸の底をうずかせてやまないとしても、
それをもって、私たちは生きているという一刻一刻を刻んでいくのだ。

簡単に書き込むな。
「安らぎに満ちた時間でありますように」。
どこから見て言っているんだ。
そう言うあなたは誰なんだ。

誰にも代われない問いを、
人ひとりが生きるには、耐えられないような、
そんな問いという、「大きな贈り物」にそれでも向き合う、
そんな意志をもってして、すぐに「安らぎ」などという言葉とつなげるな。

深く傷ついたそのときのその言葉が、
深く傷ついたまま交差するとき、
深く傷ついたままであるのに、
深く傷ついたままであるがゆえに、
深く深く、大きく大きく気づくそのことそのものを、
誰が一体替われるというのか。


私で良かったんだ、多分。
いや、私で良かったんだ。
きっと。

私で良かったんだ。

ねえ、のえ。

ケイコ
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| 悲しみにSOTTO虹 | 17:44 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

それは人間。これ以外の以上の言葉があるだろうか。
人間と人間とのやりとりが、どれほど世界で求められているか。

| KAGE | 2015/02/09 23:53 | URL |















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